27 / 92
おとぎ話の時間
③
しおりを挟む
東京上空を遊覧しながら小一時間後、着陸したのは山梨のヘリポートだった。
興奮冷めやらぬまま、次は光也が運転する外国車に乗って、全国的に人気の遊園地に来た。
千尋のくりっとした猫目が輝く。まさか大人になってから遊園地に来れるなんて、思ってもみなかった。
「遊園地、両親が他界して以来初めてです。実は来たいと思っていたから、嬉しいです」
光也も千尋を見て始終口元をほころばせて、片っ端から乗りたいと言う千尋に付き合ってくれた。だがホラーハウスの順が近づくと、どうも様子がおかしい。いつも通りの整った顔なのに、なんとなく肩が下がり、不安げな表情になっている。
「専務、もしかしてホラー系統は苦手ですか?」
「うっ。実はそうなんだ。小さいころ参加した町内会での肝試しがトラウマになってね……」
大企業の御曹司が町内の催しに参加するんだと感心しつつ、光也のような完璧な人間にも弱点があることに親近感が湧いた。
「大企業の敏腕専務の弱点がホラーだなんて、社員が知ったら驚きますね」
「内緒ですよ。もしライバル会社に情報が流れでもしたら、これをネタにされて、取引が不利になるかもしれません」
「あははは」
光也が人差し指を鼻の前に立てて冗談を言うのがおかしくて、声を立てて笑う。
「じゃあホラーハウスは外しましょう。随分回ったし、一度休憩されますか?」
「ううん、こうしていてくれれば、きっと大丈夫」
手を取られ、胸の位置に上げられた。
「手を繋いでいてくれませんか? 藤村君がいたら頑張れると思います」
手をぎゅっと握られ、甘い声で言われると、胸の奥もぎゅっと締まる気がする。
「しょうがないですね。僕が専務をお守りしますよ」
昨日までの千尋ならその手を振り払っただろう。
でも今日は。
大きな手を握り返し、しっかりと繋いだ。
***
「ああ、怖かった。でも、藤村君がいてくれたからゴールに辿り着けました」
「よかったで……ふ、ふふ、あははは。あのときの専務ったら!」
初っ端から、マンホールから這い出てきた髪の長い幽霊を見た光也はその場で動けなくなり、長い手足を絡ませて千尋にしがみついた。
千尋が「大丈夫ですよ、中身は遊園地のスタッフです!」と興醒めなことを言っても絶対に離れようとはせず、顔を肩にうずめてくる。あまりにくっついてくるので唇が鎖骨に触れてくるのにはドギマギさせられたが、よほど怖いのだろうと思ってそのまま前に進んだ。
そして結局、光也はゴールの光が見えるまで千尋にしがみついたまま、一度も離れなかったのだ。
「専務、子供みたいでしたね」
「面目ないね」
出てしまえばもう平気のようで、さっきまで怖がっていたのが嘘のようにいつもの光也だ。
「そういえば、ああして歩きながら思い出したのですが、僕の住んでいた町でも夏祭りに肝試しがあって、怖がる友だちを僕が守ってあげていました」
「……藤村君は小さい頃から強いですものね」
いや、今も怖さの余韻があるようだ。眉尻が若干下がっているし、日本語の使い方もどこかおかしい。
「専務、本当に大丈夫ですか? ホラーハウスくらいでそんなになるなんて……でも、そんな人間味のあるところ、好きだなぁ……」
ついぽろりと言ったのを、光也は逃さなかった。
「好き!? 今、私を好きだと言いました?」
途端に眉をきりっとさせ、繋いだままの手を強く握って熱っぽい瞳で見つめてくる。
「そ、それはそんな意味じゃありません。人間として、という意味です」
「なぁんだ、残念。じゃあもっと好きになってもらえるよう、次、行きましょうか!」
「わ、ちょっと、手!」
なんという切り替えの早さだろう。手を繋いだまま光也が走り出す。
手はホラーハウスのときだけですよ、と言おうとしたが、言わなかった。
どうしてか、このまま繋いでいるのも悪くないと思ってしまう。
「あ」
だが、光也が前方を見て小さく言って、手が離れた。光也は一人、駆け出していく。
「専務?」
光也はすぐ近くにあるカフェのテラス席で足を止めると、手前のテーブルのきわでしゃがみ、園内貸出用のベビーカーから乗り出して転げそうになる寸前の幼児を、ベビーカーごと受け止めた。
母親がもう一人の子供に気を取られていて、目が足りていなかったのだ。
母親からはいたく感謝されたが、光也は「貸出用のベビーカーの重量を見直してもらわないといけませんね」とだけ言って、すぐに千尋の元に帰ってくる。
本当に一瞬の出来事だった。
「すみません、急に置いていって。目の端に映ったものですから」
「いいえ、全然! 凄く凄く、かっこよかったです」
思わず力いっぱい言ってしまう。
僕は何を言ってるんだと顔を赤くして口を覆ったが、言われた光也もみるみる顔を赤くし、顔を手のひらで隠した。
「専務……?」
「そんなきらきらした目を向けて言われたら、凄く困ります」
「ぇえ!?」
いつも恥ずかしいセリフを千尋に言ってくるくせに「かっこいい」くらいで照れるのか。
「……千尋がかわいすぎて、今ここで食べたくなっちゃうよ」
「!? な、何言ってるんですか!」
大人の男二人が遊園地のメインストリートで、どんな会話をしているのだろう。
通り過ぎるカップルは振り返って笑い、風船を持った小さな子どもは「お兄ちゃんておいしいの?」と言わんばかりの疑問の視線を向けてくる。
「もう、専務はそんなことばっかり! ほら、行きますよ」
今度は千尋から手を繋ぎ、光也を引っ張った。恥ずかしくて後ろを見ることはできなかったが、光也が嬉しそうにしているのはなんとなくわかった。
千尋の胸はまた、きゅ、と縮まる。ドキドキしてうるさい。苦しい……でも、こそばゆい。
光也といると言葉ではまとめられない感覚が次々と湧き出てくる。
千尋は足が地についていないような、ふわふわした気持ちだった。
興奮冷めやらぬまま、次は光也が運転する外国車に乗って、全国的に人気の遊園地に来た。
千尋のくりっとした猫目が輝く。まさか大人になってから遊園地に来れるなんて、思ってもみなかった。
「遊園地、両親が他界して以来初めてです。実は来たいと思っていたから、嬉しいです」
光也も千尋を見て始終口元をほころばせて、片っ端から乗りたいと言う千尋に付き合ってくれた。だがホラーハウスの順が近づくと、どうも様子がおかしい。いつも通りの整った顔なのに、なんとなく肩が下がり、不安げな表情になっている。
「専務、もしかしてホラー系統は苦手ですか?」
「うっ。実はそうなんだ。小さいころ参加した町内会での肝試しがトラウマになってね……」
大企業の御曹司が町内の催しに参加するんだと感心しつつ、光也のような完璧な人間にも弱点があることに親近感が湧いた。
「大企業の敏腕専務の弱点がホラーだなんて、社員が知ったら驚きますね」
「内緒ですよ。もしライバル会社に情報が流れでもしたら、これをネタにされて、取引が不利になるかもしれません」
「あははは」
光也が人差し指を鼻の前に立てて冗談を言うのがおかしくて、声を立てて笑う。
「じゃあホラーハウスは外しましょう。随分回ったし、一度休憩されますか?」
「ううん、こうしていてくれれば、きっと大丈夫」
手を取られ、胸の位置に上げられた。
「手を繋いでいてくれませんか? 藤村君がいたら頑張れると思います」
手をぎゅっと握られ、甘い声で言われると、胸の奥もぎゅっと締まる気がする。
「しょうがないですね。僕が専務をお守りしますよ」
昨日までの千尋ならその手を振り払っただろう。
でも今日は。
大きな手を握り返し、しっかりと繋いだ。
***
「ああ、怖かった。でも、藤村君がいてくれたからゴールに辿り着けました」
「よかったで……ふ、ふふ、あははは。あのときの専務ったら!」
初っ端から、マンホールから這い出てきた髪の長い幽霊を見た光也はその場で動けなくなり、長い手足を絡ませて千尋にしがみついた。
千尋が「大丈夫ですよ、中身は遊園地のスタッフです!」と興醒めなことを言っても絶対に離れようとはせず、顔を肩にうずめてくる。あまりにくっついてくるので唇が鎖骨に触れてくるのにはドギマギさせられたが、よほど怖いのだろうと思ってそのまま前に進んだ。
そして結局、光也はゴールの光が見えるまで千尋にしがみついたまま、一度も離れなかったのだ。
「専務、子供みたいでしたね」
「面目ないね」
出てしまえばもう平気のようで、さっきまで怖がっていたのが嘘のようにいつもの光也だ。
「そういえば、ああして歩きながら思い出したのですが、僕の住んでいた町でも夏祭りに肝試しがあって、怖がる友だちを僕が守ってあげていました」
「……藤村君は小さい頃から強いですものね」
いや、今も怖さの余韻があるようだ。眉尻が若干下がっているし、日本語の使い方もどこかおかしい。
「専務、本当に大丈夫ですか? ホラーハウスくらいでそんなになるなんて……でも、そんな人間味のあるところ、好きだなぁ……」
ついぽろりと言ったのを、光也は逃さなかった。
「好き!? 今、私を好きだと言いました?」
途端に眉をきりっとさせ、繋いだままの手を強く握って熱っぽい瞳で見つめてくる。
「そ、それはそんな意味じゃありません。人間として、という意味です」
「なぁんだ、残念。じゃあもっと好きになってもらえるよう、次、行きましょうか!」
「わ、ちょっと、手!」
なんという切り替えの早さだろう。手を繋いだまま光也が走り出す。
手はホラーハウスのときだけですよ、と言おうとしたが、言わなかった。
どうしてか、このまま繋いでいるのも悪くないと思ってしまう。
「あ」
だが、光也が前方を見て小さく言って、手が離れた。光也は一人、駆け出していく。
「専務?」
光也はすぐ近くにあるカフェのテラス席で足を止めると、手前のテーブルのきわでしゃがみ、園内貸出用のベビーカーから乗り出して転げそうになる寸前の幼児を、ベビーカーごと受け止めた。
母親がもう一人の子供に気を取られていて、目が足りていなかったのだ。
母親からはいたく感謝されたが、光也は「貸出用のベビーカーの重量を見直してもらわないといけませんね」とだけ言って、すぐに千尋の元に帰ってくる。
本当に一瞬の出来事だった。
「すみません、急に置いていって。目の端に映ったものですから」
「いいえ、全然! 凄く凄く、かっこよかったです」
思わず力いっぱい言ってしまう。
僕は何を言ってるんだと顔を赤くして口を覆ったが、言われた光也もみるみる顔を赤くし、顔を手のひらで隠した。
「専務……?」
「そんなきらきらした目を向けて言われたら、凄く困ります」
「ぇえ!?」
いつも恥ずかしいセリフを千尋に言ってくるくせに「かっこいい」くらいで照れるのか。
「……千尋がかわいすぎて、今ここで食べたくなっちゃうよ」
「!? な、何言ってるんですか!」
大人の男二人が遊園地のメインストリートで、どんな会話をしているのだろう。
通り過ぎるカップルは振り返って笑い、風船を持った小さな子どもは「お兄ちゃんておいしいの?」と言わんばかりの疑問の視線を向けてくる。
「もう、専務はそんなことばっかり! ほら、行きますよ」
今度は千尋から手を繋ぎ、光也を引っ張った。恥ずかしくて後ろを見ることはできなかったが、光也が嬉しそうにしているのはなんとなくわかった。
千尋の胸はまた、きゅ、と縮まる。ドキドキしてうるさい。苦しい……でも、こそばゆい。
光也といると言葉ではまとめられない感覚が次々と湧き出てくる。
千尋は足が地についていないような、ふわふわした気持ちだった。
51
お気に入りに追加
1,148
あなたにおすすめの小説
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~
天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。
「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」
「おっさんにミューズはないだろ……っ!」
愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。
第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる