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特大エビフライ、のち、発情
⑨
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(僕が、専務の、運命の、番?)
「何をおっしゃっているのかわかりません。第一運命の番なんて、そんなの迷信ですよ?」
「運命の番」は一目見た瞬間に惹かれ合い、発情期に関係なく互いを求め合うという。だが実際に運命を証明する物理的な方法はなく、本人たちがそうと言えばそうとなる曖昧なものだ。
運命という言葉に舞い上がり、番を結んだものの捨てられるオメガがあとを絶たないのを知っている。
千尋は信じていない。
「迷信じゃない。俺の……私のすぐそばに、運命の番がいます」
光也の手が頬から離れた。言葉も表情も穏やかさを取り戻しかけていて、千尋も息を整える余裕ができた。
「私の両親です。父たちは本当に幸せそうで仲がよくて、私の自慢なんです」
そう話す柔らかい表情に、両親に対する親愛の情が見てとれて、早くに両親を亡くした千尋には微笑ましくもあり、羨ましくもある。
「そうですか、社長が……」
社長の伴侶がオメガの元男性社員であることで、入社試験時に千尋に気をとめてくれたことも忘れてはいない。
「でも……ご両親がそうだとしても、私と専務は違います。私は専務に何も感じません。ご期待に添えず申しわけありません」
運命の番というならば、千尋に一目惚れに似た好意を持ってくれたのだろうが、こればかりは応えようがない。
千尋は謝ることしかできず、頭を下げた。
すると、専務はふ、と笑いに近いため息をこぼす。
「違わないですよ。昼食時に最接近した際、藤村君は間違いなく私に反応してフェロモンを暴発させましたよね?」
「あれは……そんなわけないじゃないですか! 朝からのイレギュラー続きで体調が悪くなっただけです」
なんて傲慢な考えなのだろう。オメガのようにフェロモンを常時微出させているわけでもないのに、アルファでエリートで、顔がよくてスタイルもいいからって、すべてのオメガが専務に反応すると思わないでいただきたい。
千尋は光也の香りで、発情どころか気分が悪くなったのだ。
「でも、専務室の中にも洗面室にも君のフェロモンが充満していました。だから洗面室で襲われかけたんですよ?」
「体調が悪かったからホルモンバランスを崩したのかもしれません。本来私に予期せぬ発情など、ありえないんです。私にはもう、長い間発情期がないので、発情期休暇の取得もしていません。どうぞ記録をご確認ください」
また喉元が苦しくなってくるのは、必死に訴えて興奮しているからか。
胸が痛くなるのは、一ミリもそれない光也の視線に居たたまれなさを感じるからか。
「……とにかく、そういうことですから帰ります。今日はご迷惑をおかけしました。私の服はどこにありますか」
光也から視線をそらし、ベッドから降りようと腰を上げた。
その途端に腕を掴まれ、勢いをつけて背中から抱かれる。
「んっ………」
広い胸に背がつくと、光也の香りが鼻腔に絡んだ。香りは目や喉、あらゆる孔に及び、胃まで届いて腹を熱くする。
腹の中に香炉をかかえ込んだかのようだ。光也の香りが千尋の体内で焚かれ、より香り立って身体の外へと漏洩する。
「帰せないですよ。今もこんなにフェロモンを発しているのに。間違いなく発情期が来ています」
「違……僕のフェロモンじゃない……発情期も……こんな苦しいの、違う……」
千尋が知っている発情は、昂って気持ちよくて、そしてすぐに消える。こんなふうに力を奪い、思考を溶かすものじゃない。
身体の力が抜けていく。帰りたいのに手も足も動かせない。香りという名の鎖が体に巻きついている。
「藤村君。今夜はここに泊まってください。身体に俺以外がつけた傷がある理由も聞いていないし、ね……」
冷やりとした声が耳元でして、背筋がぞくりとした。
千尋を抱く腕は香りの鎖とは違い柔く緩く、真綿のようだったが、爪先ひとつ動かせない千尋は、光也の胸に背を預けた。
「何をおっしゃっているのかわかりません。第一運命の番なんて、そんなの迷信ですよ?」
「運命の番」は一目見た瞬間に惹かれ合い、発情期に関係なく互いを求め合うという。だが実際に運命を証明する物理的な方法はなく、本人たちがそうと言えばそうとなる曖昧なものだ。
運命という言葉に舞い上がり、番を結んだものの捨てられるオメガがあとを絶たないのを知っている。
千尋は信じていない。
「迷信じゃない。俺の……私のすぐそばに、運命の番がいます」
光也の手が頬から離れた。言葉も表情も穏やかさを取り戻しかけていて、千尋も息を整える余裕ができた。
「私の両親です。父たちは本当に幸せそうで仲がよくて、私の自慢なんです」
そう話す柔らかい表情に、両親に対する親愛の情が見てとれて、早くに両親を亡くした千尋には微笑ましくもあり、羨ましくもある。
「そうですか、社長が……」
社長の伴侶がオメガの元男性社員であることで、入社試験時に千尋に気をとめてくれたことも忘れてはいない。
「でも……ご両親がそうだとしても、私と専務は違います。私は専務に何も感じません。ご期待に添えず申しわけありません」
運命の番というならば、千尋に一目惚れに似た好意を持ってくれたのだろうが、こればかりは応えようがない。
千尋は謝ることしかできず、頭を下げた。
すると、専務はふ、と笑いに近いため息をこぼす。
「違わないですよ。昼食時に最接近した際、藤村君は間違いなく私に反応してフェロモンを暴発させましたよね?」
「あれは……そんなわけないじゃないですか! 朝からのイレギュラー続きで体調が悪くなっただけです」
なんて傲慢な考えなのだろう。オメガのようにフェロモンを常時微出させているわけでもないのに、アルファでエリートで、顔がよくてスタイルもいいからって、すべてのオメガが専務に反応すると思わないでいただきたい。
千尋は光也の香りで、発情どころか気分が悪くなったのだ。
「でも、専務室の中にも洗面室にも君のフェロモンが充満していました。だから洗面室で襲われかけたんですよ?」
「体調が悪かったからホルモンバランスを崩したのかもしれません。本来私に予期せぬ発情など、ありえないんです。私にはもう、長い間発情期がないので、発情期休暇の取得もしていません。どうぞ記録をご確認ください」
また喉元が苦しくなってくるのは、必死に訴えて興奮しているからか。
胸が痛くなるのは、一ミリもそれない光也の視線に居たたまれなさを感じるからか。
「……とにかく、そういうことですから帰ります。今日はご迷惑をおかけしました。私の服はどこにありますか」
光也から視線をそらし、ベッドから降りようと腰を上げた。
その途端に腕を掴まれ、勢いをつけて背中から抱かれる。
「んっ………」
広い胸に背がつくと、光也の香りが鼻腔に絡んだ。香りは目や喉、あらゆる孔に及び、胃まで届いて腹を熱くする。
腹の中に香炉をかかえ込んだかのようだ。光也の香りが千尋の体内で焚かれ、より香り立って身体の外へと漏洩する。
「帰せないですよ。今もこんなにフェロモンを発しているのに。間違いなく発情期が来ています」
「違……僕のフェロモンじゃない……発情期も……こんな苦しいの、違う……」
千尋が知っている発情は、昂って気持ちよくて、そしてすぐに消える。こんなふうに力を奪い、思考を溶かすものじゃない。
身体の力が抜けていく。帰りたいのに手も足も動かせない。香りという名の鎖が体に巻きついている。
「藤村君。今夜はここに泊まってください。身体に俺以外がつけた傷がある理由も聞いていないし、ね……」
冷やりとした声が耳元でして、背筋がぞくりとした。
千尋を抱く腕は香りの鎖とは違い柔く緩く、真綿のようだったが、爪先ひとつ動かせない千尋は、光也の胸に背を預けた。
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