上 下
1 / 92
いじめられオメガの秘密

プロローグ

しおりを挟む
 KANOUホールディングス株式会社東京本社・コストエンジニアリング部第二課に、今日罵声が響いている。

「藤村ぁ! データ整理がなってないんだよ! オメガだって同じ給料を奪うんだ。かっちりやれよ!」

 藤村と呼ばれた男性社員は細身を震わせ、ぶちまけられた書類をひざまずいて拾った。

「また始まった、課長のパワハラ。藤村君、かわいそうに」
「藤村君の仕事はいつも完璧なのに、難癖つけて。課長はいつもオメガを目の敵にするんだから」

 課に二人のベータ性の女性社員が眉をひそめ、小声で会話を交わす。

「そこ、私語を慎め! これだからオメガもオンナもこの課には不要なんだ。ほら、さっさと仕事をやれ!」

 アルファ至上主義の課長はパワハラだけでなくセクハラ発言も毎度のことだ。これ以上言わせておくと、とうとうベータ性全体への蔑みにまで及んでしまう。
 女性社員たちは不満気な表情をしつつも、パソコンに目を戻して業務に戻った。

「藤村、さっさと拾えよ。いつまでもそこに居たら、オメガ臭いのが匂ってくるだろ。早く消えろ!」
「はい、申しわけありません」

 藤村は手を早めて書類を拾いきると、課長に頭を下げてデスクに戻った。しばらくの間うつむき、強い肉食動物に威嚇された小動物のように身を震わせる。これも毎度のことだ。

 長めの前髪と、分厚い黒縁眼鏡のために表情は見えないが、おそらく藤村は恐怖に震えて涙を流しているのだろう。社員たちは皆そう思っている。

 だが実は違う。
 藤村は恐怖で震えているのではない。
 藤村が震えているのは────


♢♢♢

「この書類はなんだ! データ整理がなってない! 這いつくばって尻を高く上げて拾え!」
 課長は書類を床にぶちまけ、言われた通りに拾う社員の尻を、磨かれた革靴で踏みつけた。
「あぁっ、やめてください、課長」 
「ああん? メス臭いオメガのくせに口答えするな。そんな偉そうな口は、俺の大きなコレで栓をしてやる」
 課長はスラックスのファスナーを下げ、そそり立った男の杭を取り出した。
「そ、そんな大きいの、無理です。う、ぅぐっ……」
 男性社員の口に、課長の熱い杭がぶち込まれる。
 男性社員は顎が外れそうな痛みを感じながらも、股間に萌えた芯を熱くした。

♢♢♢


(このシチュエーション、最高。今日帰りにCLUBマゾに寄って社畜プレイを申し込もう……課長、今日もいいネタの提供をありがとうございます)

 藤村は頭の中で繰り広げている「妄想劇場」に身もだえして身を震わせた。
 課長に好意などまったくないが、課長のパワハラは藤村の密かな性癖への欲情をかき立てる。

(あ、まずい。ちょっとだけうなじが熱い。フェロモンはほとんど出ないけど、念のためトイレで落ち着いてこよう)

 席を立ち、トイレに入って洗面台の前に立った。深呼吸をしてから少しずれた眼鏡の位置を直し、わざとぼさぼさにセットした髪の前髪を眼鏡の上縁に下ろす。長めの襟足はうなじが隠れるように撫でつけた。

 こうすれば情時に桜色に染まりやすい薄い耳も白い頬も、ごく薄いフェロモンを香らせる華奢なうなじも、誰にも見えない。

(よし、大丈夫。課長に罵倒されて妄想欲情してたなんて、これで今回もバレないはず)

 うん、とうなずく。

 絶対に誰にも知られてはいけない。

 オメガ社員で会社内での立ち位置は低いとはいえ、仕事にはプライドを持って真摯に取り組んでいる藤村なのだ。あやまって性癖を知られでもしたら、気味が悪いと部署異動を言われてしまうかもしれない。

 それだけは絶対に嫌だ。コストエンジニアの仕事ができて、ちょいパワハラのあるこの部署から異動したくない。

 だから絶対に内緒だ。

 自分がマゾヒストで、課長からの罵倒や蔑みを楽しみにし、マゾヒストクラブでのプレイネタにして性欲を発散していることは────
 
しおりを挟む
感想 134

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

泡沫でも

カミヤルイ
BL
BL小説サイト「BLove」さんのYouTube公式サイト「BLoveチャンネル」にて朗読動画配信中。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。 「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」 「おっさんにミューズはないだろ……っ!」 愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。 第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...