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事故つがいの夫が僕を離さない!

軌跡 Side天音④

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 ────六月。
 まだ梅雨入り前の晴天の日。

 僕と理人はお揃いの白いタキシードを着て、教会の祭壇の前に並んでいた。

 面前には牧師様。背面の椅子には僕と理人の両親や親戚。それに職場の人……真鍋さんもちろん列席してくれて、その隣にはすばる君が座っている。

「高梨理人、汝はその健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 牧師様が誓いの覚悟を問う。
 それはまるで、「君の隣で」の歌詞のよう。

 思わず笑みを零してしまうと、理人が答える番になった。

「はい、高梨理人は、夫でつがいの高梨天音を一生涯愛し抜き、この命が果てても愛し続けることを誓います」
「えっ、り、理人」

 リハーサルと誓詞が違うっ!
 嬉しいよ? 嬉しいけどでも、僕が答えるときはどう答えたらいいの~!

 突然の変化などに弱い僕は、動揺してしまう。
 すると理人が、牧師様から僕の方に体を向けた。次に僕の手を、ブーケごと支えるようにすくい持つ。

「高梨理人は、高梨天音を愛し続け、かたわらから離れません」
「えっ、あの、理人」

 まだ続いてる。どうしよう。

 キョロっと目玉を動かすと、牧師様も、席にいるお父さんお母さんたちも、口をポカンと開けつつ理人に視線を釘付けにしている。

 多分だけれど、理人が醸し出すアルファ感に圧倒されているんだ。
 僕だって、理人に視線を戻せばその熱い瞳から逃れられない。
 まるで、瞳からアルファフェロモンが出ているかのよう……

 ──俺の唯一無二のオメガつがい
 ──愛してる。
 ──離さない。

「りひ……」

 ああ、うなじが熱を持っている。熱い、クラクラする。

「天音」

 ハッと気づくと、僕は理人の胸に寄りかかっていた。

 理人はしっかりと僕を抱き込み、片手で頬を包む。

「天音も誓って? 俺と絶対に離れないって。現世も、来世も再来世も、その先もずっとずっと……高梨天音は高梨理人を愛し、離れないことを誓いますか?」
「……はい、誓います……」

 僕は熱に浮かされたようになりながらも答えた。
 その瞬間、理人があふれんばかりの微笑みをたたえる。

 そのまぶしさに目を瞬かせると、すかさず理人の唇が重なった。
 理人の甘いフェロモンが香り立ち、何本もの腕のように僕に絡みついてくる。

 ──も、だめ……蕩けちゃう……。

 全身が熱くなり、足の力が抜けそうになった、そのときだった。

 パン! と手を大きく叩く音がして、続いて三回、パン、パン、パン! と会場内に拍手が響いた。

 ハッと我にかえって音の方に視線を向けると、そこには真鍋さんが座っている。

 真鍋さんは「やれやれ」という表情をしながら、まだ拍手を続ける。すると、隣に座るすばる君も拍手を始めてくれて、それを皮切りに列席の人たちも拍手を送ってくれる。

 役目をすべて理人に奪われてしまった牧師様も同じ。
 優しい笑顔で拍手してくれていて、幸せの音がチャペル内に鳴り響いたのだった。




「ったく、毎度言わせんな。執着見せすぎんなよ、ゴ理人」

 披露宴が和やかに終わったあと、僕と理人は出席してくれた人たちを見送っていた。
 すると真鍋さんがそんなことを理人に言っている。
 
「ゴ理人」ってなんだろう。真鍋さん、たまに言うんだよね……
 ゴリラ、って聞こえる気もするけど、そんなわけないか。理人とゴリラは全然結びつかないもの。

 でも、だったら…… 
 あ! 「ゴリゴリの執着」を「理人」とかけて「ゴ理人」?

 うーん、でも、理人ってなんでも万能にできる人だから、そこまで何かに執着心を見せる姿って見たことないけどなあ……

 真鍋さんとは仲良しの男友達だから、そういうの、見せてるとか? 
 それはそれで、ちょっとヤキモチ焼いちゃうな。僕が知らない理人の一面を知っているとしたら、真鍋さんが羨ましすぎる。

「はいはい。わかってますって。でも今日は特別だからさ」

 僕が考えを巡らせている横で、理人は真鍋さんに向かってフフ、と笑って軽くかわした。

 やっぱりふたりだけにわかることみたい。悔しいから、今度理人と真鍋さんの両方に聞いてみよう。

 そうして考えを結論づけていると、理人は背を屈めて、次はすばる君にお礼を伝える。

「来てくれてありがとうね、すばる君」
「あの、あの。おめでとうございます。すごくすごく素敵な式とパーティーでした! 僕、おふたりの幸せな様子を見てたら、胸がいっぱいになっちゃって……」

 すばる君が言葉を詰まらせて涙を流す。
 というよりも、すばる君は式の最中から終始泣き通しだった。
 でもそのおかげで、温かい気持ちになった僕は、涙を止めて笑顔で過ごすことができた。

 花嫁が泣いていたら披露宴が滞ってしまうから、助かったよ、すばる君。

「すばる君、今日は本当にありがとう。お祝いしてくれてすごく嬉しかった。あのね、それでね。良かったらこれ、もらってくれる?」

 僕は白いトルコ桔梗やデンファレを使ったラウンドブーケをすばる君に差し出す。

「えっ……」

 すばる君は驚いたように目を見開いた。

「ブーケトスはしなかったからここで贈るね。あと五年後、すばる君と真鍋さんが素敵な結婚の日を迎えられますように」

 そう伝えると、すばる君は隣に立つ真鍋さんを見上げる。
  つられて僕も真鍋さんを見ると、それはそれは愛情に溢れた微笑みですばる君に頷いていて……

 もう、僕も。
 僕も胸がじんわりと温かくなり、その笑みに将来のふたりの笑みを見た気がした。

 ――たくさんの幸せがここに集まってる。

 そうして、すばる君はまた新しい涙を溢れさせがらブーケを受け取ってくれ、真鍋さんに大切に肩を抱かれて式場をあとにした。

 その後続く他の出席者さんたちも、温かい笑顔で僕たちの結婚式を喜んでくれて……

 ──本当に、幸せだ。

 たくさんの幸せが今、ここに満ち溢れている。
 この場所にくるまでに、事故の日から九年が経った。辛かった日もあるけれど、そのどれもが大切で、かけがえのない日々だった。

 そして、これからも。

 僕は事故でつがった夫の理人と、かけがえのない人生の軌跡を描いていくのだ。

 ずっと、ずっと、離れず、共に、永遠に。




 事故つがいの夫が僕を離さない! 終

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