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事故つがいの夫が僕を離さない!
軌跡 Side天音③
しおりを挟む「運命って、なんなんだろうね」
彼らとの話を終え、帰路につきながら、僕はふと声を零した。
「僕たちの近くには真鍋さんとすばる君っていう運命のふたりもいる。だけどふたりを見てると、運命の力だけじゃなく、日々積み重ねてきた愛情で結びついている気がするんだ」
激しく求め合っているのに、本能に流されずに関係を築いているふたり。
理人もまた、本能に流されずに僕の元に帰ってきてくれた。
葵さんも、運命を失ったことで一度は無発情症にまでなったけれど、運命ではない人と愛情を積み重ね、今は発情期がある。そして何より、幸せな日々を過ごしている。
じゃあ「運命」って、いったいなんなんだろう。
「そうだね。運命は……運命は、我々の行為の半分を支配し、他の半分を我々自身に委ねる、かな」
「んん?」
理人の言うことが難しい。
僕が首を傾げると、ふふ、とカッコよく微笑んで、髪に指を通してくる。
「昔の思想家の言葉だけどね。たとえばさ、俺がアルファとして、天音がオメガとして生を受けたことは、どうやっても覆されない定めだよね」
「うん」
「でも、生き方は定められていない。バースによっての差や、しがらみがあるのは否めないけれど、同じバースの人間が全員同じ道を選ぶわけじゃないでしょ。簡単なもので言うと食べ物とか本の好みも、学校や仕事の選択も」
僕は、風に揺れる理人の蜂蜜色の髪に見惚れながら、また頷いた。
「どれもさ、色々なきっかけや経験の積み重ねから選択していく。これだ、と思っても違うときがあるし、違うな、と思っていたら存外にしっくりくることもある。人によっても違う。つまりはさ、運命が自動的になにかを決定づけるわけじゃなくて、運命はいつでも傍にあるけれど、その中で選んでいくのは、自分自身なんじゃないかな」
自分で、選ぶ……声にならない声で、唇だけ動かしながら考えていると、理人が僕と指を絡ませて手を繋ぎ、そっと口づけた。
「俺は、天音が欲しかった。出会った日から、天音の隣にいたいと思った。それは、その前後に出会ったたくさんの人、嘉川さんも含めてだけど、誰にも感じなかったよ。俺がただひとり、自分のすべてを投げ出してでも……いや、違うな。自分の人生をかけて愛したいと心から感じたのは、天音ひとりだ」
「理人……」
何度も……もう何万回も聞かせてくれている言葉でも、そのたびに胸が熱くなる。
「そうやって自分の心で選んで、天音と積み重ねていく日々の中で、ますますその思いは強くなっていく。たくさんの選択肢の中でただひとり俺が欲した天音。俺の心は間違えなかったんだと、再認識してるよ」
まっすぐに僕を見て言ってくれる。
その瞳に午後の太陽が当たって、キラキラしている。
出会ったときからまぶしい、僕の大好きな人。
まっすぐに見つめることができるまでにずいぶん時間がかかったけれど、今はもう、目をそらしたくない。
「これはさ、誰が間違いで正解とかじゃなくてね。定められた運命が在る中で、出会えた奇跡の中から自分で手繰り寄せたもの、それを信じていいんじゃないかな、ってこと。真鍋さんもすばる君も同じ。彼らは『運命』だけど、それだって彼らが互いの内面を見つめ合って選び、愛しあうと決めたんだ」
「うん……!」
ホントだね、と言いながら頷いて、僕は髪から頬に移っていた理人の手に手を重ねる。
「僕もね、理人だけがずっと好きだよ。事故つがいだけど、理人とずっと一緒にいることを十五歳の僕も望んで……選択した。今は、あのときよりももっともっと強い気持ちで離れたくないって思う。ねえ、僕たちずっと一緒にいようね!」
そう言うと、理人は大輪の花が開くような笑顔になった。
それは中三のとき、合唱コンクールの動画が完成した際に僕に向けてくれた笑顔と同じで。
――ああ、そうだ。僕はあのときに、理人への思いが「憧れ」から「好き」に変わったんだ。こうやって僕たちは、軌跡を描いてきたんだね。
「俺、ちょっとクサかったかな」
「ううん、ううん」
珍しく理人がちょっと照れるので、僕は全力で否定した。そうしたら理人はまた笑顔を見せてくれて、僕の手を引いてゆっくりと歩き出す。
「クサいついでに、歌いながら帰ろうかな」
「ん? なにを?」
なんだろう。そんなことを言うのも珍しい。
そう思って顔を覗くと、理人は囁くような声で歌い始めた。
「……一緒にいよう、ずっといよう。軌跡が奇跡になるように」
「『君のとなりで』だ……!」
理人がうん、とうなずく。
そうして僕たちは、ふたりだけに聞こえる声で、駅までの道を歌いながら歩いた。
「『君と積み重ねていく毎日が幸せも積み重ねていく。この出会いも毎日もすべてが奇跡。僕たちは奇跡を積み重ねてこの先を歩いていく。一緒にいよう、ずっといよう。奇跡が軌跡になるように』」
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