52 / 76
運命と出逢った俺は、運命とつがえない
夜を超える② Sideすばる
しおりを挟む
「岳人さん?」
「な、なんで下穿いてないんだ!」
「えっ? パンツ穿いてないの、わかっちゃいますか?」
「ええっ、パンツ? パンツも穿いてないのか? 穿きなさい、今すぐ穿きなさい!」
「ええ~~~嫌です。気持ち悪いもん!」
「わがまま言わない!」
「わがままじゃな……あっ」
再び洗面所に追いやられてしまった。
「穿くまで出るな!」
ええ~?
気づかなかったのならいいじゃん。変な岳人さん。
「ハーフパンツは大きすぎたから、これは穿かないけどいいですか?」
「……百歩譲る。その代わりすぐに布団に入って寝なさい」
扉越しに話す岳人さん。いつもと少し話し方が違う。いつもは柔らかく話すのに指示的で先生みたいだし、すぐに寝なさいなんて、せっかく岳人さんのお家に泊まれるのにもったいないよ。
「パンツ、穿きました。出てもいいですか?」
「ん」
扉を開ける。その先では岳人さんが腕をしっかりと組んで立っていた。まるで僕を寄せ付けないみたいに。
でも……岳人さん、さっきより香りが強い? どうしたんだろう。
「ん……」
ビターチョコレートみたいな香り。
どうしよう。この香りを嗅ぐと身体、熱くなっちゃう……初めて会った日に病院に行ったときみたいに……。
「が、くと、さん……」
「すばる君!」
急に目の前がぐるぐると回って、足の力が抜けた。岳人さんが腕を伸ばしてくれた気がするけれど憶えていない。
瞼を閉じてしまったし、次に開けたときには、もう朝だったから。
***
お味噌汁の匂いと、炒った卵の匂い。それから、お肉をお砂糖で炒った匂いもする。
岳人さんの香りも好きだけど、この香りもすごく優しくて、すき。いい匂い。
僕は匂いに釣られて、岳人さんのものらしいベッドを降り、そっと扉を開けた。すると、テーブルやソファのある部屋に繋がっていた。
「……岳人さん?」
岳人さんはキッチンで料理をしている。
「お、起きたか? 朝飯、もうできるからおいで。俺、こっちを向いてるからすぐに椅子に座りな」
背を向けたまま料理を続ける岳人さん。
「はい」
どうやら岳人さんは僕がハーフパンツを穿いていないことをまだ気にしているようだ。
多分だけど、同じクラスの子が話していた「彼シャツ」になっているからかもしれないと、いま気づいた。
僕は岳人さんと出会った翌日、嬉しさのあまりクラスのオメガの子たちに報告したんだ。そうしたら、みんなが教えてくれた。
漫画やドラマなんかで、男の人が付き合っている相手を「可愛い」と思ってくれるいくつかの振る舞いを。
でも、腕に手を巻き付けてニコッとしてみても、抱きついてスリスリしてみても、岳人さんは石像みたいに表情を固めるか、僕の前から逃げるように去ってしまう。
運命のつがいって、相手とずっとくっついて離れたくないって思うと聞いたのに……僕はそうなのに、岳人さんは全然違った。
僕のやり方じゃ、小さい子が甘えるみたいにしか見えなかったのかもしれない。
今だって、貧弱な身体つきの僕が「彼シャツ」になっていても見苦しいだけなのかもしれない。
こんなままじゃ嫌だ……。
岳人さんのお休みはあと三日だけれど、「お母さんが退院までは俺の家にいていいよ」と言ってくれている。
お母さんのことは心配なものの、虫垂炎の手術は難しくないから安心していいと聞かされているし、毎日面会にも行くことにしているので、岳人さんと過ごせるこの期間を大事にしよう。
一緒にいられる時間に、少し背伸びにはなるけれど子供っぽくない僕を見てもらって、好きになってもらいたい。
……恋人に、してもらいたい。
僕は本当のヒートが来ていないから無理だけれど、もしヒートが来たらつがいにだってしてほしい。
性別判定後の講義でつがいになる方法はもう学んだ。
お尻の中にアルファのあそこが入るなんて驚いたけれど、岳人さんのなら絶対に大丈夫。
岳人さんは大人の男の人で、すごく優しいもの。
ふんわりといつものように笑いながら、きっと痛くないようにしてくれるはず……他のオメガより少し早いけれど、岳人さんは運命の人だもの。いつつがいになってもいいよね?
お母さんみたいに、知らないアルファと事故つがいになる怖さもなくなるんだもの。
──ヒートが早くくればいい。
僕は、少しでも早く岳人さんのつがいになりたい……!
「できたぞー。はい、どうぞ」
思い詰めてうつむいていると、テーブルに食事が乗ったトレイが置かれた。
「わぁ……そぼろ丼!」
綺麗な黄色の炒り卵にお醤油色の挽き肉。スライスされたいんげんの緑が可愛い。
それと、お豆腐とわかめのお味噌汁。
「嫌いなもの聞かなかったけど、大丈夫か?」
「はい! 岳人さん凄いです。洋食屋さんなのに和食もできるなんて!」
あっ、大人っぽくしようと思ったばかりなのに、食べ物ではしゃぐなんて子どもっぽかった。
そう思ってちら、と岳人さんを見ると、ふんわりと笑ってくれている。
この笑顔、好き。初めて会ったときから、陽だまりの暖かさを感じさせるようなこの笑顔に、僕の寂しい気持ちやオメガの判定を受けた悲しさをくるっと包みこまれて、癒やされている。
オメガに生まれて良かったって、僕は岳人さんに出会うためにオメガに生まれたんだって……。そう思えるんだ。
「……おいしい!」
「そっか、良かった」
また、ふんわりと笑ってくれる。
岳人さんと向かい合いながら、僕は心もお腹も満たした。
「な、なんで下穿いてないんだ!」
「えっ? パンツ穿いてないの、わかっちゃいますか?」
「ええっ、パンツ? パンツも穿いてないのか? 穿きなさい、今すぐ穿きなさい!」
「ええ~~~嫌です。気持ち悪いもん!」
「わがまま言わない!」
「わがままじゃな……あっ」
再び洗面所に追いやられてしまった。
「穿くまで出るな!」
ええ~?
気づかなかったのならいいじゃん。変な岳人さん。
「ハーフパンツは大きすぎたから、これは穿かないけどいいですか?」
「……百歩譲る。その代わりすぐに布団に入って寝なさい」
扉越しに話す岳人さん。いつもと少し話し方が違う。いつもは柔らかく話すのに指示的で先生みたいだし、すぐに寝なさいなんて、せっかく岳人さんのお家に泊まれるのにもったいないよ。
「パンツ、穿きました。出てもいいですか?」
「ん」
扉を開ける。その先では岳人さんが腕をしっかりと組んで立っていた。まるで僕を寄せ付けないみたいに。
でも……岳人さん、さっきより香りが強い? どうしたんだろう。
「ん……」
ビターチョコレートみたいな香り。
どうしよう。この香りを嗅ぐと身体、熱くなっちゃう……初めて会った日に病院に行ったときみたいに……。
「が、くと、さん……」
「すばる君!」
急に目の前がぐるぐると回って、足の力が抜けた。岳人さんが腕を伸ばしてくれた気がするけれど憶えていない。
瞼を閉じてしまったし、次に開けたときには、もう朝だったから。
***
お味噌汁の匂いと、炒った卵の匂い。それから、お肉をお砂糖で炒った匂いもする。
岳人さんの香りも好きだけど、この香りもすごく優しくて、すき。いい匂い。
僕は匂いに釣られて、岳人さんのものらしいベッドを降り、そっと扉を開けた。すると、テーブルやソファのある部屋に繋がっていた。
「……岳人さん?」
岳人さんはキッチンで料理をしている。
「お、起きたか? 朝飯、もうできるからおいで。俺、こっちを向いてるからすぐに椅子に座りな」
背を向けたまま料理を続ける岳人さん。
「はい」
どうやら岳人さんは僕がハーフパンツを穿いていないことをまだ気にしているようだ。
多分だけど、同じクラスの子が話していた「彼シャツ」になっているからかもしれないと、いま気づいた。
僕は岳人さんと出会った翌日、嬉しさのあまりクラスのオメガの子たちに報告したんだ。そうしたら、みんなが教えてくれた。
漫画やドラマなんかで、男の人が付き合っている相手を「可愛い」と思ってくれるいくつかの振る舞いを。
でも、腕に手を巻き付けてニコッとしてみても、抱きついてスリスリしてみても、岳人さんは石像みたいに表情を固めるか、僕の前から逃げるように去ってしまう。
運命のつがいって、相手とずっとくっついて離れたくないって思うと聞いたのに……僕はそうなのに、岳人さんは全然違った。
僕のやり方じゃ、小さい子が甘えるみたいにしか見えなかったのかもしれない。
今だって、貧弱な身体つきの僕が「彼シャツ」になっていても見苦しいだけなのかもしれない。
こんなままじゃ嫌だ……。
岳人さんのお休みはあと三日だけれど、「お母さんが退院までは俺の家にいていいよ」と言ってくれている。
お母さんのことは心配なものの、虫垂炎の手術は難しくないから安心していいと聞かされているし、毎日面会にも行くことにしているので、岳人さんと過ごせるこの期間を大事にしよう。
一緒にいられる時間に、少し背伸びにはなるけれど子供っぽくない僕を見てもらって、好きになってもらいたい。
……恋人に、してもらいたい。
僕は本当のヒートが来ていないから無理だけれど、もしヒートが来たらつがいにだってしてほしい。
性別判定後の講義でつがいになる方法はもう学んだ。
お尻の中にアルファのあそこが入るなんて驚いたけれど、岳人さんのなら絶対に大丈夫。
岳人さんは大人の男の人で、すごく優しいもの。
ふんわりといつものように笑いながら、きっと痛くないようにしてくれるはず……他のオメガより少し早いけれど、岳人さんは運命の人だもの。いつつがいになってもいいよね?
お母さんみたいに、知らないアルファと事故つがいになる怖さもなくなるんだもの。
──ヒートが早くくればいい。
僕は、少しでも早く岳人さんのつがいになりたい……!
「できたぞー。はい、どうぞ」
思い詰めてうつむいていると、テーブルに食事が乗ったトレイが置かれた。
「わぁ……そぼろ丼!」
綺麗な黄色の炒り卵にお醤油色の挽き肉。スライスされたいんげんの緑が可愛い。
それと、お豆腐とわかめのお味噌汁。
「嫌いなもの聞かなかったけど、大丈夫か?」
「はい! 岳人さん凄いです。洋食屋さんなのに和食もできるなんて!」
あっ、大人っぽくしようと思ったばかりなのに、食べ物ではしゃぐなんて子どもっぽかった。
そう思ってちら、と岳人さんを見ると、ふんわりと笑ってくれている。
この笑顔、好き。初めて会ったときから、陽だまりの暖かさを感じさせるようなこの笑顔に、僕の寂しい気持ちやオメガの判定を受けた悲しさをくるっと包みこまれて、癒やされている。
オメガに生まれて良かったって、僕は岳人さんに出会うためにオメガに生まれたんだって……。そう思えるんだ。
「……おいしい!」
「そっか、良かった」
また、ふんわりと笑ってくれる。
岳人さんと向かい合いながら、僕は心もお腹も満たした。
576
お気に入りに追加
3,893
あなたにおすすめの小説


それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
頑張って番を見つけるから友達でいさせてね
貴志葵
BL
大学生の優斗は二十歳を迎えてもまだαでもβでもΩでもない「未分化」のままだった。
しかし、ある日突然Ωと診断されてしまう。
ショックを受けつつも、Ωが平穏な生活を送るにはαと番うのが良いという情報を頼りに、優斗は番を探すことにする。
──番、と聞いて真っ先に思い浮かんだのは親友でαの霧矢だが、彼はΩが苦手で、好みのタイプは美人な女性α。うん、俺と真逆のタイプですね。
合コンや街コンなど色々試してみるが、男のΩには悲しいくらいに需要が無かった。しかも、長い間未分化だった優斗はΩ特有の儚げな可憐さもない……。
Ωになってしまった優斗を何かと気にかけてくれる霧矢と今まで通り『普通の友達』で居る為にも「早くαを探さなきゃ」と優斗は焦っていた。
【塩対応だけど受にはお砂糖多めのイケメンα大学生×ロマンチストで純情なそこそこ顔のΩ大学生】
※攻は過去に複数の女性と関係を持っています
※受が攻以外の男性と軽い性的接触をするシーンがあります(本番無し・合意)

器量なしのオメガの僕は
いちみやりょう
BL
四宮晴臣 × 石崎千秋
多くの美しいオメガを生み出す石崎家の中で、特に美しい容姿もしておらず、その上、フェロモン異常で発情の兆しもなく、そのフェロモンはアルファを引きつけることのない体質らしい千秋は落ちこぼれだった。もはやベータだと言ったほうが妥当な体だったけれど、血液検査ではオメガだと診断された。
石崎家のオメガと縁談を望む名門のアルファ家系は多い。けれど、その中の誰も当然の事のように千秋を選ぶことはなく、20歳になった今日、ついに家を追い出されてしまった千秋は、寒い中、街を目指して歩いていた。
かつてベータに恋をしていたらしいアルファの四宮に拾われ、その屋敷で働くことになる
※話のつながりは特にありませんが、「俺を好きになってよ!」にてこちらのお話に出てくる泉先生の話を書き始めました。

オメガバα✕αBL漫画の邪魔者Ωに転生したはずなのに気付いた時には主人公αに求愛されてました
和泉臨音
BL
落ちぶれた公爵家に生まれたミルドリッヒは無自覚に前世知識を活かすことで両親を支え、優秀なαに成長するだろうと王子ヒューベリオンの側近兼友人候補として抜擢された。
大好きな家族の元を離れ頑張るミルドリッヒに次第に心を開くヒューベリオン。ミルドリッヒも王子として頑張るヒューベリオンに次第に魅かれていく。
このまま王子の側近として出世コースを歩むかと思ったミルドリッヒだが、成長してもαの特徴が表れず王城での立場が微妙になった頃、ヒューベリオンが抜擢した騎士アレスを見て自分が何者かを思い出した。
ミルドリッヒはヒューベリオンとアレス、α二人の禁断の恋を邪魔するΩ令息だったのだ。
転生していたことに気付かず前世スキルを発動したことでキャラ設定が大きく変わってしまった邪魔者Ωが、それによって救われたα達に好かれる話。
元自己評価の低い王太子α ✕ 公爵令息Ω。

「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる