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運命と出逢った俺は、運命と番えない

夜を超える⑧ Side真鍋

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 その後、すぐに理人に電話をかけて助けを請うた。
 情けなくも劣情を抑えることに精一杯で、どうしたらいいかの判断が付かなかったのだ。

 理人の助けを待つ間、俺はすばるをタオルケットでくるみこみ、横抱きに抱いた。

「岳人さん、して、して、僕の中に入ってきて……」

 抑制剤がほとんど効いていないようで、言っている言葉の意味もわかってはいないだろう。本能的にそう口にして身をよじるすばるの涙を唇で拭いながら、何度も伝えた。

「愛してる、すばる。愛してる。いつか、必ずそうする。約束する。愛してる、愛してる……」
「ん、んっ……して、して」
「っ愛してる。愛してる、愛してる。すばる……!」

 望みは叶えてやれないが、抱きしめる手に愛情を込める。俺の気持ちがすばるの肌から染みていくといい。
 ずっと抱きしめているから、ずっと愛を伝えるから、どうか神様。すばるのヒートを和らげてやってくれ。

「岳人さん……」

 神様がようやく声を聞いてくれたのか、俺の思いが通じたのか、しばらくすると、虚ろだったすばるの目に光が刺した。
 俺の名をちゃんと呼ぶ。

「岳人さん、……こんな僕、ごめんね」
「謝るな。どんなすばるも、俺の大事なすばるだ。大丈夫だよ。目を閉じて眠れ」
 
 小さな唇から小さな声が漏れて、俺は瞼に唇を置いた。
 すばるは身体をぴくんと震わせながらも「うん」と頷いて瞼を閉じ、その健気さに、俺は抱きしめる力を強めた。

 腕の傷から血がどくどくと流れる。

 あー。これ、明日フライパン持てるかな……。

 気を紛らわすためにそんなことを考えつつ、俺ってアホだな、と自嘲しながらもだんだん冷静になれてきて、すばるの後頭部や背を撫でさする。

「すばる、愛してるよ。愛してる。愛してる……」

 すばるの耳に口を近付けて、愛情を伝えるのも再開する。これが今、俺が最大限にできる、すばるの中に入ること。



 そうして、三十分ほどが過ぎたころ、家のインターフォンが鳴り、すばるを抱えながら鍵を開けた。
 高梨君が来てくれて、すばるとここに泊まってくれると言う。

「理人が下でタクシーで待ってるから、真鍋さんは理人と僕の家に……わっ、血、真鍋さん、腕から血が吹き出てますよ! ああっ、床にも血がいっぱい落ちて!」
「大丈夫大丈夫。こんなん舐めときゃ治るよ。それより助かった。ありがとな」

 礼を言いつつ顎で寝室を指し、高梨君に着いてきてもらって寝室へ戻った。
 すばるをベッドに寝かせると、高梨くんがすぐに顔色を見てくれる。

「ああ、ずいぶん落ち着いてきていますね。良かった。初めてのヒートって、すごく怖くてきついけど、真鍋さんが守ってあげていたんですね」

 聖母のような表情ですばるの額を撫で、布団を整えてやる高梨君を見ていると、ホッと気が抜けた。

 将来性高梨君はいい父親になるだろう……あれ、なんか目の前が霞んできた?

 ドン!

 なんだ? すごい音、っていうか、ケツいてぇ……。

「真鍋さん!? 真鍋さん!」

 あー? なに? 俺、どうかした?

「理人、どうしよう! 真鍋さんが倒れちゃったよう!」 

 高梨君が理人に電話をかけているようだか、前が暗くて良く見えない。

 ていうか、はー? 俺、倒れてんの? わけわかんね。……わかんねーから、もう寝ちまおう。
 すばるのことも任せられたし、俺もラット化しかけた身体をちゃんと鎮めないとな……おやすみ、すばる。


 ***


「で、なんで俺は理人と寝てるわけ?」

 目覚めると、理人とセミダブルのベッドで並んでいた。

「しょうがないでしょ。うちにはベッドがひとつしかないけど、真鍋さんは怪我人だし貧血を起こしてたし。だからって天音の匂いが付いたスペースに寝られたら嫌だし。天音の寝たところに他の男の身体が触れるより、俺が抱き枕にされる方がマシだからね」
「はあ? 寝てたってお前を抱き枕にするか。……いてっ」

 身体を起こしかけて、左腕の鋭い痛みに動きを止める。
 左腕には包帯が巻き付けられていた。

「それ、応急処置だから、今日病院に行って、熊に噛まれたって伝えてちゃんと手当てしてもらってね」
「は? 熊?」
「いや~、凄い噛み傷だよね。えぐれるを通り越してたもん。熊が熊に喰い付くとこうなるんだね。これはすばる君、番になるとき痛いだろうなあ」
「お前なあ!」

 右手で理人の顎と頬を掴み、話せないように唇をひん曲げてやった。
 だがこの男はそうされてもイケメンで、内側から光を発している。だからなんだか感心してしまい、俺は手を下げた。

「……でも、かっこいいよ、真鍋さん」
「は?」

 なんだ急に。本当にかっこいい男に真面目な顔でそんなことを言われると、背筋がぞぞっと震えるじゃないか。

「真鍋さんは運命を守るために抗ったんだね。尊敬する」
「う……べ、別に、当たり前のことだろ」

 あまりに慈愛に満ちた表情で言われ、狼狽えた俺は目をそらした。
 理人はくすっと笑ったが、いつものようにからかってはこなかった。

 ブブ、ブブ。

 スマホの着信音が鳴る。理人のスマホだ。

「天音、おはよ。うん、こっちは大丈夫。うん……そっか、伝えておく。じゃあね、今日も愛してる」

 電話口の向こうで「も~~真鍋さんがそこにいるんでしょ!」と高梨君が言うのが聞こえた。
 理人は満足そうに微笑んで通話を切る。

 それから、すばるのヒートは続いているものの抑制剤で越えられそうだと教えてくれた。このあと、侑子さんの退院後にすばるを迎えに来てもらう予定にしているそうだ。
 
 なにもかも世話になって申しわけないな。なにか礼を考えないと。

「ねえねえ真鍋さん、オムライス、作ってよ」
「は?」
「俺の朝食と天音の昼食の分」
「はあ?」
「俺、仕事に行く準備するからよろしく~」

 おいおい、俺は怪我人だぞ?

 だが、多分それで今回の件はチャラにしようとしてくれているんだろう。俺が恩義を返さないとすっきりしない性格だって、きっともう知っているから。
 そして俺も、理人は俺をからかってはくるけど、他の人間には爽やかな優等生顔しか見せないのを知っている。
 
 理人は俺に親近感を持っているんだろう。そして、ここぞってときには惜しみなく力を貸してくれて、気を遣わせないように振る舞っている。

「ありがとな」

 でもそれを認めるのはまだ少しシャクで、俺は理人が寝室から消えてから小さく礼を言った。
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