事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ

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運命と出逢った俺は、運命とつがえない

夜を超える⑤ Sideすばる

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「ばか、ばかばかばかっ。言ってること、めちゃくちゃだよ! そんなのが大人の考え方なら僕は大人にならない。ずっと子どもでいて、ずっと岳人さんに付きまとってやる!」
「はは。俺が我慢できるように、ゆっくりと成長してほしいけど……」

 懸命に訴えているのに、岳人さんは柔らかい笑顔を零して抱き返してくる。

「成長は関係ないな。今でも、こんなに愛しい」
「あっ……」

 ギュッとされて、話している間に収まっていたお腹のムズムズがぶり返した。
 
 もっと、もっと強く抱きしめてほしい。岳人さんとの間に一ミリの隙間もできないくらいに強く……!

 そう思うのに、岳人さんは腕の力を緩め、僕から体を離してしまう。

「でもな、今はこれで精一杯だ。これ以上は俺が耐えられない」

 岳人さんは優しい表情をしているけれど、もう笑顔じゃなかった。
 額にはうっすらと汗が残っているし、呼吸もまだ少し乱れている。

「俺が言ったこと、わかるな? どっちにしろすばるが十八歳になるまではつがえない。俺はちゃんとすばるを待ってる。だから安心して、ゆっくり大人になれ」

 待ちたくない。今だって抱きつき直してしがみつきたい。
 岳人さんと初めてのキスをして、一晩中抱きしめられて眠りたい。

 だけど抑制剤の効きが充分じゃないらしい岳人さんは辛そうだ。
 それなのに柔らかい笑顔を崩さないでいてくれる。
 それに、誤魔化さずに僕に気持ちを話してくれた。

 だから僕は、ゆっくり大人になれって言ってもらえたけれど、今だけは子どもみたいなわがままを言いたくない。

「はい……」

 返事をして、そろりとソファから立つ。

「宿題したら、早めに寝ます。ベッド、貸してもらってありがとうございます」
「ん」

 うなずいてくれた岳人さんから離れ、ひとりで寝室に向かった。
 そしてその夜、僕は初めて自分で自分を慰めた。


 ***


 岳人さんの家でお世話になってから七日が過ぎた日、お母さんの退院が明日で確定した。

「岳人さんへのお礼は、また別の日にするわね」

 仕事の夏休みが終わった岳人さんは十時前に家を出て、戻ってくるのは二十三時前だ。お母さんの面会や退院の日の付き添いができないと、申しわけなさそうだった。

 ちなみに僕は、午後の仕事には出ない天音さんのご厚意で、夕食時間から岳人さんが仕事を終えて迎えにきてくれる時間まで、高梨家で過ごす三日間だった。

「それにしても、すばるはまた少し大人びた気がするわね。髪が伸びたせいかしら」
「え~。毎日見てるのに。でも、背も伸びたかな? ほら、お母さんを追い越してる!」
「まあ、本当! 凄いじゃない」
「ご飯をたくさん食べてたからな。それに岳人さんたら、夜更かしは駄目って言って、僕をさっさと寝室に押しむから早い時間に寝てるんだ。あ、岳人さんはね、宿題のチェックまでしてくれるの。おかげでもう全部終わったんだよ」

 好きな人と一緒に暮らしているのに笑っちゃうくらい健全で、お母さんになんの隠し事もなく言える。

「そう……。やっぱり、真鍋さんは素敵な人だったわね。すばるのこと、とっても大事にしてくれているのね」

 お母さんは、こく、こくと頷きながら涙で瞳を潤ませる。それから「良かった」って小さな声で繰り返すから、僕は胸がじーんとしてしまう。

「ねえ、お母さん。僕ね、この数日の間で進路を決めたんだ」
「あら、真鍋さんとつがいになって、夫夫ふうふになることでしょ?」

 涙を指で拭いながらもくすくすと笑って、からかってくるお母さん。
 僕はちょっとだけ唇を尖らせる。

「それはそうなんだけど! ……それ以外にもね」
「ええ? なあに、なあに?」
「えへへ、えっとねえ」

 僕は少しだけ照れくさくなりながらも、顔を覗き込んでくるお母さんから目をそらさずに答えた。

「僕ね、大学には行かずに、高校は商業高校に行く。簿記や会計やマーケティングを早く習って、すぐに使えるようにするの。岳人さんはね、三十歳になったら独立して自分のお店を持つつもりなんだって。そのときがきたら僕、岳人さんのお店を盛り立てるお手伝いをするって決めたんだ」

 この進路を決めたのは、天音さんと理人さんの幸せを目の当たりにして、僕も岳人さんと過ごす日々の幸せを積み重ねていきたいって、より強く思ったからだ。

 天音さんの家で過ごさせてもらっている間、僕は天音さんと理人さんの馴れ初めや、お互いを思うあまりに臆病になり、すれ違っていたことも聞いた。

 十五歳でつがいになって、十八歳で結婚したことに後悔はないけれど、もっと会話はするべきだったねと、瞳を合わせて微笑み合うふたり。

「今じゃ言葉がなくても天音の気持ちがわかるようになったけど……」

 理人さんはそう言って、天音さんの髪を梳くように撫でながら続けた。

「天音の声で聞くと幸せな気持ちが増えるから、言ってもらうし伝えるんだ。ねぇ天音、俺のこと愛してる? 俺は毎日、愛しい気持ちが更新してる」
「り、理人。すばる君の前で恥ずかしいよ」

 天音さんはすぐに頬が赤くなる。理人さんと向かい合っているときはもちろん、向かい合っていないときも姿を見ながら頬を染めて、なんならいないときでも、理人さんのことを話していると頬を桃色にして、すっごく可愛い顔になる。

 理人さんが大好き、って全身から溢れ出ている。

 理人さんも同じ。瞳から、唇から、指先から、髪の毛の一本さえも、天音さんが大好き、ってオーラが溢れていて、天音さんの家は幸せな空気が充満している。

 だけど「運命のつがい」じゃない。岳人さんが言っていた「ふたり」は天音さんと理人さんのことだったんだね。

 こんなふたりを見たら、運命がすべてじゃないと岳人さんが言い切る理由がわかる。

 初恋のドキドキも、戸惑いも、募る思いも切なさも。
 すれ違いのもどかしさも苦しさも。
 気持ちが通じてからの喜びも嬉しさも楽しさも、また増えていく愛しさも。

 ふたりで過ごす日々の中で、積み重なって形になっていった絆。
 運命だけじゃ生み出されないたくさんの感情が、まとまってひとつの大きな絆になって輝いている。

 だから、だからさ。 
 僕は持っている「運命」に加えて、そのキラキラした絆を、他の誰でもなく、岳人さんと作っていきたい。

 そばにいたら本能的に求め合う気持ちが強くなって、それを抑えるために辛い思いをしなくちゃいけないこともわかってる。

 だけどそれを乗り越えるよ。岳人さんもしてくれたように、僕も思いを言葉や態度にきちんと表して、気持ちを交わし合って「ふたり」で乗り越えていく。

 天音さんと理人さんが交わしてきたものを、ううん、それ以上のものを岳人さんと分かち合う。

 そうして、僕たちがつがいになれる日がきたら、僕は片時も離れず岳人さんの傍らにいて、つがいとしてだけでなくひとりの人間として岳人さんの力になる。  
 絶対に、なってみせる。

「すばる……素敵ね。お母さん、応援してる」
「うん!」

 お母さんは、僕を星でも見るみたいに眩しそうに目を細めて笑った。

 お母さんがつけてくれた名前の「すばる」みたいに、僕が見えているのかな。

 たくさんの星が集まって、ひとつの輝きになる「すばる」。

 僕は岳人さんのそばでたくさんの経験をして、すばるのような優しい光を放てる大人になりたい。

 ひだまりみたいな優しさの岳人さんに、穏やかな優しさを返せるすばるのような人間に……。
 
「じゃあそろそろ帰るね」
「ええ、また明日ね。岳人さんによろしく伝えてね」
「はーい」

 お母さんに一番に話せて嬉しかった。さあ、次は岳人さんだ。
 岳人さんに、僕の目標を伝えたい。聞いてほしい。

 そうだ、少しでも話せる時間を長く取れるように、今夜は天音さんの家には行かずに待っていて、迎えにこなくていいから直接帰ってきてほしいと連絡しよう。

 岳人さん、どんな顔するかな。どんなふうに言ってくれるかな。

 僕はホクホクしたあったかさで胸を満たして、病院を後にした。

 だけど───

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