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運命と出逢った俺は、運命とつがえない

夜を超える① Sideすばる

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 花火大会で見たたくさんの花火よりも、たったひとつのお月さまの方が明るい気がする夜。
 そう見えるのはもしかして、岳人さんと並んで、手を繋いで歩いているからかもしれない。

 岳人さんはなにか考え込んでいるようで無言だけれど、歩くスピードを僕に合わせてくれて、病院でお母さんに「俺の家に連れて帰ります」と言ったときからずっと、手を離さずに繋いでくれている。

 お母さんは岳人さんにそう言われたとき、心から安心した顔をしていた。
「申し訳ないと思いつつ、それが一番安心できます。すばるをお願いします」って言って。

 ねえ、お母さん。僕は中学入学前の第二性検査でオメガ判定を受けたあと、他にオメガ判定を受けた同級生たちと一緒にこれまでに習った第二性についての復習と、新しく「番になること」についても講義を受けたでしょ。

 あのとき、僕が小さい頃から、お母さんがオメガ性のために苦しんできたことが頭にたくさん浮かんできて、悲しいよりも悔しくなった。

 おじいちゃんもおばあちゃんもいつも言っていたね。名前も顔も知らないアルファが、突発的なヒートを起こしたお母さんのうなじを身勝手に咬み、逃げなければ、お母さんはこんなにまで辛い思いをすることはなかったのにって。

 お母さんはヒートを起こしてしまったけれどちゃんと抑制剤も飲んでいたのに、警察の人もまともに取り合ってくれなかったんだよね。

 だから僕は、おじいちゃんやおばあちゃん、お母さんのことは大好きだけれど、皆と同じオメガにだけはなりたくなかった。
 アルファか、せめてベータで、お母さんのことを守れるような強い大人になりたかった。
 
 それなのに判定はオメガで……その夜、お母さんが声を殺して泣いていたのを知っているよ。
「ごめんね」って、「ごめんねすばる」って聞こえてきて、僕もお布団中に潜って泣いた。

 オメガに生まれてきてごめんね、お母さん。
 でもね、オメガでも、僕はお母さんをきっと守るからね。
 オメガだけれど、僕はお母さんを悲しませないよう、講義で習ったオメガ性の注意点をちゃんと守っていくからね。

 ────そんなふうに、オメガでも一生懸命頑張らなきゃって、僕がオメガであることでお母さんに「ごめんね」って思ってほしくなくて、僕は判定前以上に勉強や家のお手伝いも張り切って、いつもニコニコしていた。

 頑張らなくちゃ、僕がしっかりしなきゃ……でもそうすることにちょっとだけ疲れてきたある日のことだった。疲れていたっていうか、オメガの判定が出てから疲れやすくなったっていうか、そんな感じだったのだけれど。

 僕の家は節約して暮らしているから外食はめったにしないのに、その日は中学の準備でいつもより遠出でお買い物をしたせいか、僕はとても喉が乾いてしまった。

 するとお母さんが「いつも頑張ってくれてるから、ちょっとだけ贅沢しよう」って言ってくれて、僕たちはおしゃれなカフェに入った。

 そして、僕は運命の人がくとさんに出会ったんだ。





 「着いたよ。ここが俺の家」

 岳人さんは手を繋いだ方と反対の手で鍵を開け、マンションの玄関扉を開けてくれる。

 お昼は手を繋げないって言って、僕が悲しくなったのを知っているからだよね?
 だからお母さんのことで不安になっていた僕の手を繋いで、離すタイミングも見計らってくれているんじゃないかな。

 優しい岳人さん、大好き。

「あ……岳人さんの匂い、いっぱい……」

 部屋に一歩足を踏み入れると、隣にいる岳人さんよりも濃く強く、岳人さんの香りがした。

 この香りが大好き。初めて会った日も、このビターチョコレートみたいな香りに惹かれてテーブルを縫って歩くと、その先に熊と羊のチョコレートがあった。

 最初はそのおいしそうなチョコレートの香りだと思っていたけれど、あれは岳人さんの香りだったんだね。
 僕だけがわかる、僕だけが身体全部で感じる、岳人さんの香り。

「好き……大好き」
「……っすばる君!」

 深呼吸するみたいに香りを吸い込んで言うと、岳人さんの手が少し熱くなった。

 ……あれ? 違うかな。僕が熱いのかな。どっち?

 隣を見上げると、岳人さんは顔を赤くして鼻と口を塞ぎ、眉を寄せている。

「? 岳人さん?」
「ふ、風呂。風呂、用意するからすぐ行って」
「えっ?」

 岳人さんは大急ぎでお風呂の用意をしにいく。

 あーあ、手、離れちゃった。

 それからどうしてか、洗面所の中でお風呂の準備ができるように待つよう言われて、扉をしっかりと閉められてしまった。
 
「絶対に出てきちゃ駄目だって、変なの。……でも、上がったら洗面所を出てもいいんだよね?」

 熱いからお湯に浸かるのはそこそこにしてお風呂場から出る。
 お風呂を用意してもらったときにバスタオルと、着替え用に岳人さんのTシャツとハーフパンツを置いていってくれたからそれを使った。

「わぁ、大きい」

 洗面所の鏡に映った自分の姿に思わず笑ってしまう。
 岳人さんのハーフパンツが当たり前に大きすぎて、紐をぎゅっと絞ってもウエストから落ちてしまうから、Tシャツだけを着ることことにしたんだ。
 そうしたらまるで、女の子のワンピースみたい。

 でもこれ、シャツの裾が太ももの真ん中まであるからいいよね? 下着も履かなくていいかなぁ? 

 下着だけは明日僕の家に取りに帰るまで我慢して、って同じのを履くことになったんだけれど、汗をかいたからなるべくなら履きたくない。

 ……見えないし、大丈夫だよね?

「がくとさぁん、お風呂終わりましたー」
「おー」

 洗面所の扉を開けて、リビングの方向に向けて呼びかければ、すぐに岳人さんが来てくれる。
 顔だけを出していた僕は、身体もしっかりと廊下に出した。

 その途端。
 岳人さんの動きがぎこちなくなり、驚きの表情で動きを止めた。

「な……!」
   
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