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運命と出逢った俺は、運命とつがえない
運命の番に出会った③
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***
「帰らないでください! まだ岳人さんと一緒にいたいです!」
診察が終わり、すばる君と侑子さんに挨拶をしてそそくさと立ち去ろうとすると、すばる君にぎゅっと抱きつかれて、引き止められた。
抑制剤を打ってもらったのに、途端に心臓が跳ねる。外ですばる君を抱きとめた時と同じように、「運命のつがいと繋がりたい」と身体全体が訴えた。
「いや、ちょっともう無理……」
俺は同じ空気を吸うまいと口と鼻を塞ぎつつ、腰にしがみついている細い腕をほどこうとした。
……やばい。手の吸いつき感が半端ない。このまま抱き締め……いや、ダメダメダメダメ!
「ごめん、また連絡するから!」
「あっ! 岳人さんっ……!」
身体をねじってすばる君から離れ、後ずさる。
すばる君のつぶらな瞳から涙が溢れた。俺を求めて手を伸ばしてくる。
「……っつ。すみません、お願いします!」
侑子さんにすばる君を頼み、後ろ髪を引かれながらも、俺はすばる君に振り返ることなく病院を出た。
「それから毎晩電話かメッセージが入ってくる」
侑子さんと繋げていたメッセージアプリのトーク画面を理人に向ける。
「わぁ……俺の、天音へのメッセージより多いね」
そこを比べるな。でもそうか、やっぱり多いよな。
「どれどれ。中学での生活のことに、岳人さんはなにしてましたか質問。それから……いつ会えますか、早く会いたいです、岳人さんのことばかり考えています、かぁ……もう真鍋さん一色だね。羨ましい。まあ、天音も俺一色だけど」
「そこはどうでもいい」
「なにそれ」
言葉をやり取りしながらも、理人はトーク画面を見続けると、批難がましく俺を見た。
「カワイソ。真鍋さんからはリプ少ないし、差し障りない言葉だけ。しかも毎日最後に「大好きです」って書いてくれてるのに「ありがとう。おやすみ」だけなんてさ」
「ったり前だろ。これ、侑子さんのスマホでやり取りしてるんだぞ」
「どーせ、本人がスマホを持って繋がったら歯止めが効かなくなるって日和ってんでしょ?」
「ぐ」
図星だった。
運命のつがいというものはデジタルの回線まで超えてくるのか、トークアプリに打たれた文字でさえも心を震わせてくる。
声を聞けば、一度も言ったことがない愛の囁きが口から出そうになる。
「会ってあげられないなら言葉くらいあげなよ。言葉が足りないことがどれだけの誤解を生むか、真鍋さんも知ってるでしょ」
当事者に言われて唸る俺。わかってるよ。わかってるけど。
「相手はまだ中一なんだよ。これからようやく第二性についてを深く学んで、つがい契約を知っていくような子だ」
きっとまだわかっていない。つがいになるということを。
‘’大好きです’’なんて純粋な気持ちをくれる子に、劣情が絡まった気持ちを押し付けたくない。
……堂々巡りだ。
「でも、じきだと思うよ。アルファだと中二になる前には自分の中のアルファの性を実感しだすし、オメガは初めての発情期に幅はあるけど、早い子は早いんだし。俺と天音が番になったのも十五歳だったしね」
「それはそれで早いんだよ」
ツッコミを入れるものの、フワリと幸せそうに笑う。理人はいつもこの表情で高梨君を見つめて、高梨君はマシュマロがとろけるような表情で見つめ返している。
こうやって、ふたりがどれほど思い合っているかを、この数か月で嫉妬するほど見せつけられてきた。
だからこそ思うんだ。
「”運命のつがい”っていうけど……本当にそれでいいのか、って思うんだよ。今まで迷信だと思い込んでいたくらい出会うのは稀有なんだ。出会わなければ普段の生活の中で惹かれる人と出会い、恋をするだろ? 運命っていう定められた強制的な力のあるものじゃなくて、積み重ねていく日々の中で、相手を思いやり思いやられて関係を築いていく」
理人と高梨君のように、運命にも負けない強い絆を。
「だからさ、俺がすばる君のその機会を奪うような気がして」
「うわ、やっぱ日和ってるんじゃない。真鍋さん、中身も羊だった?」
「はあ?」
「真鍋さん、自分が本当に愛されるかどうか怖いんでしょ。自分が理由もわからず惹かれてるから、相手もそうだって。それで後々、彼が理由付きで誰かに恋をするかもしれないって怖がってるんだ」
「そんなこと!」
なにかを試すみたいな表情で顔を覗き込まれ、反論しようとするが言葉が続かない。
自分でも気づいていなかったけれど、やはり図星なのかもしれない。
すぐそばに、運命よりも積み重ねた絆で結ばれたふたりがいる。過去、高梨君が運命につがいを奪われると不安になっていたのと反対に、積み重ねた日々を共有する相手にすばる君を奪われることを、俺は憂いているのかもしれない。
長く話していたため、理人の皿のバニラジェラートとストロベリージェラートが溶けてマーブル模様になっている。
理人はそれを新しいスプーンで掬った。
「出会い方なんて関係ないよ。どんな出会い方をしても、”ふたり”なんだから、そこから時間を共有して積み重ねていくんだ。その中できっと見つかるよ、彼を思う理由も彼が真鍋さんを思う理由も。見つからなかったら別れればいいじゃない」
「んぐ」
混ざりあった味のそれを、俺の口に突っ込んできやがる。
「……うま」
「ね、おいしいでしょ? 相性がいいものは混ざりあうとすごくおいしい。出会い方は別として、惹かれ合ってるなら日和ってないで、彼と気持ちを積み重ねてみなよ」
理人は混ざったジェラートをもうひと掬いして、俺の口に運んだ。
「なんで俺が理人にあーんされてるんだ。高梨君に知られたら睨まれるわ」
「いいのいいの。真鍋さんの忍耐の恋の行く先を応援して、特別サービスだよ。はい、あーん」
忍耐の恋……焚きつけといて現実を見せてくるところが理人らしい。
この野郎と思いながらも、腹が決まってすっきりした俺は、理人に"あーん"されながらジェラートを平らげてやった。
「帰らないでください! まだ岳人さんと一緒にいたいです!」
診察が終わり、すばる君と侑子さんに挨拶をしてそそくさと立ち去ろうとすると、すばる君にぎゅっと抱きつかれて、引き止められた。
抑制剤を打ってもらったのに、途端に心臓が跳ねる。外ですばる君を抱きとめた時と同じように、「運命のつがいと繋がりたい」と身体全体が訴えた。
「いや、ちょっともう無理……」
俺は同じ空気を吸うまいと口と鼻を塞ぎつつ、腰にしがみついている細い腕をほどこうとした。
……やばい。手の吸いつき感が半端ない。このまま抱き締め……いや、ダメダメダメダメ!
「ごめん、また連絡するから!」
「あっ! 岳人さんっ……!」
身体をねじってすばる君から離れ、後ずさる。
すばる君のつぶらな瞳から涙が溢れた。俺を求めて手を伸ばしてくる。
「……っつ。すみません、お願いします!」
侑子さんにすばる君を頼み、後ろ髪を引かれながらも、俺はすばる君に振り返ることなく病院を出た。
「それから毎晩電話かメッセージが入ってくる」
侑子さんと繋げていたメッセージアプリのトーク画面を理人に向ける。
「わぁ……俺の、天音へのメッセージより多いね」
そこを比べるな。でもそうか、やっぱり多いよな。
「どれどれ。中学での生活のことに、岳人さんはなにしてましたか質問。それから……いつ会えますか、早く会いたいです、岳人さんのことばかり考えています、かぁ……もう真鍋さん一色だね。羨ましい。まあ、天音も俺一色だけど」
「そこはどうでもいい」
「なにそれ」
言葉をやり取りしながらも、理人はトーク画面を見続けると、批難がましく俺を見た。
「カワイソ。真鍋さんからはリプ少ないし、差し障りない言葉だけ。しかも毎日最後に「大好きです」って書いてくれてるのに「ありがとう。おやすみ」だけなんてさ」
「ったり前だろ。これ、侑子さんのスマホでやり取りしてるんだぞ」
「どーせ、本人がスマホを持って繋がったら歯止めが効かなくなるって日和ってんでしょ?」
「ぐ」
図星だった。
運命のつがいというものはデジタルの回線まで超えてくるのか、トークアプリに打たれた文字でさえも心を震わせてくる。
声を聞けば、一度も言ったことがない愛の囁きが口から出そうになる。
「会ってあげられないなら言葉くらいあげなよ。言葉が足りないことがどれだけの誤解を生むか、真鍋さんも知ってるでしょ」
当事者に言われて唸る俺。わかってるよ。わかってるけど。
「相手はまだ中一なんだよ。これからようやく第二性についてを深く学んで、つがい契約を知っていくような子だ」
きっとまだわかっていない。つがいになるということを。
‘’大好きです’’なんて純粋な気持ちをくれる子に、劣情が絡まった気持ちを押し付けたくない。
……堂々巡りだ。
「でも、じきだと思うよ。アルファだと中二になる前には自分の中のアルファの性を実感しだすし、オメガは初めての発情期に幅はあるけど、早い子は早いんだし。俺と天音が番になったのも十五歳だったしね」
「それはそれで早いんだよ」
ツッコミを入れるものの、フワリと幸せそうに笑う。理人はいつもこの表情で高梨君を見つめて、高梨君はマシュマロがとろけるような表情で見つめ返している。
こうやって、ふたりがどれほど思い合っているかを、この数か月で嫉妬するほど見せつけられてきた。
だからこそ思うんだ。
「”運命のつがい”っていうけど……本当にそれでいいのか、って思うんだよ。今まで迷信だと思い込んでいたくらい出会うのは稀有なんだ。出会わなければ普段の生活の中で惹かれる人と出会い、恋をするだろ? 運命っていう定められた強制的な力のあるものじゃなくて、積み重ねていく日々の中で、相手を思いやり思いやられて関係を築いていく」
理人と高梨君のように、運命にも負けない強い絆を。
「だからさ、俺がすばる君のその機会を奪うような気がして」
「うわ、やっぱ日和ってるんじゃない。真鍋さん、中身も羊だった?」
「はあ?」
「真鍋さん、自分が本当に愛されるかどうか怖いんでしょ。自分が理由もわからず惹かれてるから、相手もそうだって。それで後々、彼が理由付きで誰かに恋をするかもしれないって怖がってるんだ」
「そんなこと!」
なにかを試すみたいな表情で顔を覗き込まれ、反論しようとするが言葉が続かない。
自分でも気づいていなかったけれど、やはり図星なのかもしれない。
すぐそばに、運命よりも積み重ねた絆で結ばれたふたりがいる。過去、高梨君が運命につがいを奪われると不安になっていたのと反対に、積み重ねた日々を共有する相手にすばる君を奪われることを、俺は憂いているのかもしれない。
長く話していたため、理人の皿のバニラジェラートとストロベリージェラートが溶けてマーブル模様になっている。
理人はそれを新しいスプーンで掬った。
「出会い方なんて関係ないよ。どんな出会い方をしても、”ふたり”なんだから、そこから時間を共有して積み重ねていくんだ。その中できっと見つかるよ、彼を思う理由も彼が真鍋さんを思う理由も。見つからなかったら別れればいいじゃない」
「んぐ」
混ざりあった味のそれを、俺の口に突っ込んできやがる。
「……うま」
「ね、おいしいでしょ? 相性がいいものは混ざりあうとすごくおいしい。出会い方は別として、惹かれ合ってるなら日和ってないで、彼と気持ちを積み重ねてみなよ」
理人は混ざったジェラートをもうひと掬いして、俺の口に運んだ。
「なんで俺が理人にあーんされてるんだ。高梨君に知られたら睨まれるわ」
「いいのいいの。真鍋さんの忍耐の恋の行く先を応援して、特別サービスだよ。はい、あーん」
忍耐の恋……焚きつけといて現実を見せてくるところが理人らしい。
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