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俺が恋するオメガには事故つがいの夫がいる
羊は熊の皮をかぶらない⑤
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***
休日、ショッピングモールにぶらぶらと買い物に出ていて、支払いの際にバッグに入れたままの箱が手に触れた。
バレンタインに高梨君と、ついでにゴリラに貰ったやつだ。
ああ。これ、すっかり忘れてたな。
忘れていたというより、開ける気がしなかっただけだが。
なんせゴリラが作ったものだ。威嚇フェロモンとか振りかけてんじゃねえだろうな。
くん、と箱の外から匂いを嗅いでみる。だがほんのりとカカオの甘い香りがするだけで、威嚇的な匂いはしてこなかった。
カフェに入り、テラス席に座って包装を解く。
「げ」
箱を受け取ったときよりも顔が歪み、漏れ出た声も潰れた声になった。
「熊……」
中に入っていたチョコレートは熊だ。いや、熊の着ぐるみをかぶった羊だ。
ご丁寧にホワイトチョコとミルクチョコで羊を作り、ビターチョコで熊の着ぐるみを作ってやがる。
あんのゴリラ野郎……腹は立つがプロ並みの仕上がりじゃねえか。料理人としてくっそ腹立つ。
顔をしかめつつ箱の中から取り出してチョコを持ち上げる。
「……がっ」
変な声が漏れてしまった。裏にピンクのペンシルチョコレートで文字が書いてあり、不格好に書かれたそれは呪いの文字みたいにチョコが垂れているのだ。
これは字が下手なのか、ペンシルチョコがうまく使えなかったのか、それとも嫌がらせか?
『幸せが訪れますように』
って、ほっとけ、ゴリラ野郎。
「うわぁ! 熊さんと羊さんのチョコレート! 可愛いです」
食わずに箱に戻そうとすると、甲高い声が聞こえて視線を移す。
椅子に座っている俺の肩より少し低いくらいのところに、その声の主はいた。
さらさらした黒髪に大きな瞳、つやつやしたぷくぷくほっぺの……これは、男の子か?
「……食べる?」
つい言ってしまってからハッとする。知らない子供に知らない男が食べ物なんてあげたら、犯罪と言われかねない。
「あ、やっぱ駄目」
「ええ~」
チョコを箱に戻してしまうと、その子は可愛い顔の可愛い眉尻を落とした。
落ち込んだときの高梨君に少し似ていて、なんだか罪悪感が生まれてしまう。
「ごめんな」
「すばる、なにやってるの。ご迷惑でしょう」
謝った丁度そのとき、女性の声がして、その子は俺が着席しているテーブルに両手をかけたまま、顔だけを動かしてそちらを見た。
「ママ」
その子の声に合わせて俺も女性に視線を移す。
うわ、綺麗な人。
これまたさらさら黒髪ショートのつぶらなひとみで、高梨君の雰囲気に似て和風美人な……。
って、おいおい凝視するな俺、ママってことはこの人は人妻。失恋の相手を重ねるだけでも失礼だ。
「この子ったら普段は人見知りなのに、申しわけありません」
「あ、いえ。可愛い子ですね。男の子ですよね?」
ママさんからその子に視線を戻し、にこっと微笑みかけると、その子もにこっと笑った。
「はい! 橘すばる、十二歳です」
全然人見知りじゃないと思うけど。
ただ少し幼く見えるかな。オメガなんだろう。ママさんもオメガそのものの容姿だもんな。
「はは。俺は真鍋岳斗、二十三歳。……あ。良かったらこの席使います? 俺もう出るんで」
自己紹介しつつ周囲の様子を見ると、いつの間にか席が埋まっていたようだ。俺も座ったばかりだが、コーヒーだけだから持ち歩けばいいことだから。
「いえ、そんな申しわけないので」
「座ります! 僕、がくとさんと一緒に座りたいです!」
岳斗さん、だって。可愛いな。
「はは、じゃあ一緒に座るか。どーぞ」
すばるくんの素直さに自然と顔が綻んで、対面の席を手のひらで示した。
ママさんは恐縮しながら謝って俺の斜め前に座り、すばる君を俺の前に座らせる。
「ママ見て。この羊熊さんのチョコレート、可愛いでしょう?」
「あらほんと。これに惹かれたのね。この子、熊と羊が好きなのもので、馴れ馴れしくすみませんでした」
「いえいえ。これ、もらい物ですけど、食べても大丈夫なら差し上げますけど」
「そんな、大事な方からのチョコじゃないんですか?」
「全然です!」
つい言い切ってしまうと、ママさんは少しきょとんとしたが、すばる君は「じゃあ欲しい!」と瞳を輝かせる。
結局ママさんがOKを出して、すばる君はゴリラ特製の、熊の着ぐるみ羊チョコレートを手に入れた。
「ありがとうございます」
ふたり同時に礼を言ってくれ、ママさんは美しく微笑み、すばる君は「がくとさん、大好き!」と付け加えた、その瞬間。
ぶわっと甘い香りが匂い立った。
ミルクチョコレートのような絡みつくような甘さ。
――え?
これは……オメガのフェロモンだ。
身体中に鳥肌が立つ感覚があった。心臓が猛スピードで脈打ち始め、喉が渇きを訴える。
俺はとっさに口と鼻を押さえた。
ママさんは驚いたように俺を見て、すばる君は不思議そうに首をかしげている。
――どっち、どっちのフェロモンだ……!?
誘惑フェロモンじゃない。じゃないのに、身体が激しく痺れ指先が震える。
額と背中にじっとりとした汗が伝うのを感じながら、俺は二人を見比べていた────
【羊は熊の皮をかぶらない 終】
休日、ショッピングモールにぶらぶらと買い物に出ていて、支払いの際にバッグに入れたままの箱が手に触れた。
バレンタインに高梨君と、ついでにゴリラに貰ったやつだ。
ああ。これ、すっかり忘れてたな。
忘れていたというより、開ける気がしなかっただけだが。
なんせゴリラが作ったものだ。威嚇フェロモンとか振りかけてんじゃねえだろうな。
くん、と箱の外から匂いを嗅いでみる。だがほんのりとカカオの甘い香りがするだけで、威嚇的な匂いはしてこなかった。
カフェに入り、テラス席に座って包装を解く。
「げ」
箱を受け取ったときよりも顔が歪み、漏れ出た声も潰れた声になった。
「熊……」
中に入っていたチョコレートは熊だ。いや、熊の着ぐるみをかぶった羊だ。
ご丁寧にホワイトチョコとミルクチョコで羊を作り、ビターチョコで熊の着ぐるみを作ってやがる。
あんのゴリラ野郎……腹は立つがプロ並みの仕上がりじゃねえか。料理人としてくっそ腹立つ。
顔をしかめつつ箱の中から取り出してチョコを持ち上げる。
「……がっ」
変な声が漏れてしまった。裏にピンクのペンシルチョコレートで文字が書いてあり、不格好に書かれたそれは呪いの文字みたいにチョコが垂れているのだ。
これは字が下手なのか、ペンシルチョコがうまく使えなかったのか、それとも嫌がらせか?
『幸せが訪れますように』
って、ほっとけ、ゴリラ野郎。
「うわぁ! 熊さんと羊さんのチョコレート! 可愛いです」
食わずに箱に戻そうとすると、甲高い声が聞こえて視線を移す。
椅子に座っている俺の肩より少し低いくらいのところに、その声の主はいた。
さらさらした黒髪に大きな瞳、つやつやしたぷくぷくほっぺの……これは、男の子か?
「……食べる?」
つい言ってしまってからハッとする。知らない子供に知らない男が食べ物なんてあげたら、犯罪と言われかねない。
「あ、やっぱ駄目」
「ええ~」
チョコを箱に戻してしまうと、その子は可愛い顔の可愛い眉尻を落とした。
落ち込んだときの高梨君に少し似ていて、なんだか罪悪感が生まれてしまう。
「ごめんな」
「すばる、なにやってるの。ご迷惑でしょう」
謝った丁度そのとき、女性の声がして、その子は俺が着席しているテーブルに両手をかけたまま、顔だけを動かしてそちらを見た。
「ママ」
その子の声に合わせて俺も女性に視線を移す。
うわ、綺麗な人。
これまたさらさら黒髪ショートのつぶらなひとみで、高梨君の雰囲気に似て和風美人な……。
って、おいおい凝視するな俺、ママってことはこの人は人妻。失恋の相手を重ねるだけでも失礼だ。
「この子ったら普段は人見知りなのに、申しわけありません」
「あ、いえ。可愛い子ですね。男の子ですよね?」
ママさんからその子に視線を戻し、にこっと微笑みかけると、その子もにこっと笑った。
「はい! 橘すばる、十二歳です」
全然人見知りじゃないと思うけど。
ただ少し幼く見えるかな。オメガなんだろう。ママさんもオメガそのものの容姿だもんな。
「はは。俺は真鍋岳斗、二十三歳。……あ。良かったらこの席使います? 俺もう出るんで」
自己紹介しつつ周囲の様子を見ると、いつの間にか席が埋まっていたようだ。俺も座ったばかりだが、コーヒーだけだから持ち歩けばいいことだから。
「いえ、そんな申しわけないので」
「座ります! 僕、がくとさんと一緒に座りたいです!」
岳斗さん、だって。可愛いな。
「はは、じゃあ一緒に座るか。どーぞ」
すばるくんの素直さに自然と顔が綻んで、対面の席を手のひらで示した。
ママさんは恐縮しながら謝って俺の斜め前に座り、すばる君を俺の前に座らせる。
「ママ見て。この羊熊さんのチョコレート、可愛いでしょう?」
「あらほんと。これに惹かれたのね。この子、熊と羊が好きなのもので、馴れ馴れしくすみませんでした」
「いえいえ。これ、もらい物ですけど、食べても大丈夫なら差し上げますけど」
「そんな、大事な方からのチョコじゃないんですか?」
「全然です!」
つい言い切ってしまうと、ママさんは少しきょとんとしたが、すばる君は「じゃあ欲しい!」と瞳を輝かせる。
結局ママさんがOKを出して、すばる君はゴリラ特製の、熊の着ぐるみ羊チョコレートを手に入れた。
「ありがとうございます」
ふたり同時に礼を言ってくれ、ママさんは美しく微笑み、すばる君は「がくとさん、大好き!」と付け加えた、その瞬間。
ぶわっと甘い香りが匂い立った。
ミルクチョコレートのような絡みつくような甘さ。
――え?
これは……オメガのフェロモンだ。
身体中に鳥肌が立つ感覚があった。心臓が猛スピードで脈打ち始め、喉が渇きを訴える。
俺はとっさに口と鼻を押さえた。
ママさんは驚いたように俺を見て、すばる君は不思議そうに首をかしげている。
――どっち、どっちのフェロモンだ……!?
誘惑フェロモンじゃない。じゃないのに、身体が激しく痺れ指先が震える。
額と背中にじっとりとした汗が伝うのを感じながら、俺は二人を見比べていた────
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