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俺が恋するオメガには事故つがいの夫がいる

羊は熊の皮をかぶらない②

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 高梨君の話を聞いていると、彼はゴリラに思われている自信が持てないようだった。

「いや、あれはどう見ても高梨君を大事にしてるだろう」

 大事というか、通り越して執着しているというか。
 あれがわからないってのもずいぶんな鈍感だ、とは思いつつ、そこが高梨君の可愛いところでもあるし、オメガは大抵自己肯定感が低いと聞くから相手から向けられる気持ちを感じにくいのか……いや、つがいで、結婚までしているんだぞ?
 普通に考えて、愛されてるって思えるんじゃないのか?

「いえ……責任感の強い人だからそう見えるだけで……」

 内容を濁しながら、寂しそうにつぶらな瞳を揺らす。

 そうやって切ない気持ちを相談されるたびに、抱きしめてやりたいな、と切実に思った。細い肩を包んで、頬を撫でてやりたいと何度も。

 だがその直後、決まって初めて会った日のゴリラの威嚇を思い出すのだ。だから高梨くんに触れるのは頭だけにしていた俺だが、俺はゴリラを許せなかった。

 大事にしていようが執着していようが、高梨君本人が幸せを感じていなかったら意味がないだろうが。

 こんなに可愛い子と若いうちにつがいになっておいて、寂しい思いをさせながら縛り付けているなんて、最低野郎だ。
 
 ――俺なら絶対に悲しい顔をさせないのに。

 だが、そう思うこと自体をやめないと、と思った。
 このままじゃ高梨君に本気になってしまう。
 高梨君は俺の下心には気づかないから、こうやって頼ってくれて俺の筋肉に触れてくれるんだ。

 ——うん。今日の帰りもジムに寄ろう。高梨くんにとって頼りがいのある胸と腕造りを……違う違う。そうじゃなくて。

 そんなふうに、不毛な思いにため息が多くなってきた頃だった。

「運命のつがい? ゴ……ダンナに?」

 ゴリラに運命のつがいが現れたなんて、思いもよらないことを高梨くんが言った。

 高梨くんは寝不足なのか真っ青な顔をして、泣き腫らした目から次々に涙を零していた。

 俺は運命のつがいなんて信じていないが、高梨君にそう思わせたゴリラに怒りを感じて、胸がムカムカ、カッカと滾った。
 
 それでも俺は、怒りを抑えて高梨君を慰めるのに徹したが──高梨君が好きな相手を貶めたくなかった。
 高梨君本人がきっと、どんな裏切りにあっても好きな人を悪く言わない……言いたくない子だと思ったから。

 どんな状況であれゴリラが誰かに責められたら、自分のこと以上に傷つく。そんな繊細な子だって思ったから。
 
 だからゴリラに怒りが湧いても、高梨君の気持ちに寄り添ってやりたかった。

 「そんなことあるわけ……そもそも運命のつがいなんて、出逢う確率は低いって言うじゃないか。思い違いじゃないのか?」

 それなのに「でも、その人と抱き合ってキスをしていたんです」と言うじゃないか。

 ——あいつ、マジで許せねえ。運命のつがいが本当か嘘かは知らねえけど、結婚もしてるつがいなんだぞ? 絶対にできねえだろ、そんな不誠実なこと。アウトだアウト!

 俺は怒りに震える拳の力をなんとか抜いて、高梨君の背を撫でながら家まで送ることにした。

 今まで人の夫だと自制して、友達同士のふれ合いでもごくわずかにしてきたのに、こうして細い背に手を添えるのがこんなときだなんて……。
 やるせない気持ちだ。

 高梨君の家のアパートに着いたときも、失意で鍵を探せない彼に変わって服のポケットを確かめていると、切なさがこみ上げた。今にも倒れそうな高梨君を抱き上げて、浮気ゴリラ野郎から攫ってやりたい。

 だがそのときだった。

「なにしてるんだ!」

 昼間なのにゴリラが帰ってきて、俺を殺しそうな勢いで睨み、高梨君を抱き込んだ。
 だが、俺だって殺意が芽生えそうだったよ。

 こいつ、違うオメガの匂いをつけてやがる。よくも平然と高梨君に触れられるな。

 やはり浮気をしているのだろうか。とっちめてやりたい。

 とはいえ俺は完全に部外者だし、ゴリラの執着心と威嚇のオーラが激しい。

 俺もアルファの性質が強い方だから十分やりあえるが、俺が変にゴリラと対峙して、高梨君が責められるのは避けたかった。

 俺の苛立ちをぶつけるよりも、高梨君の心を守る方が大事だ。

 高梨君がお前を好きな気持ちに感謝しろよ? それで、納得する理由をちゃんと話せよ? この浮気ゲス野郎。

「高梨さん、彼のいうとおり、俺は送ってきただけです。もう帰りますから、彼が体調を崩した理由をちゃんと聞いてあげてください」

 その日はそれだけを告げて店に戻った。
 ただし夜の部の料理は少し焦げたし、家に帰ってからはゴリラへの怒りと、初めて触れた高梨君の身体の線を思い出して、ぐちゃぐちゃな気分。
 だが俺は好きな子を絶対に汚したりしない。腹の奥の疼きはアルコールで流して、夜をやり過ごした。

 そして翌日。

 高梨君はゴリラとのことを勘違いだったと笑って報告してくれたが、どう見てもやつれていて、今にも倒れそうな姿に胸が痛んだ。
 それでつい、涙をふいてやっていたらキスしそうになってしまったんだ。

「? 真鍋さん?」
「っあっ! わ、悪い。大福みたいでうまそうなほっぺただな、って思って!」

 なんとか誤魔化したものの、俺はその日罪悪感をかかえながら仕事をする羽目になった。
 だがさらにそのあと、高梨君が心労で倒れてしまい、目を覚ましたときに言ったのだ。

 「真鍋さんお願い、僕を連れ出して! 今日は真鍋さんの家に泊まらせてもらえませんか? 理人とはもう一緒にいられない!」

 高梨君は俺の胸にすがってくる。瞬間で彼の香りが俺の鼻腔に充満し、体中の血が沸き立つ感覚に陥った。

 ヒートのフェロモンじゃない。俺が人よりフェロモンに敏感だから感じるだけで、高梨君は誘惑しようとしてフェロモンを出しているわけじゃない。
 悲しみが強すぎて神経が昂ぶり、フェロモンとなって漏れ出ているんだろう。

 それにたとえヒートだとしても、俺が彼の乾きや苦しみを癒やせることもない。

 俺が彼に劣情を持ってしまえば、激しい拒否反応を示されるとわかっている……俺は、彼のつがいじゃないから……。

 わかっているのに、アルファのさがが抑えられない。

 俺は無意識に彼の華奢な身体に腕を回し、包み込んでいた。

「好きだ、高梨君……」

 その直後だ。荒々しくドアが開いてゴリラが飛び込んできたのは。
 おかげで俺の小さな囁き声は、ドアの開く音にかき消されてしまい、高梨くんには届かなかった。

「なにやってるんだ。天音に触るな!」

 ゴリラはズカズカと部屋に入ってくると、俺の胸元を掴んだ。
 出しやがったな、涼しい顔の下の本性を。

 俺はゴリラを突き飛ばした。
 軟弱にもゴリラはすぐに床に倒れ、思いのほか痛そうに左腕を押さえた。

 高梨君はすぐにゴリラに駆け寄り支える。

「ほっとけ、そんな奴」
「でも……!」
「聞こえてたんだろう? 俺たちの会話。運命だかなんだか知らねーけど、結婚してるつがいがいるのに、フラフラしてんじゃねぇよ!」

 お前ががそんなんなら、高梨君は俺がもらう。つがいだからって関係ねえ。俺は彼を好きなんだ! 

 そう続けてやろうと、高梨君の腕を引いて俺に惹き寄せたときだった。

「血……! 理人、血が出てる!」

 ゴリラの左腕からポタポタと血が滴っていて、俺と高梨君は慌てて手当をすることになった。

 ────そして知った。二人の、複雑に絡み合い、すれ違ってしまった夫婦関係を。
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