事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ

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事故つがいの夫は僕を愛してる

初めての巣作り③

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 「あーあ……。パートに行ったのに予定外の出費だ。全然家計の役に立てないや。やっぱり僕って駄目だな」

 ため息をついて玄関の鍵を開け、扉を開く。少し身体はだるいけれど、発情期前症候群というほどでもない。これなら問題なく仕事ができたのに……。

 オメガの僕をいつも気遣ってくれるのはありがたいのだけど、真鍋さんという人も、理人に匹敵するくらいに心配性だ。

 そう思いながら廊下を進み、リビングに入るドアを開けた瞬間だった。

「――あっ……!」

 部屋のどこからか理人の匂いが香ってきて、鼻や喉を通り、僕の中に入ってきた。
 すぐに身体の力が抜けて、がくんと膝が折れてしまう。

「は、はつじょ、き……?」

 もう来てしまったのか。真鍋さんの言うとおりだった。

 それにしても久しぶりにきついかも。酷い風邪をひいたときみたいに全身がざわざわして、すごく喉が乾く。

 ううん、違う。これ、身体が乾いているんだ……アルファりひとのフェロモンが欲しいって、僕の体中の細胞が叫んでいる。

「りひと、りひとぉ」

 理人に連絡しようと、デイバックの中からスマートフォンを取り出した。
 電話アプリをタップして、理人の番号を表示する。

「帰ってきて、理人、今すぐ帰ってきて……」

 ──駄目、やめるんだ。
 理人は今、大事なときなんだ。邪魔しちゃいけない。
 遅くなっても夜には帰ってくるんだから、薬を飲んで自分でなんとかしないと。

 甘えが出ないように、スマートフォンを電源ごと切った。次にバックの中に入れておいた抑制剤を口に放りこむ。冷蔵庫に水を取りに行く余裕もないから、かじって飲み込んだ。

「苦い。理人にキスしてほしい……」

 甘い甘い、理人のキスを思い浮かべる。
 最初は口に、それから首を通って鎖骨や胸の真ん中、胸のふたつの飾りにも運んでくれるあの唇……。
 
 ──理人が欲しい。

「ん、はぁ、はぁ」

 息を切らしながら胸に手を伸ばし、先をいじった。もうコリッと硬くなっていて、ちょっと触るだけでオメガの子宮が疼いた。
 けれど疼くだけ疼いて、余計に苦しくなる。

「理人、理人、理人っ」

 僕は理人を求めて理人の部屋に入った。理人が使っていたベッドは使えなくなって処分したから、四畳半の部屋はすっきりとしている。それでもここには理人が勉強する机や日用品が置いてあるから、大好きな匂いがした。

「理人の……家でいつも使ってるペン……でもこれじゃ足りない……」

 フラフラとクローゼットを開ける。

 ──ああ……理人の匂いだ……。

 僕はハンガーにかかった理人の服を中央に集めて抱きしめ、深く息を吸った。洗濯はしてあるけれど、アルファのフェロモンは強いから、匂いが残っている。

「えっと、これと、これと、これも」

 目につく服から順にハンガーを外して手に取る。

「あ……これ、初めてのデートのときの服……あのときの理人、かっこよすぎて、僕はまた目をそらしちゃったっけ」

 くんくんすんすんと匂いを嗅いで、床に置く。皺になったら嫌だから、綺麗に伸ばした。

「こっちは……お気に入りのパーカーだ。オーガニックコットンだから肌当たりがよくて、僕も好き」

 すりすりと頬ずりをして、さっきの服の下に広げて置く。

「この上着は……もうずいぶん長いこと着てるかも。高校のときもこれを着て家に会いにきてくれた……申しわけなそうに目をそらしてばかりで寂しかったけど、スマートフォンメッセージをたくさんくれてたよね」

 ぎゅう、と抱きしめて、高校生の頃の理人を思い浮かべる。ひとしきり匂いを嗅いでから、これも綺麗に伸ばして床に置いた。

 次の服も、靴下も下着も、全部取り出して同じように並べていく。

 体は辛いけれど、理人の衣類が道みたいに延びていくのが楽しくて……衣類が、理人の歩んできた道や僕と生活してきた道を示してくれるようで、僕はふたりの思い出を噛みしめながら、リビングまで服を繋げて置いていった。

「あ……もう、服がない……」

 僕が誕生日にプレゼントをして、特別なときにだけ着けると言ってくれたネクタイを置くと、道が途絶えてしまった。

 急激に寂しさが溢れて、同時に劣情がぶり返す。

「あ……ぁ……どうしよう。どうしよう……。……そうだ……!」

 僕は手に持ったままの理人のペンを握りしめながら、自分の部屋に向かった。

 あった! 家の中で、理人の匂いが一番強く残っているもの。

 理人のパジャマに枕、それからシーツに夏用のコットンケット。

 ふたりのベッドの上にそれらを見つけることができて、嬉しくて涙が出てくる。
 
 胸がいっぱいになるくらいに匂いを吸い込むと、恥ずかしいけれど涙だけじゃなく、先走りも孔液も出てきてしまう。

 僕は見つけた全部を抱えてリビングに戻り、床に最後に置いたネクタイの下に枕とシーツを置いて、その上に座った。それから服を全部脱ぎ、理人のパジャマを着る。

「へへ。ぶかぶかぁ」

 理人の匂いがいっぱいのパジャマ。こうしていると抱きしめられてるみたい。下着を着けずにズボンをはいたから、少し体を動かすと布がこすれる。
 なんだか、じれったく愛撫してくれる手に似ている。

「ん、理人……」

 僕は枕に横顔をうずめてシーツに寝転び、コットンケットを頭からかぶった。

 ──まるで、鳥の巣の中みたい。理人の匂いがいっぱいの、理人の巣。

 充足感に満たされながら、ぶかぶかのパジャマの袖を引っ張る。
 指先が隠れたら、袖口を口に含んだ。

 赤ちゃんみたいかな。でもいいや、吸っていると落ち着く。

 ボタンは締めなかったから、パジャマの裾の硬い部分を手で摘まんで、肌に滑らせる。

 気持ちいい。身体が震えちゃう。

 ペンは後ろの丸いところを使って胸の先をつついた。握っていたから温かくて、理人の指で触られているみたいな錯覚を起こした。

「理人、触って。僕のここ、触って……ん、んん……」

 ペンで胸の先をクニッと潰したり、ピン、と弾いてみたりする。

 これだけでイっちゃいそう……でも、どうせイくなら、理人の手でイかされたい。

「触って、理人。僕のここと後ろ、気持ちよくして……!」

 理人はここにいないけれど、理人の代わりをしてくれるものたちで生身の理人を想像して、懇願した。

「お願い、理人、強くして。欲しいんだ、理人が……」

 ペンで熱芯をこする。
 お尻の中には、口から出してぐちょぐちょに濡れた袖先を突っ込んだ。

「ぁ、あ、ふぅぅん……理人……すきっ」
「──俺もだよ、天音。でも、代替品じゃなくて、ちゃんと俺で感じて?」

 ………え?

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