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事故つがいの夫は僕を愛さない
別れ話のために帰ってきたの?
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***
「運命のつがい? 本当に?」
翌日、酷く青い顔をして出勤した僕を心配して、真鍋さんがすぐに声をかけてくれた。
僕は昨夜のショックを一人でかかえていられなくて、ここでようやく涙を流して思いを吐き出した。
「どうしよう、ずっと帰ってこなかったら」
「そんなことあるわけ……そもそも運命のつがいなんて、出会う確率は低いっていうじゃないか。思い違いじゃないのか?」
「でも、最初は抵抗していたように見えたのに、見えない力に操られるようにその人と抱き合ってキスをしたんです。理人は人がいるところであんなことをする人じゃない」
理人は中学生の頃から公私の区別ができる人だった。僕が知る限り理性に従えなかったのは、僕のフェロモンに当てられた十五歳のあの日だけ。
責任感も強い。中学生のときの当時の彼女とは、僕とつがいになってすぐに別れを告げていた。
彼女は怒って僕にきつく当たったものの、最終的には理人の謝罪と別れを呑んだ。
理人がそういう折り目正しく誠実な人だから、中学生だったのに僕との結婚をすぐに決めてくれて、理人が僕を愛していなくても、この結婚生活が続いてきたんだ。
……あんな、あんなふうになるのは相手が運命のつがいだからとしか思えない。
真鍋さんは泣きじゃくる僕を見かね、店長に言って休憩室で休ませてくれた。中抜けの時間になると、帰って休んだほうがいいと言ってわざわざ送ってくれる。
「すみませんでした。結局仕事もできないで、迷惑をかけてしまいました」
「いいって。高梨君にとっては一大事なんだから。でもさ、ちゃんと旦那に確かめなよ?」
「……帰ってくるでしょうか」
「……っあ~。ほら、あんまり思いつめんなって」
真鍋さんは僕の背を大きく撫で、マンションのエントランスで別れるのは心配だからと、部屋の前までついてきてくれた。
「鍵は?」
「鍵……どこに入れたっけ」
ぼんやりしていて覚えていない。真鍋さんは困り顔で僕のデイバッグを探り、ないとわかると、コートのポケットに順に手を当てていく。
本当にお父さんみたいで安心できた。
僕は片手で真鍋さんの腕につかまり、力のない体を預けて支えてもらう。
「あ、あった」
真鍋さんがコートの内ポケットに鍵を見つけ、笑顔になる。僕もつられて口角が上がり、真鍋さんの腕を握ったままお礼を伝えようとした、そのときだった。
背後からつかつかと寄ってくる足音がしたかと思うと、ぐいっと肩を掴まれた。
「わっ……」
「なにしてるんだ!?」
その人の胸に背中がぶつかり、顎を上げて顔を見上げると、眉と目頭を寄せた険しい表情の理人がいた。
理人は腕を回して僕を抱き込む。まるで真鍋さんが僕に危害を加えようとしたとでも思っているような様子だ。
真鍋さんもそう感じたのか、身を固くして、僕たちから一歩後ずさった。
「理人、パート先の真鍋さんだよ。僕の体調が悪いから、心配してここまで送ってくれ……うっ」
説明しようとして、理人の上着に付いた匂いが鼻腔を刺激し、吐き気を催した。
「天音!?」
「高梨くん!」
しゃがみ込んだ僕の肩にそれぞれの手が置かれる。
「高梨さん、彼のいう通り、俺は送ってきただけです。もう帰りますから、彼が体調を崩した理由をちゃんと聞いてあげてください。……じゃあな、高梨君、ちゃんと話せよ?」
真鍋さんは僕の肩をぽんと叩くと、立ち上がって去っていく。
僕は吐き気のために返事ができず、理人が支えて立たせてくれたけれど、やっぱり匂いが気持ち悪くて……昨日のキスの場面も思い出して、早く自分の部屋に逃げたいと、真鍋さんが探してくれた鍵を使って家に駆け込んだ。
「天音、待って!」
すぐに追いかけてきた理人に手首を掴まれる。
「昨日、帰ってこれなくて、連絡もしないでごめん。仕事がすごく忙しかったんだ。その代わり今日は早く帰れたから、体調が悪いなら一緒に病院に行こう」
仕事? 違うでしょう? 理人は昨日「運命の番」に出会って、一夜を過ごしたんじゃないの? 彼の匂いを纏わりつけて、僕がわからないとでも思ってるの!?
「放っておいて! 寝てたら治るからっ」
涙がこぼれそうになって、ごまかしたくて言い方が強くなる。
こんなふうに振る舞っちゃ駄目だとわかってる。理人は運命の番と一夜を過ごしても、こうして帰ってきて僕を気遣ってくれているんだ。
────たとえ、別れ話のために帰ってきたんだとしても。
「……ごめん。本当に大丈夫、今は独りにさせて。話は、後で聞くから」
「話があるのは天音の方じゃないのか? 体調がわるくなった理由って……」
理人が言い終わらないうちに、理人の手を振り払って自分の部屋に逃げる。自分から理由なんて言いたくない。どんな顔をして言い出せって言うの?
「天音!」
理人は僕の名前を呼んだけれど、部屋の中までは追ってこなかった。
「運命のつがい? 本当に?」
翌日、酷く青い顔をして出勤した僕を心配して、真鍋さんがすぐに声をかけてくれた。
僕は昨夜のショックを一人でかかえていられなくて、ここでようやく涙を流して思いを吐き出した。
「どうしよう、ずっと帰ってこなかったら」
「そんなことあるわけ……そもそも運命のつがいなんて、出会う確率は低いっていうじゃないか。思い違いじゃないのか?」
「でも、最初は抵抗していたように見えたのに、見えない力に操られるようにその人と抱き合ってキスをしたんです。理人は人がいるところであんなことをする人じゃない」
理人は中学生の頃から公私の区別ができる人だった。僕が知る限り理性に従えなかったのは、僕のフェロモンに当てられた十五歳のあの日だけ。
責任感も強い。中学生のときの当時の彼女とは、僕とつがいになってすぐに別れを告げていた。
彼女は怒って僕にきつく当たったものの、最終的には理人の謝罪と別れを呑んだ。
理人がそういう折り目正しく誠実な人だから、中学生だったのに僕との結婚をすぐに決めてくれて、理人が僕を愛していなくても、この結婚生活が続いてきたんだ。
……あんな、あんなふうになるのは相手が運命のつがいだからとしか思えない。
真鍋さんは泣きじゃくる僕を見かね、店長に言って休憩室で休ませてくれた。中抜けの時間になると、帰って休んだほうがいいと言ってわざわざ送ってくれる。
「すみませんでした。結局仕事もできないで、迷惑をかけてしまいました」
「いいって。高梨君にとっては一大事なんだから。でもさ、ちゃんと旦那に確かめなよ?」
「……帰ってくるでしょうか」
「……っあ~。ほら、あんまり思いつめんなって」
真鍋さんは僕の背を大きく撫で、マンションのエントランスで別れるのは心配だからと、部屋の前までついてきてくれた。
「鍵は?」
「鍵……どこに入れたっけ」
ぼんやりしていて覚えていない。真鍋さんは困り顔で僕のデイバッグを探り、ないとわかると、コートのポケットに順に手を当てていく。
本当にお父さんみたいで安心できた。
僕は片手で真鍋さんの腕につかまり、力のない体を預けて支えてもらう。
「あ、あった」
真鍋さんがコートの内ポケットに鍵を見つけ、笑顔になる。僕もつられて口角が上がり、真鍋さんの腕を握ったままお礼を伝えようとした、そのときだった。
背後からつかつかと寄ってくる足音がしたかと思うと、ぐいっと肩を掴まれた。
「わっ……」
「なにしてるんだ!?」
その人の胸に背中がぶつかり、顎を上げて顔を見上げると、眉と目頭を寄せた険しい表情の理人がいた。
理人は腕を回して僕を抱き込む。まるで真鍋さんが僕に危害を加えようとしたとでも思っているような様子だ。
真鍋さんもそう感じたのか、身を固くして、僕たちから一歩後ずさった。
「理人、パート先の真鍋さんだよ。僕の体調が悪いから、心配してここまで送ってくれ……うっ」
説明しようとして、理人の上着に付いた匂いが鼻腔を刺激し、吐き気を催した。
「天音!?」
「高梨くん!」
しゃがみ込んだ僕の肩にそれぞれの手が置かれる。
「高梨さん、彼のいう通り、俺は送ってきただけです。もう帰りますから、彼が体調を崩した理由をちゃんと聞いてあげてください。……じゃあな、高梨君、ちゃんと話せよ?」
真鍋さんは僕の肩をぽんと叩くと、立ち上がって去っていく。
僕は吐き気のために返事ができず、理人が支えて立たせてくれたけれど、やっぱり匂いが気持ち悪くて……昨日のキスの場面も思い出して、早く自分の部屋に逃げたいと、真鍋さんが探してくれた鍵を使って家に駆け込んだ。
「天音、待って!」
すぐに追いかけてきた理人に手首を掴まれる。
「昨日、帰ってこれなくて、連絡もしないでごめん。仕事がすごく忙しかったんだ。その代わり今日は早く帰れたから、体調が悪いなら一緒に病院に行こう」
仕事? 違うでしょう? 理人は昨日「運命の番」に出会って、一夜を過ごしたんじゃないの? 彼の匂いを纏わりつけて、僕がわからないとでも思ってるの!?
「放っておいて! 寝てたら治るからっ」
涙がこぼれそうになって、ごまかしたくて言い方が強くなる。
こんなふうに振る舞っちゃ駄目だとわかってる。理人は運命の番と一夜を過ごしても、こうして帰ってきて僕を気遣ってくれているんだ。
────たとえ、別れ話のために帰ってきたんだとしても。
「……ごめん。本当に大丈夫、今は独りにさせて。話は、後で聞くから」
「話があるのは天音の方じゃないのか? 体調がわるくなった理由って……」
理人が言い終わらないうちに、理人の手を振り払って自分の部屋に逃げる。自分から理由なんて言いたくない。どんな顔をして言い出せって言うの?
「天音!」
理人は僕の名前を呼んだけれど、部屋の中までは追ってこなかった。
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