5 / 71
事故つがいの夫は僕を愛さない
パート先の友人
しおりを挟む
「高梨君、久しぶり! 体調はどう?」
パートをしている洋食屋に到着し、ウェイターの制服に着替えていると、コック帽をかぶった厨房担当の真鍋さんが声をかけてくれる。
ここのスタッフさんはベータの店長さんを始め、オメガ差別をせず、発情期に必ず七日間休む僕を気遣かってくれる人ばかりだ。
「ダンナにたっぷりとかわいがってもらったか~?」
真鍋さんはにやにやとしながら寄ってきた。
「それ、セクハラですからね」
背の高い真鍋さんの胸筋をこぶしでつつく。相変わらずいい弾力だ。
理人も背が高いけれど、同じアルファの真鍋さんはさらに五センチは高い。百八五センチ以上はあるだろう。また、趣味でボクシングをやっているらしく、がっしりとした体つきをしている。
僕は理人のほどよい筋肉感が好き……というか、無駄がなくて腰が締まっている理人の肢体にドキドキゾクゾクするけれど、真鍋さんの体格は包容力がある感じで、父性感みたいなものがある。
「真鍋さんて本当に独身ですか? もう子どもが何人もいそうな貫禄がありますよね」
「褒めてんの? けなしてんの? 貫禄があっても俺はまだ二十三歳の若者なんだ。あいにく子どもどころかつがいもいねーよ。高梨君が早いんだって。十八でつがいになって結婚したんだろ? 大恋愛じゃん」
「あ……まあ」
店にもスタッフさんたちにも、十五歳で事故つがいになったことはもちろん話していない。大恋愛なんて言ったこともないけれど、普通はそう思うよね。
「羨ましいな。俺も高梨君みたいな可愛いつがいが見つかんないもんかねぇ。まあ、あの旦那だから高梨君がつがいなんだろうけど」
「いじんないでくださいよ。僕なんかが理ひ……彼のつがいだなんて、身に余るって自分が一番わかってるんですから」
自虐だ。自分で言いながら、ダメージを受けている。
「なーに言ってんだよ。お似合いだって。初めてふたりを見たとき、従属の騎士と姫って感じだったもん。パートの初日に旦那がついてきて挨拶するなんて、びっくりだったけどな」
「姫って……僕はオメガだけど男ですよ。悲しいくらい平々凡々な」
でも、理人は確かに騎士っぽい。僕を愛してはいなくても、とても心配してくれる。
対人恐怖症になっていたときに通信高校を勧めてくれたのも理人だし、高校の三年間は一日に何度も連絡をくれた。
危ない目に遭った僕が、安全な場所にいるかどうかの確認だったんだと思う。
「今なにしてる?」「今どこにいる?」「今、誰といる?」と何回もメッセージをくれて、返事をしないでいると電話までしてくれた。
声が聞きたくて、わざとメッセージに既読を付けないこともあったっけ。
ずるいよね。僕は理人の優しさを利用していた。
だけどそんな理人だから、僕が働きたいと言ったときは猛反対で、お金が足りないなら工面するから家にいてって言ってくれた。
それでも僕は絶対に理人の負担になりたくないから、なんとか押し通した。
ただし、夜の部は駄目だって言われて、結局ランチタイムのみのパートになったし、真鍋さんが言ったように初日は一緒に来てくれて、スタッフさんたちひとりひとりに挨拶をしてくれる心配ぶりだった。
中学の頃から人の上に立ち、他人のフォローが自然にできていた理人だ。
対人恐怖症でろくな社会経験もないオメガの僕が、上手に挨拶できないかもと心配してそうしてくれたんだろう。
実際僕はスタッフさんを前にしておどおどとしてしまったもの。
僕って駄目だな、とあのときも思った。僕は理人に釣り合わないなって……。
「なんて言うか、あれは威嚇もあったと思うけどな」
「え? なにか言いました?」
理人のことを考えていたので真鍋さんがぽつりと言った言葉が聞き取れず、聞き返す。
真鍋さんは「いや?」と首を振り、僕の頭に手を乗せて、髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「前から思ってたけど、高梨君って自己評価が低すぎるぞ。鏡を見てみろよ、白い肌に黒目がちのつぶらな瞳。髪も天使の輪があるサラッサラ。俺は初めて見たとき、見惚れたね」
真鍋さんは乱れた僕の髪を手櫛で直してくれながら、更衣室の鏡を指さす。
「そこまで気を遣ってもらわなくてもいいです。僕もはっきりとした目鼻立ちで生まれたかったです」
理人の彼女はアルファだったから、華やかな顔立ちの、雰囲気まで綺麗な子だった。僕もあの子みたいな美人なら理人も好きになってくれたかも、と思う。
「いや、本音だって。……って、俺は人のつがいになに言ってんだろうな。ほら、仕事行こ、仕事」
真鍋さんはにしゃっと笑って、せっかく整えた僕の髪をまたかき混ぜた。
「わっ、やめてくださいよ」
「いいじゃん、素直な髪なんだからすぐ戻るんだし」
「もう!」
真鍋さんは明るくて気さくだ。年が近いからか、僕とは同僚であり、友人だって言ってくれる。
僕は中学の同級生とは疎遠になったし、高校も通信だったから友人と呼べる人がいない。だから真鍋さんとの学生ノリみたいなやり取りが楽しかったりする。
だけど理人に話しても理人は「そう」と言うだけで、どちらかと言えば聞きたくなさそうだ。
僕の話なんか聞いてもつまらないんだろう。最近では理人が帰ってくる時間が遅くなったから、ますます会話も減っている。
それに、やたらと理人のスマートフォンにメッセージが来るようになった。昔から友人に囲まれている理人だけれど、僕とつがいになってからは仕事に忙しくしていて付き合いを控えていたようなのに、最近では外で誰かと会ったりもしているみたいだ。
その中には昔の彼女もいたりするんだろうか。
理人は僕を自分の友人の中には入れないから、今の交友関係はわからない。
……当たり前のことだ。僕と理人は事故つがいがなんだもの。古くからの友人でも、新しい友人にでも、会わせたいわけがない。
「真鍋ー? 高梨くーん?」
店長さんの声。始業時間になっていると気付いて、僕たちは急いで持ち場に出る。
今日の日替わりメニューは王道の煮込みハンバーグ。付け合わせは、ほうれん草のピーナツバター和えに巣ごもり卵。それと、お店定番のコンソメスープ。
これって理人も好きなメニューだ。真鍋さんにレシピを聞いて今夜作ってみたら、理人は喜んでくれるかな。
朝のニュースのこと、もう考えないでいてくれるくらいに。
パートをしている洋食屋に到着し、ウェイターの制服に着替えていると、コック帽をかぶった厨房担当の真鍋さんが声をかけてくれる。
ここのスタッフさんはベータの店長さんを始め、オメガ差別をせず、発情期に必ず七日間休む僕を気遣かってくれる人ばかりだ。
「ダンナにたっぷりとかわいがってもらったか~?」
真鍋さんはにやにやとしながら寄ってきた。
「それ、セクハラですからね」
背の高い真鍋さんの胸筋をこぶしでつつく。相変わらずいい弾力だ。
理人も背が高いけれど、同じアルファの真鍋さんはさらに五センチは高い。百八五センチ以上はあるだろう。また、趣味でボクシングをやっているらしく、がっしりとした体つきをしている。
僕は理人のほどよい筋肉感が好き……というか、無駄がなくて腰が締まっている理人の肢体にドキドキゾクゾクするけれど、真鍋さんの体格は包容力がある感じで、父性感みたいなものがある。
「真鍋さんて本当に独身ですか? もう子どもが何人もいそうな貫禄がありますよね」
「褒めてんの? けなしてんの? 貫禄があっても俺はまだ二十三歳の若者なんだ。あいにく子どもどころかつがいもいねーよ。高梨君が早いんだって。十八でつがいになって結婚したんだろ? 大恋愛じゃん」
「あ……まあ」
店にもスタッフさんたちにも、十五歳で事故つがいになったことはもちろん話していない。大恋愛なんて言ったこともないけれど、普通はそう思うよね。
「羨ましいな。俺も高梨君みたいな可愛いつがいが見つかんないもんかねぇ。まあ、あの旦那だから高梨君がつがいなんだろうけど」
「いじんないでくださいよ。僕なんかが理ひ……彼のつがいだなんて、身に余るって自分が一番わかってるんですから」
自虐だ。自分で言いながら、ダメージを受けている。
「なーに言ってんだよ。お似合いだって。初めてふたりを見たとき、従属の騎士と姫って感じだったもん。パートの初日に旦那がついてきて挨拶するなんて、びっくりだったけどな」
「姫って……僕はオメガだけど男ですよ。悲しいくらい平々凡々な」
でも、理人は確かに騎士っぽい。僕を愛してはいなくても、とても心配してくれる。
対人恐怖症になっていたときに通信高校を勧めてくれたのも理人だし、高校の三年間は一日に何度も連絡をくれた。
危ない目に遭った僕が、安全な場所にいるかどうかの確認だったんだと思う。
「今なにしてる?」「今どこにいる?」「今、誰といる?」と何回もメッセージをくれて、返事をしないでいると電話までしてくれた。
声が聞きたくて、わざとメッセージに既読を付けないこともあったっけ。
ずるいよね。僕は理人の優しさを利用していた。
だけどそんな理人だから、僕が働きたいと言ったときは猛反対で、お金が足りないなら工面するから家にいてって言ってくれた。
それでも僕は絶対に理人の負担になりたくないから、なんとか押し通した。
ただし、夜の部は駄目だって言われて、結局ランチタイムのみのパートになったし、真鍋さんが言ったように初日は一緒に来てくれて、スタッフさんたちひとりひとりに挨拶をしてくれる心配ぶりだった。
中学の頃から人の上に立ち、他人のフォローが自然にできていた理人だ。
対人恐怖症でろくな社会経験もないオメガの僕が、上手に挨拶できないかもと心配してそうしてくれたんだろう。
実際僕はスタッフさんを前にしておどおどとしてしまったもの。
僕って駄目だな、とあのときも思った。僕は理人に釣り合わないなって……。
「なんて言うか、あれは威嚇もあったと思うけどな」
「え? なにか言いました?」
理人のことを考えていたので真鍋さんがぽつりと言った言葉が聞き取れず、聞き返す。
真鍋さんは「いや?」と首を振り、僕の頭に手を乗せて、髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「前から思ってたけど、高梨君って自己評価が低すぎるぞ。鏡を見てみろよ、白い肌に黒目がちのつぶらな瞳。髪も天使の輪があるサラッサラ。俺は初めて見たとき、見惚れたね」
真鍋さんは乱れた僕の髪を手櫛で直してくれながら、更衣室の鏡を指さす。
「そこまで気を遣ってもらわなくてもいいです。僕もはっきりとした目鼻立ちで生まれたかったです」
理人の彼女はアルファだったから、華やかな顔立ちの、雰囲気まで綺麗な子だった。僕もあの子みたいな美人なら理人も好きになってくれたかも、と思う。
「いや、本音だって。……って、俺は人のつがいになに言ってんだろうな。ほら、仕事行こ、仕事」
真鍋さんはにしゃっと笑って、せっかく整えた僕の髪をまたかき混ぜた。
「わっ、やめてくださいよ」
「いいじゃん、素直な髪なんだからすぐ戻るんだし」
「もう!」
真鍋さんは明るくて気さくだ。年が近いからか、僕とは同僚であり、友人だって言ってくれる。
僕は中学の同級生とは疎遠になったし、高校も通信だったから友人と呼べる人がいない。だから真鍋さんとの学生ノリみたいなやり取りが楽しかったりする。
だけど理人に話しても理人は「そう」と言うだけで、どちらかと言えば聞きたくなさそうだ。
僕の話なんか聞いてもつまらないんだろう。最近では理人が帰ってくる時間が遅くなったから、ますます会話も減っている。
それに、やたらと理人のスマートフォンにメッセージが来るようになった。昔から友人に囲まれている理人だけれど、僕とつがいになってからは仕事に忙しくしていて付き合いを控えていたようなのに、最近では外で誰かと会ったりもしているみたいだ。
その中には昔の彼女もいたりするんだろうか。
理人は僕を自分の友人の中には入れないから、今の交友関係はわからない。
……当たり前のことだ。僕と理人は事故つがいがなんだもの。古くからの友人でも、新しい友人にでも、会わせたいわけがない。
「真鍋ー? 高梨くーん?」
店長さんの声。始業時間になっていると気付いて、僕たちは急いで持ち場に出る。
今日の日替わりメニューは王道の煮込みハンバーグ。付け合わせは、ほうれん草のピーナツバター和えに巣ごもり卵。それと、お店定番のコンソメスープ。
これって理人も好きなメニューだ。真鍋さんにレシピを聞いて今夜作ってみたら、理人は喜んでくれるかな。
朝のニュースのこと、もう考えないでいてくれるくらいに。
337
お気に入りに追加
3,777
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる