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事故つがいの夫は僕を愛さない

「番解消の投与薬がいよいよ完成しました」

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「つがい解消の投与薬がいよいよ完成しました」

 一週間の発情期が開けた朝。
 そんなニュースが流れ、僕と僕のつがいで夫である高梨理人たかなしりひとはテレビに釘付けになった。

 投与薬は主に「事故つがい」になったアルファとオメガの救済措置として開発され、三か月後の実用を目標としているが、保険適用のめどはたっていない、とアナウンサーが資料を読み終え、画面は次のニュースに移った。

 僕は横目で理人の顔を覗き見る。理人は箸と茶碗を持ったまま固まり、普段は綺麗な上がり眉をひそめて、まだテレビを見ていた。

 ……そうなるよね。だって、僕たちは「事故つがい」の夫夫ふうふなんだから。

 この世には男女性のほかに、三種類の第二性バースがある。
 優れた遺伝子を持ち、ヒエラルキーの頂点に立つアルファ、特筆すべき能力はないけれど、バースに人生を左右されないベータ。
 そして、男女共に繁殖にんしん能力以外はすべて他の二性よりも劣るオメガ。

 僕のバースであるオメガはそれだけでも社会的地位が低いのに、三か月に一度の割合で繁殖行為せいよくだけに理性を支配される「発情期ヒート」という時期を持ち、ヒートがくると動物と同じように「つがい」を求める性フェロモンを発してしまう。

「つがい」ができるとフェロモンは「つがい」にのみ効力を発し、ヒートの症状を「つがい」に治めてもらえるようになるから、オメガにとっては本能の行為といえるけれど、その対象は優秀なアルファだ。
 
 ──アルファと「つがい」を結べはオメガは幸せな生活が約束される。
 ヒートの最盛期にアルファにうなじを咬んでもらい、消えない所有印が刻まれれば、幸せになれる。

 その浅ましさが、より社会から蔑まれる理由となっているものの、たいていの「つがい」はアルファとオメガの愛情が成立することにより結ばれ、結果的には両者が幸福になる。
 
 一方で、弱者のオメガにアルファが無理強いをした場合や、突発的な発情期に居合わせたアルファが理性を失くして、つがいが結ばれてしまう場合がある。
 
 それが「事故つがい」だ。

 そして、僕たちが「事故つがい」になった経緯は、中学三年生の頃にさかのぼる。


 
 理人と僕は同じ中学の同級生だった。といっても同じクラスではなかったし、中学入学前に受けた第二性性別検査でオメガ判定を受けた僕と、アルファ判定を受けた理人とでは、学校の同じ階にいても生活線が交わることなんてなかった。

 それが中三の十月、合唱コンクールの委員会で一緒になった。

 委員長に選ばれ、教壇に立って議題を進める理人は皆の視線を集める存在で、ゆるいくせのある蜂蜜色の髪をかきあげる仕草も、くっきりとした二重の瞳でプリントを確認する姿も、黒板に文字を書く凛とした背中のラインも、誰よりもアルファ然としていてかっこよかった。

 そんな理人が委員会のアンケートプリントの中から一枚のプリントを抜き出し、僕に爽やかな笑顔を向けた。

「三年四組、宮野天音みやのあまね君?」
「……は、はい」
「すごく綺麗な字を書くんだね」
「あ、ありがとうございます!」
「どうして敬語? 同じ学年でしょ。普通にしてよ」

 理人が歩いてきて、僕の席のすぐ前に立ったとき、心臓がうるさいくらいに拍動したのを覚えている。

「舞台上のモニターに、カラオケみたいに歌詞付きの映像を流そうと思ってて、手書きの方が味があっていいなと思うんだ。宮野君にお願いしていい?」

 驚いた。容姿からして平々凡々な僕は、親からしか褒めてもらったことがない。それなのに、皆の憧れの理人が僕を褒め、選んだ。

 委員内のアルファの訝しむ視線や、オメガの嫉妬の視線を感じたけれど、頷かないでいられるわけがなかった。

 ただ、隣同士で座って一緒に作業をした五日間、僕は緊張しすぎていた。

 平凡な僕には非の打ち所がない理人の輝きが眩しすぎて、ほとんど目を合わせられなかったし、理人がなにかしら話しかけてくれても、相槌を打つだけで精一杯。

 暗くて愛想のない奴だと思われていたと思う。けれど理人は、動画が完成すると「イメージどおりの仕上がりだ。宮野君のおかげだよ。ありがとう!」と、大輪の花が開くような笑みを向けてくれた。

 あのとき、理人への思いが「憧れ」から「好き」へと変わったんだ。

 だから合唱コンクールが終わった日、合唱曲で一番好きな歌詞と「高梨君と委員ができて楽しかったです。これからも、話とかできたら嬉しいです」と書いた手紙を理人のリュックに忍ばせた。

 だけど返事はなく、その後声をかけられることもなかった。

 僕たちは同じ委員会の委員というだけの繋がりで、終わってしまえば共通の話題もない。きっと迷惑に思ったんだろう。

 それがあの日、二学期の終わりの寒い日。

 学校帰りの混んだ電車内で、僕は初めての発情期を迎えてしまった。
 
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