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 代わりに、腰までまっすぐに伸びたプラチナブロンドの髪を煌めかせ、くっきりとした二重に翡翠の瞳を持つ美しい男性が座っていて、瞳と同じ翡翠色の絹の布を纏っていた。

 人ならぬ美しさだとラプシでもわかる。

「……またにえか。要らぬと言っておるのに」

 見とれて祈りのポーズのままでいるラプシを見て、その人は言った。

「去れ。私は人間の贄を望んでいない。聖女や神子など、王族が勝手に始めたことだ」
「あの……あなたは……カスパダーナの蛇神様、ですか?」

 その人は「聞いているか?」とでも言いたげにラプシを見たが、ちゃんと答えてくれる。

「そうだ。私は人型も取ることができる。蛇の姿よりは恐ろしくはないだろう。この姿を人間に見せることは無いが、お前の声の切実さに姿を現した……さあ、もう去るのだ。この国では暮らせないだろうが、ここから先の国へ走れば新たな暮らしができるだろう。過去の贄達も私が姿を現わさないと知るとすぐに去った。それでよいのだ」

 思いも寄らない話に理解が追いつかないのに、蛇神はもう、自らも去ろうとしているように感じた。

「ま、待ってください。僕は貴方の贄になることだけを考えて生きてきました。他にはなにもわかりません。学もないし、この痩せこけた棒きれのような体では他の国でも生きていくすべはありせん。どうか、どうか胎内に納めて、せめて幸せな最期を迎えさせて下さい!」
「なにをたわけたことを……そう言えばお前……その顔つき、二十八日生まれのものでは無いな……さては身代わりか」

 明らかに興味を示していなかった蛇神の目がしっかりとラプシをとらえ、鋭く光った。

(まずい、身代わりがバレた! 神様をたぶらかすなんて、重罪だ)

 いや、罪もなにも、怒りに任せてここで飲み込まれるか、叩きつけられるかだ。どうせ死ぬだけ。なら痛くない方がいいな、と待っていると、蛇神が悲し気なため息を漏らした。

「なんと浅はかで、なんと悲しいことだ。二十八日生まれの者には、ともすれば一日生まれよりも美しい心身を授け、美をもって国の発展に尽くす能力を与えたというのに、他者に贄の身代わりをさせる傲慢な育ち方をしたか」

 蛇神は嘆かわしいとばかりに首を振った。

「申しわけありません! でも、でも僕は! 僕は本当に贄になることだけを考えてきました。どうかお願いです。誕生日を持たない下賤の僕ですが、どうぞお納めを……!」

 必死で頭を下げる。クリスタルの床は硬くて痛いが、地面に這いつくばるばかりの人生だったラプシには土下座は辛くない。

「誕生日が無い? そんなはずがあるか。お前、顔を上げろ」

 蛇神に言われ、恐る恐る顔を上げる。神事の化粧をしているからいつもよりはましのはずだが、痩せた頬とギョロギョロした目玉に気分を悪くしないだろうか。

「お前……お前の誕生日は今日だ」
「……え……?」

(誕生日? 僕の? 今日……? 蛇神様は誕生日を授けてくれる方だから、僕の誕生日もわかるの?)

「僕にもあるんですか……? 誕生日……」
「当たり前だ。生まれ落ちた日なのだから。だからお前は今生きているのだろう」

(僕は……生きている……?)

 そうだ。感情は失くしても痛みはあった。蹴られたら血も出た。走れば心臓がドクドクして……蛇神を見た時は、ドキドキと鼓動が早まった。

 そして今、温かいものが胸の中に広がっている。
 
(これは、生きているから……?)

 暖かさが口へ、鼻へ、目へ上がる。気づいたら、ラプシの目から暖かい雫が溢れていた。

「二十九日生まれに授けたのは"深い愛"。何者かを愛し愛されることで、お前は慈しみ知り、人を幸せに導くだろう」
「愛……」

 愛とはなんだろう。言葉や本で、少しだけ見聞きしたことはある。父や義母がアルフレードに言っていたのも聞いたことがある。
 でもラプシは知らない。愛とは人を幸せにできるものなのか? 何も持たない自分が、誰かを幸せにできるというのか?

(僕にも、誰かを愛し、愛される日がいつか来るの……?)
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