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「アルフレード、行ってらっしゃい! とても素敵よ」
「こんなに美しい神子の姿は、永遠に語り継がれるだろうよ」

 翌朝。ラプシが深夜までかかって磨き上げた集会所に再び村人が集まり、アルフレードの出立を祝う。

 アルフレードは金細工の頭飾りを被り、朱の繻子織りの生地に金糸で雲や蛇の模様を刺繍した豪華な花嫁衣装で着飾っている。この国の皇后の輿入れの時と遜色ない装いだ。

 ラプシは森の奥の湖上の神殿までアルフレードに付き添う役目があるので、白い装束に羊の革のベルトの従者の装いに、おしろいを塗られて紅い隈取りと口紅まで施され、アルフレードと一緒に家族と村人に森の入り口まで見送られた。
 父と義母の「しっかり役目を果たせ」と睨む目を背に受けながら。

「くっそ、煩わしい服だな。おい、ラプシ、ここを引っ張れよ。……痛っ。違うだろ、この愚図!」

 湖のほど近くまで来て、一刻も早く逃げたいアルフレードはうまく花嫁衣装を脱げずにラプシに当たって、なじるだけなじった。時には腹や足を蹴って。

「ご、ごめんさない。ごめんなさい」

 ずっとこんな日々だった。誰にも愛されず、ただ痛めつけられて……でも、もうそれも終わり。空虚でひと筋の光もなかったこの人生は、今日で終わる。

(白蛇に飲み込まれ、僕は天国へ……行けるのかな?)

 天国がどんなものなのか、村の人の話を聞きかじったことしかないが、誰もがお腹を空かせることもなく、誰もが寒さや痛みを感じないらしい。
 だからせめて、死後は天国へ行けたらいい。

 なんとか衣装の交換が終わると、アルフレードは「しっかり喰われろよ。誕生日無しのお前が神子になれて、俺の役に立てるんだ。幸せだと思え」と、今までで一番嫌味な笑顔で笑って去って行った。

 悲しいとか寂しいとか、なにもない。虐げられてきたラプシにはなんの感情もない。

 ラプシは湖にしずしずと近づき、なにもかもがクリスタルでできた神殿に上がると、誰も座っていない神座の前で跪いて祈りを捧げる。

「……カスパダーナの神様。神子が参りました。お納め下さい」

 なにも起きない。
 光る湖面には波ひとつ立たず、森の木々の濃緑の葉の揺れもない。まるで時が止まってしまったようだ。

「蛇神様、神子が参りました。どうかお納め下さい」

 早く天国に行きたい。ラプシは二度三度、四度五度、と祈りをくり返し、迎えを乞うた。

 すると、十度目を越した頃、静かだった湖面がかすかに揺れた。徐々に波が立ち、やがては渦を描き始め、ザバババ、バシャンという大きな水はね音と共に、大きな白蛇が姿を現した。

 想像以上に巨大な白蛇だった。この森で一番背の高い木よりも尺があるだろうか。
 大きな翡翠色の瞳はラプシの顔二つ分よりずっと大きく、白に金が混じったような光沢のある鱗は、遠目でも一枚一枚の形がしっかりとわかる。

(なんて美しいんだろう……!)

 蛇と言うから、伝え聞く話とは違い、実物は禍々しいのだとばかり思っていた。だが小さな頃、アルフレードの部屋で盗み見た伝承絵本の絵よりもずっとずっと美しい。
 こんな綺麗な神様に呑まれるのなら、その胎内がもう、天国なのかもしれない。

 ラプシの目の前はキラキラと光り、胸はとくとくと音を刻んだ。こんなのは初めてだった。お腹の底から泉が湧くようなこの感覚を「感動」と呼ぶのだとラプシは知らない。高鳴る胸をただただ押さえる。

 白蛇が近づいてくる。どんどん容姿がはっきりして、紛れもなく爬虫類なのにやはり美しく、勇ましくも感じた。

 白蛇は神殿の頂きの下から頭を潜らせると、神の力なのか体を小さく変化させてとぐろを巻き、神座に鎮座した。
 続いて身を包むように白金のまばゆい光を放つ。

 あまりの眩しさに、ラプシの瞼は自然と閉じた。
 
「え……?」

 しかし再び瞼を開くと、神座に白蛇はいなかった。
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