140 / 149
ᒪove Stories 〈第二幕〉 ほぼ❁✿✾ ✾✿❁︎
Eternal Love 3
しおりを挟む
「あ、ライオン」
足を進めた先に見たのは鬣が立派なオスのライオンだった。
思わずくすりと笑いがこぼれる。宗光、ここにいたのか、なんて言ってしまいそうだ。
褥で百合を上から見下ろし、胡桃色の髪をパサリとかきあげながら身体を喰んでくる宗光はライオンのようだった。対して、そんな宗光はいつも百合を「仔猫ちゃん」と言っていたが。
「にゃあああぁぁ」
「!?」
突然のかわいい鳴き声。
遠足に来ていた小学校の制服を着た男の子が、手のひらより少し大きいサイズのトラ猫のぬいぐるみチャームをライオンの檻にくっつけている。
ライオンは悠然とした佇まいで、我関せずでぴくりとも動かない。
小学三年生くらいだろうか。かわいいな、と思い、悠理は男の子の横顔に向けてつい声をかけた。
「猫じゃライオンには勝てないんじゃない?」
男の子がゆっくりと振り向く。
瞬間。
ざあっと風が拭いて、男の子にしては長めの髪を踊らせた。
男の子は頭をふるふると振ってそれを直し、やがて、まっすぐ悠理を見上げる。
「……!」
少しだけ浅黒い健康的な色の肌。小さくはないけれど、一重で生意気そうにも見える目。髪は胡桃色で緩い癖がある────知っている誰かに良く似ている。
「……むねみ……」
悠理はその子の顔をしっかりと確認しようとして、無意識にメガネとマスクを外していた。
男の子も、自分に視線が釘付けになっている悠理を不思議そうに見つめている。
「……百合ちゃん?」
男の子から小さく名前が呼ばれる。悠理の体がそれに反応するようにびくりと震え、心臓がどくどくと脈打ち始めた。
「宗光?」「百合ちゃんやろ? 俺、夏休みに歌舞伎見に行ったんやで! なぁ、サイン。サインちょうだい!」
確かめようとした悠理の声に、男の子の声が甲高く被った。
ただ、確かに「百合」とは呼んでくるが、悠理が宗光、と呼ぶのとは明らかに違う響きを持っていて、悠理を戸惑わせた。
「みっくん、ライオンを見てたん?」
立ち尽くす悠理の背後から女性の柔らかい声がして、サイン、サインと繰り返していた男の子はそちらに視線を移す。
「ママ」
「もう、知らんあいだにおらんなって。みっくんはいっつもフラフラするからママ困るわ。先生も探しておられるから早く行こ」
みっくん、と呼ばれた男の子の手を母親であるらしい女性が引いた。
「待って、ママ。ほら、百合ちゃんやねん」
「え? 百合ちゃん? 誰のこと……」
悠理に振り返った母親は言葉の途中で絶句して、手で口を塞いだ。それから「え? え? 鏑木悠理? うそ」と、定形通りのリアクションをする。
悠理ははた、と自分の状況に気づいて、人差し指を自分の唇の前に置いた。
「すいません、黙ってて下さい。プライベートなんです」
周りの様子も気にしつつ視線を巡らせたが、上手い具合に他には誰も気づいていないようだ。
母親はこくこくと頷いてくれ、みっくんにも「内緒やで」と諭してくれた。みっくんも頷いてから悠理に近づき、こそこそと話しかける。
「なぁ、お願い。サイン頂戴。俺、百合ちゃんのファンやねん」
(ファン……宗光、じゃない?)
「ねぇ、俺のこと、わからない?」
「は? だから、百合ちゃんやろ?」
聞かれたみっくんは首を傾げる。その仕草は幼いけれど、やはり悠理には宗光に見えるのに、みっくんの目には「芸能人の鏑木悠理」としか映っていない。
「あ、ごめん。変な聞き方した……サイン、いいよ。書くものある?」
「うん!」
みっくんはリュックサックを下ろして、中から鉛筆とノートを取り出し悠理に渡した。隣で母親が礼を重ねて言い、夏休みに家族で納涼大歌舞伎を見に行ったことを教えてくれた。みっくんには初めての歌舞伎だったが、とても楽しんだ様子で、あっと言う間に「百合」を好きになったと言う。
「失礼ではあるんですけど、鏑木さん自身のことは良く知らないんですよ、この子。テレビをあんまり見ないから……だからあなたのことを役名で覚えてしまって」
「あぁ、そうなんだ。全然構わないです。百合、も俺にとっては大事な名前なんで」
渡されたノートにサインを書いて、みっくんに返した。みっくんは満面の笑みになっている。
「ママ見て。サイン、二つ書いてある。こっちは百合、って書いてるんやんな」
「ほんとや。良かったね。でも、せっかく会えたんやから、これからは百合ちゃん、じゃなくて鏑木悠理さん、て覚えんとあかんよ」
「えー。俺、百合ちゃんの方が名前好きや。あのな、百合ちゃんてすっごい懐かしい感じがするねん。だから歌舞伎も、初めて見たのに前に見たことあるんか、ってくらい懐かしい~と思ったんやで! だから俺には百合ちゃんは百合ちゃんやし、これからもずっと百合ちゃん、て呼ぶねん」
みっくんがにかっと笑って悠里の片手を握る。
「百合ちゃん、大好きやで!」
隣にいる母親が、息子の厚かましさを悠理に謝ろうとして、はっと声を呑んだ。
悠理がつぶらな瞳から涙を一筋、二筋と溢れさせている。
「鏑木……さん?」
「百合ちゃん、どないしたん?」
みっくんが心配そうに見上げるのに、悠理の涙はますます溢れてくる。
ここ一年は演技以外で泣くことなんかなかったから、涙の止め方を忘れたみたいだ。
「すいません、大丈夫です」
悠理は手の甲で涙を拭う。
「百合ちゃん、ほら、これ。俺の宝物あげるから泣きやんで!」
みっくんは持っていたトラ猫のぬいぐるみチャームを悠理の手にぎゅっと押し付けた。
「え? いいよ。大丈夫だから」
「ええねん。サインのお礼。あんな、このぬいぐるみ、幸せ猫シリーズのレアものやねん。だから絶対幸せになれるんやで。俺、百合ちゃんのファンやから百合ちゃんに幸せになって欲しい!」
(幸せ猫シリーズ? ああ、最近流行りの……)
思い出しつつ戸惑う悠理に、母親も「邪魔じゃなければもらってやって欲しい」と頭を下げた。
悠理は本物の猫を触るように、トラ猫のぬいぐるみをやわらかく包んで譲り受ける。
足を進めた先に見たのは鬣が立派なオスのライオンだった。
思わずくすりと笑いがこぼれる。宗光、ここにいたのか、なんて言ってしまいそうだ。
褥で百合を上から見下ろし、胡桃色の髪をパサリとかきあげながら身体を喰んでくる宗光はライオンのようだった。対して、そんな宗光はいつも百合を「仔猫ちゃん」と言っていたが。
「にゃあああぁぁ」
「!?」
突然のかわいい鳴き声。
遠足に来ていた小学校の制服を着た男の子が、手のひらより少し大きいサイズのトラ猫のぬいぐるみチャームをライオンの檻にくっつけている。
ライオンは悠然とした佇まいで、我関せずでぴくりとも動かない。
小学三年生くらいだろうか。かわいいな、と思い、悠理は男の子の横顔に向けてつい声をかけた。
「猫じゃライオンには勝てないんじゃない?」
男の子がゆっくりと振り向く。
瞬間。
ざあっと風が拭いて、男の子にしては長めの髪を踊らせた。
男の子は頭をふるふると振ってそれを直し、やがて、まっすぐ悠理を見上げる。
「……!」
少しだけ浅黒い健康的な色の肌。小さくはないけれど、一重で生意気そうにも見える目。髪は胡桃色で緩い癖がある────知っている誰かに良く似ている。
「……むねみ……」
悠理はその子の顔をしっかりと確認しようとして、無意識にメガネとマスクを外していた。
男の子も、自分に視線が釘付けになっている悠理を不思議そうに見つめている。
「……百合ちゃん?」
男の子から小さく名前が呼ばれる。悠理の体がそれに反応するようにびくりと震え、心臓がどくどくと脈打ち始めた。
「宗光?」「百合ちゃんやろ? 俺、夏休みに歌舞伎見に行ったんやで! なぁ、サイン。サインちょうだい!」
確かめようとした悠理の声に、男の子の声が甲高く被った。
ただ、確かに「百合」とは呼んでくるが、悠理が宗光、と呼ぶのとは明らかに違う響きを持っていて、悠理を戸惑わせた。
「みっくん、ライオンを見てたん?」
立ち尽くす悠理の背後から女性の柔らかい声がして、サイン、サインと繰り返していた男の子はそちらに視線を移す。
「ママ」
「もう、知らんあいだにおらんなって。みっくんはいっつもフラフラするからママ困るわ。先生も探しておられるから早く行こ」
みっくん、と呼ばれた男の子の手を母親であるらしい女性が引いた。
「待って、ママ。ほら、百合ちゃんやねん」
「え? 百合ちゃん? 誰のこと……」
悠理に振り返った母親は言葉の途中で絶句して、手で口を塞いだ。それから「え? え? 鏑木悠理? うそ」と、定形通りのリアクションをする。
悠理ははた、と自分の状況に気づいて、人差し指を自分の唇の前に置いた。
「すいません、黙ってて下さい。プライベートなんです」
周りの様子も気にしつつ視線を巡らせたが、上手い具合に他には誰も気づいていないようだ。
母親はこくこくと頷いてくれ、みっくんにも「内緒やで」と諭してくれた。みっくんも頷いてから悠理に近づき、こそこそと話しかける。
「なぁ、お願い。サイン頂戴。俺、百合ちゃんのファンやねん」
(ファン……宗光、じゃない?)
「ねぇ、俺のこと、わからない?」
「は? だから、百合ちゃんやろ?」
聞かれたみっくんは首を傾げる。その仕草は幼いけれど、やはり悠理には宗光に見えるのに、みっくんの目には「芸能人の鏑木悠理」としか映っていない。
「あ、ごめん。変な聞き方した……サイン、いいよ。書くものある?」
「うん!」
みっくんはリュックサックを下ろして、中から鉛筆とノートを取り出し悠理に渡した。隣で母親が礼を重ねて言い、夏休みに家族で納涼大歌舞伎を見に行ったことを教えてくれた。みっくんには初めての歌舞伎だったが、とても楽しんだ様子で、あっと言う間に「百合」を好きになったと言う。
「失礼ではあるんですけど、鏑木さん自身のことは良く知らないんですよ、この子。テレビをあんまり見ないから……だからあなたのことを役名で覚えてしまって」
「あぁ、そうなんだ。全然構わないです。百合、も俺にとっては大事な名前なんで」
渡されたノートにサインを書いて、みっくんに返した。みっくんは満面の笑みになっている。
「ママ見て。サイン、二つ書いてある。こっちは百合、って書いてるんやんな」
「ほんとや。良かったね。でも、せっかく会えたんやから、これからは百合ちゃん、じゃなくて鏑木悠理さん、て覚えんとあかんよ」
「えー。俺、百合ちゃんの方が名前好きや。あのな、百合ちゃんてすっごい懐かしい感じがするねん。だから歌舞伎も、初めて見たのに前に見たことあるんか、ってくらい懐かしい~と思ったんやで! だから俺には百合ちゃんは百合ちゃんやし、これからもずっと百合ちゃん、て呼ぶねん」
みっくんがにかっと笑って悠里の片手を握る。
「百合ちゃん、大好きやで!」
隣にいる母親が、息子の厚かましさを悠理に謝ろうとして、はっと声を呑んだ。
悠理がつぶらな瞳から涙を一筋、二筋と溢れさせている。
「鏑木……さん?」
「百合ちゃん、どないしたん?」
みっくんが心配そうに見上げるのに、悠理の涙はますます溢れてくる。
ここ一年は演技以外で泣くことなんかなかったから、涙の止め方を忘れたみたいだ。
「すいません、大丈夫です」
悠理は手の甲で涙を拭う。
「百合ちゃん、ほら、これ。俺の宝物あげるから泣きやんで!」
みっくんは持っていたトラ猫のぬいぐるみチャームを悠理の手にぎゅっと押し付けた。
「え? いいよ。大丈夫だから」
「ええねん。サインのお礼。あんな、このぬいぐるみ、幸せ猫シリーズのレアものやねん。だから絶対幸せになれるんやで。俺、百合ちゃんのファンやから百合ちゃんに幸せになって欲しい!」
(幸せ猫シリーズ? ああ、最近流行りの……)
思い出しつつ戸惑う悠理に、母親も「邪魔じゃなければもらってやって欲しい」と頭を下げた。
悠理は本物の猫を触るように、トラ猫のぬいぐるみをやわらかく包んで譲り受ける。
1
お気に入りに追加
677
あなたにおすすめの小説
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中
きよひ
BL
ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。
カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。
家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。
そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。
この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。
※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳)
※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。
※同性婚が認められている世界観です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる