枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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永遠の約束

真実

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「ずっと考えていた。お前を迎えに行くにはどうすべきかを。
   私が保科の家の者である限りは因果を断ち切ることはできないとわかってはいたが、なんとかしたかった……父上の命とはいえ、上方に行ったのも近頃諸国を回っていたのも自身にできる商いを身につける為だ。
  おかげで、保科の名前がなくとも身を立てられるところまで来た。だが、私が保科家を出れば跡目がいなくなる……そんな時だ。
  あの子の世話をすることになりどうしたものかと思案していたが、あの子は大変聡明でね。酷なことだとは思ったが、私はあの子を身代わりに、保科家を任せられないかと画策したのだ……自身の欲に走った私を人は軽蔑するだろう」

  俺は保科様に抱かれたまま、頬同士がこすれるほどに首を振った。
  保科様は暖かい手で俺の頭の後ろを撫でてくれる。

「あの子にも包み隠さず話した。私の身代わりなど、酷なことを言うのは忍びなかったが、あの子は百合が本当に好きなんだね」 

  話された蘭は「私が百合様のお役に立てるなら喜んでお手伝いします! それにこちらで引き取って頂けるのは私にとっても大変有り難きこと。一時は華屋で励む所存ではありましたが、やはり私は「男」として身を立て、世の人のお役に立ちとうございます」と快諾し、勉強にも武芸にも励んだそうだ。

  それから、保科様は親のように、兄のように蘭に愛情を注いで育てながら、蘭の身請けと自身の人生について大旦那様と奥様に幾度も話され、説得を重ねながら商いを学ばれていた……もの凄く大変だったのだろうということが、お話から窺える。

  そして。保科様の熱意は伝わった。元より懐の広い大旦那様がそれを許されたのだ。

  けれど、保科様が家を出るということは相続権等は全て失う。
  自身の力のみでやっていくこととなる保科様には大華の俺を身請けするだけの財産はまだなかった。

  保科様は俺が市山座で落ち着いた頃合いに家を出てくらしを立て、会いに行こうと考えていたらしい。

「でも……それじゃあもし俺が宗光と行っていたらどうしてたんですか?」

「ふふ。百合が行かないと言う確信があったのだよ。百合は江戸から離れられないと、夢を諦めないとわかっていたから……けれど、もし宗光を選んだとしても、追いかけて必ず百合を私に振り向かせる、すがりついてでも江戸に戻す、とそう思っていた」

「……なっ……そんなの、保科様らしくありません……」
  保科様には、追いかけてすがりつくなんて格好悪いこと似合わない。でも、そう思うのに嬉しさが込み上げてくる。

「保科様、どうして言って下さらなかったんですか? ……俺、華屋に置いてきちゃったけど、刀の鍔の裏の詩にも昨夜ようやっと気付いたんです。保科様、口と態度ではっきり言って下さらないとわかりません」

「お前の枷になりたくなかったんだよ……体を繋げた夜にも言ったね……あの頃の私ではなにも形にできなかった。そのも同じだ。確実に百合を迎えに行ける保証など、どこにもなかった。なのに百合を繋ぎ止めておくなど…… 。  だからもし、お前が別の恋をしてもそれは受け入れようと思った。それは辛く苦しいものだったが、お前が幸せなことが私の幸せだったから」

  俺の肩に乗せていた顔を上げ、愛しい者へ向ける眼差しで俺を見てくれる。
  保科家を出る前日の夜、何度も見せて下さった顔だ。

「それに、どちらにせよ自信がつけばすぐに奪いに行くつもりだったからね。地の果てでも追いかけて私が幸せにするんだと。……いつ何時も、希望は捨てていなかったよ」

  「……もう、保科様!」

  どこまで実直で折り目正しい人なんだろう。

  「俺の好きな人は真っすぐで綺麗……」
  愛しさが溢れて、独り言みたいに言葉が出た。

  「百合も、いつもひたむきで美しいよ。愛している……悠理」

  保科様が切な気に微笑み、俺の頬を撫でる。
  胸に幸せな気持ちが溢れ、叫んだり走り出したい衝動に駆られる。気がおかしくなりそうなくらいに嬉しい。

 「いつもお前が歌っていた歌を思い出していた。願えば必ず叶う。例え離れても必ず君を見つける、と。そして、見つけた。やっと、やっと叶う」

「あ……あれ……」
  保科様のお屋敷にいた頃に歌ってさし上げたsakusi-doの楽曲「永遠の約束」
  あれを覚えていて下さったんだ。
  保科様、本当に俺をずっと思って下さっていたんだ……。

「百合、私と共に生きてくれるか?」

  その言葉に、飛びつくように保科様にしがみついた。
 「保科様、俺も。俺も保科様を愛しています。これからは絶対おそばを離れません」

「悠理……」
  唇が近づく。
  ……けれど、かすっただけで、保科様は体を崩して俺に寄りかかった。

  途端に浅い速い息となり、触れた箇所に冷たい汗を感じた。
  背中の傷の侵襲が大きいんだ。

「保科様、とにかく橋を渡りましょう。あちらに行けば助けが呼べますから」
  俺が言うと、青い顔をしながらも頷いて、ゆっくりと立ち上がる。

  俺は少ない力で保科様を肩に寄りかからせ、足を進ませた。どんどん保科様の体が重くなり、息も荒くなっていく。

  ──重くて上手く進まない……でも行かなきゃ。保科様を助けるんだ。

  なんとか橋を渡り切った所まで来て、ほう、と安堵のため息をついた。

  瞬間

  ボンッと言う大きな音がして、数メートル先にあった商店に炎が上がった。

  「わあああああぁぁぁぁぁ」と、大きな叫び声がして、道行く人が橋に向って逃げて来る。
  風が強くて、火が周囲に燃え移るのもあっという間だ。


  「ここも……!?」
  湯島の火事もここも、おそらくはここのところ大人しくしていた放火犯の仕業だ。理由もなく、ただ楽しむように江戸中に火をつけて回っているんだ。

  行き先を絶たれて足が動かなくなった。保科様の体はずるずると下がり始める。

「保科様……。あっ……」
  橋のたもと。逃げて来る人とぶつかりそうになり、俺は保科様を引きずって親柱がある方に寄せようとした。

  けれど、人の波が押し寄せる。
  その中には着物に火がついた人達もいて、川に飛び込もうと凄い勢いでこちらに向って来ていた。

  「あ、あぶない……っ」

  川を目指す男二人が、狂ったように俺達に突っ込む。
  熱さと恐怖でその向こうの川しか見えてないんだ。

  ドンっと体が当たり、熱い、と思った時にはもう男達と保科様、俺もろとも土手を転がり落ちていた。

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