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暁ばかり憂きものは
大華 楓 九
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「ワアァァァァァ!!」
割れんばかりの歓声と拍手。観客は総立ちだった。
楓の名演技と精力的なアクションへの賛辞、そして今日を最後に引退する菖蒲さんへの労いと惜別。
金剛や黒子が、いつまでも劇場から出ていかない観客の対応に追われた。
また、終演後には市山座の座長がいち早く楓の楽屋を訪れた。
市山座は幕府公認の座の中でも最も大きい一門。男形の在籍人数は歌舞伎座三座髄一で、派手な演出に定評がある。そこの座長から直々にお褒めの言葉があったとなれば、楓の男形としての新しい道が開けたも同然で、気が早くも女将も旦那も泣いて喜んだ。勿論俺だって。
……そういう俺はどうだったかと言うと。
「百合はまだまだだね。集団で踊っている時の癖が抜けてない。手足の動きが弱いんだよ。こう、もっと腰を入れな」
夜になり、華屋の広間で今日の舞台の成功を祝う宴が催され、珍しく酒を飲んだ女将にくだを巻かれている。
「まあまあ、女将さん。私も最初はそうだったよ」
菖蒲さんが、女将のお猪口をさりげなく取り上げながら助け舟を出してくれた。
途端に女将が泣き上戸になる。
「菖蒲……お前、本当に頑張ったね。あんなにか細かったのに、文句一つ言わず親の負債を全て無にして……菊華にまで成ってねぇ……幸せになるんだよ」
「うん、ありがとう。女将さん」
お雛様顔の朗らかな表情に、横で見ていた旦那と俺まで涙ぐんでしまう。
菖蒲さんは明後日には華屋を出て、小山内様の養子として生きて行くのだ。
「楓さん!」
「楓さん、お疲れ様です」
菖蒲さんを囲んでしんみりしていたら、広間の出入口でわあっと歓声が上がった。
市山屋さんに続き、大和屋さんにも呼ばれていた楓が戻ったのだ。
もう女の人の髪の結い方ではなく、頭の高い所で一つに纏めた結髪に小袖を着て、楓柄の羽織を羽織った楓は、どこから見ても「青年」だった。
十日間でさらに鍛えた身体に小さな頭が乗って、以前にも増して男の色気を纏っている。
その楓に群がる華屋の陰間達が、アイドルを取り囲むファンの女の子に見えてきた……そうだ。公演のあとも、男陣の歓声の中に黄色い声援が響いていて、楓のやつ、キラキラした笑顔を振りまいて手を振って、それに応えていたな……。
「なんだ、ふくれっ面して。酒に酔ったか」
楓は真っすぐに俺のところに来て隣に座った。
「べ、別に~。……おかえり」
「楓、今日は良くやった!素晴らしい舞台だった!!」
俺が話そうとするのを旦那と女将が遮る。
「ありがとうございます。おかげさまで男形としてやっていけそうです。大和屋様、市山屋様からもお褒めを頂きました。今後なお一層、華屋の発展の為にも精進致します」
楓は手をついて頭を下げた。
そして、手をついたまま部屋全体を見回し、そこにいる全ての者達に向けて話しかけた。
「皆にも礼を言いたい。今回は俺の私事で短い期間に演目を変えることになり苦労をかけた。それでも成功に向けて皆が一丸となり、頑張ってくれた。今日の成功は皆がいたからこそだ。感謝している。ありがとう」
楓は再び頭を下げる。皆は感無量という様子で聞き入っていて、広間はしぃん、としていた。
パチ、パチ、パチ……牡丹がゆっくりと拍手を送る。それを皮切りに他の陰間も俺も突かれたように拍手をし、舞台のあとみたいに、広間が歓声と拍手で揺れた。
楓は破顔して笑っている。
楓、表情まで良く出るようになったな。これからはどんどん女の子に人気が出るだろうな……。
見惚れ半分、焼きもち半分で楓を見ていると、笑顔のままの楓と目が合った。
楓が一層優しく微笑み、俺の顔を赤くさせる。そしてまた口を開いた。
「旦那さん、女将さん、皆。今日はもう一つ、伝えたいことがある」
楓の真剣な声に拍手が止まり、広間に再び静寂が訪れる。
なんだろう。そう言えば決めていることがあると言っていたっけ。
楓、また新しいことをするつもりなのか? 俺にもなにか手伝える?
「……俺はこの先の人生をこの百合と共に生きて行くと決めた」
ぐい、と楓に肩を寄せられた。
な、な、な、な、なに言っちゃってるんだ、楓。正気か? 破門ものだぞ!
目を白黒させる俺をよそに、楓は俺抱き寄せる手に力を入れた。
「百合を愛している。本当なら茶屋内でこんな関係になるのはご法度だ。でも、俺が変われたのも男形に挑戦しようと思えたのも百合がいてくれたおかげだ。皆も今回の華屋改革に百合がどれだけ力を尽くしてくれたのかを知っているはずだ。つまり俺にとっても華屋にとっても百合は大切な存在。
だから、許して欲しい。俺と百合のことを。勿論、ここに居るあいだは節度を守った付き合いをすると約束する」
肩が熱い。
楓の体温を感じるからだ。
熱さでじぃんとして、皆の前で「愛してる」なんて言われて恥ずかしいはずなのに、それよりも嬉しさが勝っている。
誰に恥じることなく、隠すことなく、一心に俺に向けてくれる深い愛情が嬉しい。
「楓……お前、わかっているのか。百合は男だよ? 婚姻できるわけじゃないんだよ。百合だって年季が開けて芸の道に進んだとしたら、舞台から降りた時は男として生活するんだ。ずっと女の格好をさせるわけにはいかないだろうに」
女将がさっきまでの酔いを感じさせず、静かに、諭すように言った。
「百も承知だ。俺は百合が女形だから好きになったんじゃない。一人の人間として愛してるんだ。だから男とか女とか関係ない。この先、生きていく上で様々なことはあるだろうが、やって行くつもりだ……二人で」
二人で、のところで楓が俺の目を覗いて、問われたわけではないけれど、俺はその言葉に頷いた。
けれど広間はシンとしたままで、女将や旦那さんは勿論、権さんも黙ったまま。陰間達も複雑な表情をしていた。
その中で口火を切ったのはまた牡丹だった。
「……みんなわかってたよ」
えっ?
「楓を見てりゃわかる。冷静で、なにがあろうが眉一つ動かさなかった大華が、百合のこととなると顔面筋使っちゃってさぁ。見てるこっちが恥ずかしいったらないよ。あぁ、あとは隠れて口吸いしてるつもりだろうが、皆見てるからね。気をつけな」
フンと鼻で笑いながら言う。
すると他の陰間達が大笑いをしだした。
「そうだよ、みんな知ってるから笑いを抑えるのが大変だったよ」
「え、な……嘘……」
俺は権さんを見た。でも権さんは目を剥いて、自分は知らなかったと首と手を振った。
「知らぬは大人達ばかり、か」
旦那がため息をつく。それから俺達二人の前に腰を落ち着けた。
「華屋の主人としては易々と認められることじゃねぇし、二人の将来を思えば万々歳って気持ちにはなれねぇ。でもよ、楓が決めたことを曲げねぇのは知ってるし、なにがなんでも初志を貫く「男」なのも知ってる。今日の舞台もなあ、素晴らしかったよ。楓は本当に凄い芸子だよ……百合とのこと、皆も認めているようだし、俺達にゃ野暮なことは言えねえよ。なあ、お菊そうだろう?」
旦那さんに背中をさすられた女将はうつむいていた。
「…………」
声が聞き取れない。旦那がうん? と耳を寄せる。
「認めないよ。アタシは認めない……」
……女将……。
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