枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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暁ばかり憂きものは

思いの重さ 弍

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 舞台のあとは華屋には戻らず、そのまま半日同伴。すっかり支度を整え、お客の迎えを待った。

 陰間は茶屋では髪を下ろし、緋襦姿で褥のお出迎えを、外出時には、髪型を前髪のある島田髷にして、振り袖の上に丈の長い黒羽織を羽織り、さらには打刀うちがたな脇差わきざしを腰に差した、男女折衷の装いをする。俺はまだ髪が伸びていないから髷は結えないけど、保科様から頂いた紋付き羽織と刀はいつも身に付けている。

 それにしても、この陰間特有の男女折衷の装い、慣れていない俺には未だ気恥しい。対して「高級陰間をモノにしている」と、周囲から粋がられ、羨ましがられるお客は満面の得意顔。

 お客には気分を良くしてもらってこそだ。手を引かれれば頬染めて見つめる演技をして、より得意顔にさせる。赤面まですぐに出せるのだから、俺の演技力も上がったものだ。

 ──と、視線を感じて顔を向けると、そこには増大寺の集団。勿論、隆晃様の姿もあった。
 隆晃様の目は、俺とお客の繋がった手を凝視している。

 隆晃様は俺の目も隆晃様を見ていることに気づいて、なにか言いたげではあったけど、俺は仕事中で、今の亭主はこのお客だから挨拶はできない。
 隆晃様もまた、俺に声をかけることはできない。盃を交した「旦那」と言えども「仕事中」に他の客が割り込むのはルール違反だからだ。

 俺は今のお客にわからない程度に隆晃様に頭を下げ、お客の顔へ向き直った。それでも、お客の目には増大寺の集団が易々と入るし、周知の事実である俺の初旦那の隆晃様の存在に気づき「フフん」と鼻を鳴らして俺を引き寄せ、これみよがしに密着しながら集団を通り過ぎた。

 この時、隆晃様がどんな顔をしたのかまでは、俺には見えなかったけど、次に会った時に「あの客はどう言った者だ」なんて、しつこく聞かれるんだろうなと思うと少し気が重くなった。

 

 予想通り、今日のお客のご所望は船上プレイ。
  江戸の人は性に奔放なんだよなぁ。春画なんかなめちゃくちゃ流行ってるし、現代より性行為がオープンなんじゃないかと思う。

 俺とお客、権さんと船頭が乗った屋形船は千住大橋を出て吾妻橋・両国橋・新大橋・永代橋を周遊し、約二時間をかけて吾妻橋のたもとに到着した。
 橋の形も街の様子も現代とは違えど、俺がセントラルプロから逃げて飛び込んだのはこの吾妻橋からで、なんとも複雑な気分になる。

  「それでは旦那、華屋へ戻ります」
 権さんが荷物をまとめて先頭を行くのを、お客と二人、並んで付いていく。

 お客に話しかけられ、笑顔で返したすぐあと、権さんの小さな叫びと共に「ドンッ」と言う鈍い音がした。
 見ると、権さんが川べりに落ちて、土手を転げているじゃないか。

  「権さん!?」
 驚く俺とお客、後ろにいた船頭は慌てて権さんに手を伸ばそうとした…………が、ゆらりと揺れる黒い影が俺の前に立ちはだかり、視界を遮った。

 ────なに?

 そう思った瞬間には、脇に差した俺の刀……保科様からの刀が抜かれていた。

 わけもわからず、焦りが冷や汗として流れて背中を伝った時、俺は初めてその刀の刃先を見た。自分では抜いたことがなかったから。

  「あ」
 それしか声は出なかった。

 一瞬だった。
 けれどそれは映画のスローモーションのようでもあった────隆晃様が、なぜか俺の刀を振り上げている。

 刀は今夜の客の耳をかすり、頸に落ちて。

 そして、赤い飛沫が広がり、俺の顔や胸元を染め。

 ゴロン

  お客の、驚きを固めたままの表情の

  首が

 俺の目の前に

  ────落ちた。


  「ぅわあああああああああぁぁぁ!刃傷にんじょうだ、刃傷だ、誰かっ……!」
 船頭が狂い叫び、途端に人が集まって来る。
 権さんが俺の名を呼びながら川から履い上がろうとしているけど、その声は遠く遠く感じた。

 指先が冷たく神経が通わない。俺は、ドスンとその場で尻もちをついた。
 隆晃様は音に気づいてゆっくりと振り返る。手には血の滴った刀を握ったまま。

  「や……あ……」
 声が出ない。足も動かない。わずかに後ろへ下がれただけだった。

  「百合、もう大丈夫だ。これで百合は私だけの妻だよ。みんなみんな私が成仏を祈ってやるから……」
 隆晃様の手から、刀がガチャンと音を立てて落ちる。
 その手は俺の頬をさすり、血が頬紅のように塗りつけられた。

  「ああ、百合には赤が良く似合う。とても美しい」
 
  「い……や……」
  「お縄だ!」 
 
 隆晃様が俺を抱きしめんとした時、二人の役人が到着して、隆晃様を羽交い締めにした。
 隆晃様は抵抗もせず、安らかな笑みを浮かべている。
  「百合、怖がることはない。私がお前を守るから。私が一番百合を愛しているんだからね。百合もそうであろう?」と、うっとりと俺を見てつぶやいて。

 役人は声を荒らげ、隆晃様を引きずるように連れて行く。野次馬の聴衆は権さんを土手から引き上げ、俺を立たせて声をかけた。

  でも、もう俺にはなにがどうなっているんだか、まるでわからなかった。

 今のは夢? ドラマの撮影? 俺は今どこにいるんだっけ。江戸? 違うよ。そんなわけない。タイムリープだか転生だなんて、実際にあるわけないじゃん。
 陰間になって男相手に体を売るなんて。相手した客が他の客を手にかけるなんて……どれもこれもみんな夢。

 なあ、社長。そうだよね? 俺、夢を見てるんだよね? 川に飛び込んだあとから、長い長い夢を。

 だから、早く、川から見つけて助けてよ────!!
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