枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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陰間道中膝栗毛!?

水揚げ 弍

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 廊下から「キシ、キシ」と、板を踏む足音が近付き、権さんが襖を静かに開けると、隆晃様の足先が見えた。

 俺は頭を下げたまま「お帰りなさいませ」と教えられた通りに言って、更に頭を低くした。

  「百合、会いたかったよ。さ、おもてを上げて愛しい顔を見せておくれ」
 隆晃様がかがみ、俺の頬を両手で挟んで持ち上げる。頬を染め、瞳を揺らすその表情は初めて恋を知った高校生のようだ。

 そうなんだよな、可愛いんだよなこの人。初心どうていだって言ってたしなぁ。
 えーと、とりあえずスマイル。隆晃様の手に手を重ねて……にこっ。

 どうだ!

  「ああ、なんと愛おしいのだろう」
 途端に隆晃様が俺を抱きしめ、腕にギュムッと力が込められる。

 ぐえっ。く、苦しい。 とりあえず落ち着け、坊主!
  「隆晃様、まずは中の方へ。ここではお身体が冷えます」

  「これは済まない。そなたも冷えてしまうな。つい気持ちが早ってしまった。このような男は嫌われるから余裕を持てと言われて来たのに情けない……」
 隆晃様は申しわけなさそうに俺を立たせて、火鉢の前へと移動した。

 そう。 陰間茶屋でも遊廓でも、性急な客は嫌われる。江戸っ子なら余裕の振る舞いを見せるのが粋ってもの。
 若草や小花の一切り二時間コースでは、華のような三回の逢瀬が無く、時間をかけて客の品定めができない為、おとこの余裕を特に重視している。
  
 しばらくのあいだは他愛もない会話で時間を楽しみ、打ち解ければ少しのスキンシップを許す。基本的には小花や若草に初回の褥の拒否権はないけれど、この時間の良し悪しでサービスの質を低くしたり、二回目を断ることはできる。だからわかっている客は紳士的に振る舞う。

 反面、陰間にとっては手練手管の力量の見せどころだ。この時間を長く取って、いかにほんばんの時間を短くするか──陰間は褥に入ればどんな無茶な要望にも答えなきゃならない。一夜に何人もの客を回す時もある──まさに客との駆け引き。

 焦らし、焦らされる分、また、客の位が高ければ高くなるほど、充実した時間を求められ、陰間の質が問われることになる。
 美貌、知性、教養、品の良さ。これが全て揃ってこそ一流。それを認められたのが吉原の花魁であり、華屋で言えば「大華」だ。

 つまり楓は華屋の、いや、この湯島花街の数ある陰間茶屋の中でも一番の陰間と謳わる最高級の存在だと言うこと。
 実際、楓が持っている特有の空気は他人を圧倒する。カリスマ性ってやつなんだろうな……高校中退で、躾もまともに受けていない俺が、どこまで近づけるのだろう。

  「百合、触れても良いか?」
 「は、はいっ」

 しまった。大事な初褥仕事だというのに上の空になってしまうとは。しっかりお相手しなきゃ!

 隆晃様は正座のままソワソワと指を動かしたりと、落ち着かない様子だ。隠そうにも隠しきれないその気持ち、わからないではない。

 俺は、シナを作って微笑み、隆晃様に寄りかかってお声に応じた。隆晃様は真っ赤な顔をして俺の肩に手を回し、手を握る。

 さて、ここからどうするか。略式だったとは言え、隆晃様には裏まで返してもらったから、あまり焦らさず早めに褥に流れるようにと権さんにも言われている。
 隆晃様のこの様子だとしばらくスキンシップをしたあとに素股で対応できるかな……と言うか、そうしたい。

 よし。仕掛けるか。まずは軽くしごいて達してもらい、二度目は素股で達してもらえば、今日は満足してくれるだろう。
 ごめんね。隆晃様。ワルい陰間で。でもこれも「駆け引き」だからね!

 それでは、陰間初褥の定型句を。
  「隆晃様。こうして隆晃様と初夜を迎えられること、一生忘れ得ぬ嬉しいことに存じます。どうぞ優しく……」

 ぐえっ。ニ回目のぐえっ。
 隆晃様は衝動を抑えられない様子で俺を羽交い締めにし、ズルズルと布団へ引きずった。
 そのまま膝を折り、上半身は半ば倒れるように俺に覆い被る。

  「百合、百合、どんなに恋しかったことか」
 うわ言のように繰り返し、緋襦袢を剥いでいく隆晃様。けれど俺の体があらわになると、その手が止まり、表情が固まった。

  ん? 膨らみのない胸と下に付いてるブラりんこを見て幻滅でもした? だぁよね~。見た目は女にしてても中身は男。江戸時代とはいえ、最初の相手が男って、やっぱりないと思うんだよ。

 けど、どうする? これで契約が切れたら俺の評判が下がるのは必至……いたしかたない。ささっと手でやっちゃって、とりあえず悦くなってもらうしか……。

  「……すまない、出てしまった……」

 はん?

 隆晃様が泣きそうな顔で自分の股間を押さえている。

 え、まさか。

  「百合の美しい裸体を見ただけで堪らない気持ちになり、私の性が仏の情けを超えて独りでに……」
 
 ちょっと言葉が良くわかんないけど、体を見ただけて射精したってこと? ……ホントに!? どこまで初心うぶなんだ。
 ……………………ラッキー!

 嬉々として体を起こし、権さんが枕元に用意していてくれた縮緬和紙ティッシュを取り、隆晃様の下帯の脇から手を差し込む。優しく、優しく丁寧に、隆晃様の太ももを濡らした跡を拭き取ってやった。

  「隆晃様。嬉しゅうございます。それだけ私に恋がれて下さっているのですね」
 頬へのキスも忘れない。わざと「ちゅ」と音を立てる。
 それから、股に当たる部分だけが濡れてしまった浴衣と下帯を外してやり、お互いの素肌がしっかりと触れるように抱きしめながら、今度は俺が褥の中へと誘った。

  「放たれるとお疲れになるでしょう? 今宵はこうして互いの温もりを楽しみましょう」
  「百合……情けないと思わないでくれ。次回は必ずや」
  「とんでもございません、百合は幸せ者にございます」
 もういっそ毎回これでお願い申し上げます。そしたら俺、チョー幸せになれますわよ!

  「コホン」……襖の向こうからと小さな咳払いが聞こえた。
 襖の向こうには権さんが用心棒の役割も兼ねて備えている。
 権さん、隆晃様の初心さと俺の考えに気づいて笑いそうになったな?

  「百合、お前は本当に私の理想の人だ。私は幼い頃から多くの女きょうだいに囲まれ女子衆おなごが恐くなった。だから女人禁制の寺に入門したのだが、間違いではなかった。そなたに巡り会うためだったのだな」
 隆晃様は外にいる権さんにはお構い無しに、クサイ台詞を紡いでいく。

 う・わー、大丈夫かな、この人。随分思い込みが激しそうだ。

 でもそれは顔に出せない。
  「嬉しゅうございます。隆晃様のお心、どうかそのまま私に」

 ちゅっ。唇の端にキス。

 ちゅうう。首筋にも。

  「百合……!」
 隆晃様も俺の首筋に吸いついた。そして、手のひらと唇を身体に滑らせる。その触り方さえ辿々しくて、くすぐったさに身がよじれそう。
 俺はもう、笑わないようにだけ気をつけて、隆晃様の好きなように触らせてやった。いわゆる「マグロ状態」だ。

  「ああ、またこれだけで……」
 隆晃様のものが再び硬い茎になり、触らずとも中心から精が爆す。
 そんなことを眠るまでに二回。

 若いからっていうか、童貞だからっていうか、立ち上がりも早いけど達するのも早い。

 ……女将さん、ほんっと(俺にとっての)上客をありがとう。
    
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