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出逢いと因果
秘密
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最後までしたわけでもないのに、なんだ? 体のこのミシミシする感じ。触ってもらうだけでも普段使わない筋肉とか使う? 内股とか、下腹とか筋肉痛が出てるんだけど……最中に力みすぎたとか? ……まさか、感じすぎ、とか、ないよね……?
そんなだから、歩く姿勢はもちろん、踊りや三味線でも姿勢が崩れてしまう。
あぁ、今日も師匠に叱られるなぁ。
チントンシャン♪
師匠の三味線に合わせて、扇子で顔を隠し、左肩を下げながら背を後ろに反る姿勢を保持した。いつもならすぐに駄目出しされる型なのに、今日はやけに沈黙……かなりお怒りですか?
扇子の中骨の隙間から師匠を覗き見る。師匠は大きく目を見開き、口をぽかんと開けていた。
「素晴らしいです!」
え。
「百合さん、すっかり力が抜けたじゃないですか。そう、それで良いんですよ。女らしい型ができています。それを忘れずに!」
ほんとに?
ちら、と師匠の隣に座る保科様を見る。今日は仕事を休んで稽古に付き合ってくれてるんだけど、保科様ったら得意顔だ。
あれ……? もしかして保科様、これも計算だったり……?
「踊りも楽器も経験がある、なんて言ってらしたわりにどうなることかと思いましたけど、確かに筋は悪くないようですね。次も頑張って下さいね」
「あ、はあ……」
続く三味線、鼓の稽古でも同じく褒められた。
「女形の心を掴み始めましたね!」なんて言われて。
女形の心、ね。
確かに俺、昨日から今朝にかけて乙女な気持ちだったよね。だって仕方ないでしょ? あんなの本来、女の子が経験することじゃない? それをこんなイケメンに、イケボイスでフランスの恋愛映画ばりなセリフを言われてさ。あんなことやこんなことをされたら俺じゃなくてもさぁ……乙女になるし、こそあど言葉の大渋滞にもなるよ。
めちゃくちゃ気持ち良かったんだもん。頭のネジ、本当に何本か外れたんじゃないだろうか。
「う」
思い出したらまた元気になりそ……。
「百合、どうした。また良からぬことを考えているのか」
「よ、良からぬことっ!? 違いますよ!」
夕方から始めた札遊びの手が止まっていた俺は、急いで次の札をめくった。
保科様は自分の札を膝の脇に置いて、優しいため息をつく。
「なら良いが。どうもお前は気持ちを溜めてしまいがちに思えてならない。気を張らねばならぬ時も多いだろうが、せめてここに居るあいだは心安くいてくれ」
ここに居るあいだは、か……。
優しくも残酷な言葉だ。いくら体を重ねても、お互いの快感を分かちあっても、心が重なることはないのだ思い知らされる。
「……はい……」
「うん」
保科様が手を伸ばし、俺の頭を撫でてくれた。俺はその手を両手で降ろし、胸の前で握った。
「そういえば保科様、名前はもう呼んで下さらないんですか?」
朝、寝所を出てからは、ずっと「百合」としか呼んでもらえてない。
保科様はクスッと笑い、手は俺に預けたままで、近くまで膝を進めた。
「仕事に関わる時は百合でいなさい。お前は芸子として生きて行くのだから、常にそう振る舞わねばならぬ」
「……」
わかってるよ、そんなこと。でも保科様が言ったんじゃん。ここに居るあいだは心安くすればいいって。
「わっ」
うつむいたままでいると突然、俺の両膝に保科様の頭が乗った。
「私は少し寝不足のようだ。今から休憩にしよう。膝を貸してくれるか? ……悠理」
「……っ、はい、もちろんです!」
今、悠理、って呼んでくれた!
「二人だけの秘密にしよう」
「え?」
「お前の本当の名を呼ぶのは二人の時だけ。知っているのも呼ぶのも私だけだ。いいね?」
本来の名前を簡単に漏らすんじゃない、百合として生きて行きなさいって意味だと思うけど、今の俺には特別な甘さを持った秘密の約束に聞こえた。
ねぇ、保科様どっち?
俺の聞こえた通りならいいのに。
「はい!」
俺が返事をすると、保科様は口角を上げて瞼を閉じた。黒くしっかりしたまつ毛が綺麗に並んで、時々ピクピクと動く。
「眠れそうですか?」
「ん……そうだな、歌を聞かせてくれ。昨日歌っていたあれがいい」
「えぇ? でもあれ、俺がいた所の歌だから、耳慣れないと思いますよ?」
保科様は目を閉じたまま答えた。
「あれがいいんだ。お前の心地良い声が楽しめるから」
「うぅ……」
そう言われたら断れない。小さく息を吸って、できるだけ静かにゆっくりと、Aメロから口ずさんた。
〈君を見つけた奇跡、この世界でただ一人の君に出会えたこと、幸せだよ、例え離れても君を見つける、願えば必ず叶うから……〉
サビを歌い終わる頃、保科様の穏やかな寝息が聞こえた。
寝たのかな。
ちょん、とまつ毛に触れてみる。もうぴくりともしない。
俺はほっとして歌うのをやめ、瞼にそっとキスをした。
そんなだから、歩く姿勢はもちろん、踊りや三味線でも姿勢が崩れてしまう。
あぁ、今日も師匠に叱られるなぁ。
チントンシャン♪
師匠の三味線に合わせて、扇子で顔を隠し、左肩を下げながら背を後ろに反る姿勢を保持した。いつもならすぐに駄目出しされる型なのに、今日はやけに沈黙……かなりお怒りですか?
扇子の中骨の隙間から師匠を覗き見る。師匠は大きく目を見開き、口をぽかんと開けていた。
「素晴らしいです!」
え。
「百合さん、すっかり力が抜けたじゃないですか。そう、それで良いんですよ。女らしい型ができています。それを忘れずに!」
ほんとに?
ちら、と師匠の隣に座る保科様を見る。今日は仕事を休んで稽古に付き合ってくれてるんだけど、保科様ったら得意顔だ。
あれ……? もしかして保科様、これも計算だったり……?
「踊りも楽器も経験がある、なんて言ってらしたわりにどうなることかと思いましたけど、確かに筋は悪くないようですね。次も頑張って下さいね」
「あ、はあ……」
続く三味線、鼓の稽古でも同じく褒められた。
「女形の心を掴み始めましたね!」なんて言われて。
女形の心、ね。
確かに俺、昨日から今朝にかけて乙女な気持ちだったよね。だって仕方ないでしょ? あんなの本来、女の子が経験することじゃない? それをこんなイケメンに、イケボイスでフランスの恋愛映画ばりなセリフを言われてさ。あんなことやこんなことをされたら俺じゃなくてもさぁ……乙女になるし、こそあど言葉の大渋滞にもなるよ。
めちゃくちゃ気持ち良かったんだもん。頭のネジ、本当に何本か外れたんじゃないだろうか。
「う」
思い出したらまた元気になりそ……。
「百合、どうした。また良からぬことを考えているのか」
「よ、良からぬことっ!? 違いますよ!」
夕方から始めた札遊びの手が止まっていた俺は、急いで次の札をめくった。
保科様は自分の札を膝の脇に置いて、優しいため息をつく。
「なら良いが。どうもお前は気持ちを溜めてしまいがちに思えてならない。気を張らねばならぬ時も多いだろうが、せめてここに居るあいだは心安くいてくれ」
ここに居るあいだは、か……。
優しくも残酷な言葉だ。いくら体を重ねても、お互いの快感を分かちあっても、心が重なることはないのだ思い知らされる。
「……はい……」
「うん」
保科様が手を伸ばし、俺の頭を撫でてくれた。俺はその手を両手で降ろし、胸の前で握った。
「そういえば保科様、名前はもう呼んで下さらないんですか?」
朝、寝所を出てからは、ずっと「百合」としか呼んでもらえてない。
保科様はクスッと笑い、手は俺に預けたままで、近くまで膝を進めた。
「仕事に関わる時は百合でいなさい。お前は芸子として生きて行くのだから、常にそう振る舞わねばならぬ」
「……」
わかってるよ、そんなこと。でも保科様が言ったんじゃん。ここに居るあいだは心安くすればいいって。
「わっ」
うつむいたままでいると突然、俺の両膝に保科様の頭が乗った。
「私は少し寝不足のようだ。今から休憩にしよう。膝を貸してくれるか? ……悠理」
「……っ、はい、もちろんです!」
今、悠理、って呼んでくれた!
「二人だけの秘密にしよう」
「え?」
「お前の本当の名を呼ぶのは二人の時だけ。知っているのも呼ぶのも私だけだ。いいね?」
本来の名前を簡単に漏らすんじゃない、百合として生きて行きなさいって意味だと思うけど、今の俺には特別な甘さを持った秘密の約束に聞こえた。
ねぇ、保科様どっち?
俺の聞こえた通りならいいのに。
「はい!」
俺が返事をすると、保科様は口角を上げて瞼を閉じた。黒くしっかりしたまつ毛が綺麗に並んで、時々ピクピクと動く。
「眠れそうですか?」
「ん……そうだな、歌を聞かせてくれ。昨日歌っていたあれがいい」
「えぇ? でもあれ、俺がいた所の歌だから、耳慣れないと思いますよ?」
保科様は目を閉じたまま答えた。
「あれがいいんだ。お前の心地良い声が楽しめるから」
「うぅ……」
そう言われたら断れない。小さく息を吸って、できるだけ静かにゆっくりと、Aメロから口ずさんた。
〈君を見つけた奇跡、この世界でただ一人の君に出会えたこと、幸せだよ、例え離れても君を見つける、願えば必ず叶うから……〉
サビを歌い終わる頃、保科様の穏やかな寝息が聞こえた。
寝たのかな。
ちょん、とまつ毛に触れてみる。もうぴくりともしない。
俺はほっとして歌うのをやめ、瞼にそっとキスをした。
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