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XLVIII エピローグ-II [end]
しおりを挟む「君に1つ、伝えておかねばならない事があるんだ。これは、エルには内緒にしておいて欲しい事なんだがね」
振り返った彼が、徐にジャケットのポケットから二つ折りの紙を取り出した。その紙を差し出され、躊躇いながらもそれを受け取る。
オフホワイトの、高価でも安価でも無い何処にでもある紙だ。その紙はやけに皺が寄っていて、所々土や埃の様な物で汚れていた。
彼に促されるまま、その紙を開く。
「――!」
それは、とある女性宛てに書かれた手紙。そしてその字は、間違いなく自身のものだ。
「なんで、これが此処に……!」
慌てて顔を上げ、彼に視線を送る。しかし彼は、自分で考えてみろと言わんばかりの表情で俺の顔を見つめ返した。
これはメイベルの最後の予言に気付いたあの日、思いのままに作成した物だ。この手紙を、彼が持っている訳が無い。だってこれは、その女性を通して娘に送られる筈の手紙だったからだ。
「――もしかして、娘は今……」
そこでやっと、とある考えに思想が辿り着く。
この手紙は、目の前の彼が他でも無い娘達本人から受け取った物なのではないか。この事の流れを見るに、そう考えるのが最も妥当であろう。
彼がスタインフェルド家に立ち寄り、娘からこの手紙を受け取ったとは考え難い。となると、娘は今スタインフェルド家には居ないという事になる。そして彼は、その娘の居場所を知っている筈だ。
「――娘は、今どこに……」
痛い程高鳴る心音に、自然と声が震える。
「……確か、5日前だったかな。双子の少女が、私の屋敷を訪ねて来たんだ。話を聞いてみるに、貴族に誘拐された子達だった様で、2人だけで屋敷を抜け出して来たらしい。両親の元にも帰れず、行く当てもない様だったから、私が2人を使用人として雇う事にしたんだ」
彼の口調は、先程から全く変わらない。まるで、ただの日常会話をしている様な口振りだ。
「……今すぐ、2人を迎えに行きます」
数歩前に足を踏み出し、彼と距離を詰める。しかし彼は、俺の言葉を拒む様に首を横に振った。
「2人は私の屋敷の使用人だよ。そう簡単に手放す訳にはいかない」
「でも……2人はまだ14歳です。使用人として働くには……」
「もう十分な年齢だと思うが?」
その言葉に反論出来ず、口を噤む。
確かに彼の言う通り、14歳ともなれば十分に働きに出れる年齢だ。自身やマーシャだって、孤児だという事もあったかもしれないが2人よりもずっと幼い頃から仕事をしていた。
自身は特別、一般的では無いブローカー業を選んだが故に比較的裕福な方で、妻や娘が働きに出ずとも生活が成り立っていたが、今現在の暮らしとなるとそれも厳しい。
どの道働きに出なくてはならないのなら、せめてエルの近しい人間である彼に頼むべきなのではないか。
酷い葛藤に、眉間を強く抑える。
「――使用人、だけでは無い」
自身の思考を止める様に、彼が言葉を続けた。
「あの子に、“償いの場”を設けてやりたいんだ。あの子は少々、罪が多すぎる」
「……?」
彼の言葉に見当が付かず、首を傾げる。
あの子、というのが娘2人で無い事は分かる。だが、それ以外に指すべき人物は居るだろうか。
しかし再び、彼の言葉が自身の思考を断ち切った。
「――その手紙を、2人から受け取った時は驚いた」
彼が、俺の手の内の手紙を指差す。
「此処は私が、月に1度礼拝に訪れている場所でね。シスターセシリアとも顔見知りなんだ。だから今日、君達が此処へ来る事も知る事が出来た」
思わず手に力が籠り、手紙がぐしゃりと潰れた。
これは、自身の行動が良い未来を切り開く事が出来たと言っても良いのだろうか。望んだ結末が待っていると、期待しても良いのだろうか。判断し難く、唇を噛む。
「君に、この事を伝えられて良かった。では、今度こそ失礼するよ」
彼の手が、扉のドアノブに掛かる。
“未来は常に変動する”というメイベルの言葉が邪魔をし、思う様に言葉が出て来ない。しかし此処で彼を呼び止めなければ、望まない未来が形成されてしまう気がした。
「――ちょっと待ってください」
咄嗟に喉奥から出た声に、彼が足を止める。
「……娘は、いつ、帰ってきますか」
彼は振り返らず、此方に背を向けたままだ。先程から収まらない激しい心音に、眩暈を覚える。
「……それは、君達次第でもあり、あの子次第でもある」
彼がそう呟き、ハットを外し会釈した。そしてそのまま、ゆっくりと礼拝堂の扉が開かれる。
遠ざかっていく背中と、俺の目からそれを遮断する様に閉じる扉。取り残された礼拝堂で、1人大きな溜息を吐いた。
彼が信頼できる相手なのか、自身の選択が正しかったのか、娘はいつ自分達の元へ帰ってくるのか、その全てに明確な答えは無い。安堵する様で、不安を煽っている様な、全てが曖昧な会話だ。
変動し続ける未来に、繰り返す問い、終わらない後悔。心の何処かで、人生の最果てにはハッピーエンドが待っているのだと信じていた。しかし、それはまだ手の届かぬ程に遠い様だ。
未来の変動に怯え、自身の行動すべてに疑問を抱き自問自答し続ける日々はこの先も繰り返される。その苦しみが、自身の罪と罰なのだろうか。
最果てに待つのは絶望か希望か。それとも、最果てなど存在しないのか。
それは、神すらも知らぬ真実。
...to be continued
Next...DachuRa 3rd story-Apple blossom-
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