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XLIII 最後の予言-I

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 書類室に籠り、今日で4日が経過した。
 蔓延する埃やカビの臭いは、4日間籠っていても慣れるものでは無い。その臭いは小窓を開く程度では換気しきれず、2日目の夜辺りから重く煩わしい頭痛に見舞われていた。

 探し物である書類は、もう15年も前の物だ。この莫大な量のフォルダーの中からその書類を見つけ出す事は非常に困難である。
 それに管理を怠っていた為か、古い書類の殆どに紙魚が食い荒らした痕跡である穴があった。ミミズが這った後の様なその穴の所為で、重要な書類の文字が殆ど読めない。

「……面倒くせぇなぁ」

 書類の山の中で1人溜息交じりに呟き、天井まで届く棚に凭れ掛かった。
 虫食いだらけのフォルダーを、読了済みの山に抛り投げる。

 キースが此処を訪れた際に使用した、当時の契約書は難なく見つけ出す事が出来たのだが、それはあくまでマリアからの依頼書だ。今必要なのは、スタインフェルドとマリア、そしてブローカーである自身のサインが書かれた取引完了確認書。
 基本、1つの取引で使用した書類は全て纏めてフォルダーに綴じる。その道理で考えれば、確認書は契約書と同じ場所にある筈だ。なのに、確認書のみが見つからない。

 まさか、本当にスタインフェルドは確認書にサインをしていないのだろうか。しかしあの日、マリアは確かに自身の元へ確認書を届けに来た。
 エルを屋敷から連れ出した翌日の事だ。今でもその時の記憶は残っている。
 ではどうして、その確認書だけが見つからないのだろうか。

「……?」

 ――コツリ、と踵にぶつかった何か。
 それは硬いとも柔らかいとも言える奇妙な感触で、床に落ちたフォルダーや書類とは違う物の様だ。なんと無しに、足元に目を向ける。
 目に付いたのは、棚の下から覗く書類サイズの黒い物体。埃を被りやや白くなってしまっているそれは、手に取って確認せずとも分かる。愛用していた、レザーファイルだ。
 
 時期は思い出せないが、昔仕事で愛用していたレザーファイルを紛失してしまった事があった。一頻り屋敷を探したが見つからず、仕方なく似た形の物を買い、それを代わりとして業務で使う様になった。
 それからそのレザーファイルの存在は次第に頭から抜けていったが、そのファイルを見つけたこの瞬間、当時の記憶が次々と蘇る。
 そして、考えたくない最悪の事態が脳裏を過った。

 ――そのファイルには、何の書類を挟んでいたか。

 紛失した時期は、どれだけ記憶を巡らせても思い出す事は出来ない。しかし15年以上前、エルをパーティーから連れ出した翌日。マリア・ウィルソンから確認書を受け取ったあの日、足元にあるレザーファイルを使った事だけははっきりと覚えていた。

 腰を屈め、自然と震える手をレザーファイルに触れさせる。そしてゆっくり棚の下から抜き取り、そっとフォルダを開いた。

「――そんな……」

 思わず零れ出た声は、酷く震えている。
 ファイルに挟まれていた書類は、間違いなくあの日マリア・ウィルソンから受け取った確認書だ。沸き上がる様に蘇る記憶が、徐々に鮮明になっていく。

 あの日、マリアが持ってきた確認書には契約者であるラルフ・スタインフェルドの署名が無かった。
 代わりにあったのは、令室であるローズ・スタインフェルドの署名。
 契約者は当主のラルフであり、当然家族は署名の対象者に含まれない。少々面倒だが、スタインフェルド家を訪ねラルフの署名を貰いに行かなくてはと思い、あの日このレザーファイルに確認書を挟んだ。
 
 ――それから自身は、スタインフェルド家を訪れたか?
 
 訪れていない。頭の中は連れ出したエルの事で埋め尽くされ、確認書の事は直ぐに頭から抜け落ちてしまった。

 手元のレザーファイルに挟まれた確認書は、何度見ても変わらない。
 “ローズ・スタインフェルド”の署名が、黒のインクでしっかりと書き示されていた。

「――セディ……!」

 レザーファイルを手に呆然と立ち尽くしていると、突如書類室の扉が力強く開かれた。
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