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XL 有益な情報-III
しおりを挟む「それで? 子供はいるのか?」
彼の問いに、1度間を置いた後「娘が2人」と答える。
ファイルの上に彼が足を乗せた所為で、書類に大きな皺が寄っていた。その所為で、閉じたファイルが少々浮いてしまっている。
「――では、君の娘は鏡に向かって話しかけたりするかい?」
もうこのファイルは、彼との会話中に使う事は無いだろう。隣のソファへ抛ろうと、ゆらりとファイルを持ち上げた。
しかしその手は、ファイルを抛る前に止まる。
「…………はい?」
ぱたりと、手から滑り落ちたファイルがソファの上に落ちた。
思わず聞き流しそうになってしまったその言葉は、随分と怪奇的な質問だ。
毒林檎で深い眠りに落ちた姫君の、かの有名なドイツの民話の話だろうか。確かあの民話も、鏡に向かって話し掛けていた筈だ。しかし話の流れからして、民話の話で無い事は明白である。
確かに娘2人は容姿が良く似ていて、時々鏡に映した様に見える事はある。しかしそれは、“映した様に見える”だけであって、実際鏡に向かって話し掛けている訳では決してない。
もしその様な行動を取る人物が居たとしたら、それは間違いなく精神異常、もしくは精神疾患の類だろう。
早急に医者を呼ぶ案件だと思うが、もしや先程彼が言った、養女の精神異常の嫌いとはその事を指しているのだろうか。
「――いや、聞いただけだ。無いなら、気にしなくていい」
俺が言葉を発する前に表情を見て察したのか、彼が肩を落とし言葉を漏らした。
「はっきりと見た訳では無いんだ。僕の、記憶違いかもしれない」
彼の言う養女の精神異常は、自身にとっても気掛かりな事ではある。もし万が一養女が問題を起こせば、自身に火の粉が飛ぶ事も考えられるからだ。
しかしこの取引は、もう10年以上も前に終了している。取引終了後はお互い干渉しないという掟があるにも関わらず、今更自身が首を突っ込むのは筋違いだ。
「――まぁいい。今日は此処で失礼するよ」
諦めた様に溜息を吐いた彼が、徐にソファから腰を上げた。
彼の顔には未だ不満が残っている。それも当然だろう。此処へ来て、何の収穫も無かったのだから。
自分の妹にあたる養女が、奇妙な行動を繰り返していたら誰だって不安に思う。出来る事なら、その子供を連れて来たブローカーに責任を押し付けてしまいたいだろう。
しかし、彼には同情するがそれは自身の仕事では無い。もし彼らが養子縁組を解消し、養女を捨ててしまおうが、その家の奴隷にしようが、仮に殺してしまったとしても、自身には全く関係のない話なのだ。
玄関へ向かった彼を追う様に、ソファから腰を上げた。
「――今日僕は、此処へは来ていないという事にしておいて欲しい」
玄関のコートラックに掛けたハットを手に、彼が此方に背を向けたまま呟いた。
「だが、口頭だけだと少々不安だね。口止め料を支払っても良いが、君は他の連中と違って金に執着していない様だ」
「そういう訳でも無いんですが」
ゆっくりと振り返った彼が、鋭い瞳を此方に投げる。
「代わりに、君が欲しい情報を与えよう。社交界の噂でも、子供を欲しがっている家でも。――勿論、エルの家の事でも、だ」
にこりと、彼が笑った。
それは此処へ来た当初と同じ、不気味で不自然な笑みだ。
その笑みから視線を外し、深く考え込む。
世の中に、知らなくて良い事はごまんとあるだろう。それを知ってしまったが故に、不用意に傷ついたり、日常が壊れてしまう事もあり得る。
「――では」
今から自分が問う事も、その知らなくて良い事なのかもしれない。聞いた事を後悔しないとは言い切れないだろう。
しかしエルの配偶者として、自身はそれを知るべきだと思った。
「――エルが消えた後の、エインズワース家の事を」
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