138 / 162
XL 有益な情報-II
しおりを挟む今の気分は、大変言葉にし難い。しかし敢えて言うのであれば、絶望的、もしくは憤懣だろうか。
資料を挟んだ黒のレザーファイルを片手に、彼の待つホールへと続く階段を降りる。
エルが自身の元へ来てから約1週間後。街案内に出た自分達が遭遇したのが彼だ。
泣いていたエルを前にして、彼はまるで当たり前だとでも言う様に「道を尋ねていた」と嘘を吐いた。
エルを連れ戻した安堵感からかその後彼の正体を突き止める事は無かったが、まさかこれ程時が経ってから答え合わせにする事になるとは思いもしなかった。
階段を降りた先で、ソファに腰を掛けた彼と視線が交わる。浮かべた微笑は、相変わらず不気味だ。
ファイルをテーブルに叩き付ける様に置き、彼と向かい合いソファに腰掛けた。
彼は名家スタインフェルド家の嫡男、キース・スタインフェルド。
スタインフェルド家とは、エルの誕生日パーティーが行われた晩に、元舞台女優であるマリア・ウィルソンの娘を養女に迎えた家だ。
子供の名前は、確かノエルと言っただろうか。彼はその養女について気になる点があった様で、此処を訪れたらしい。
過去の事があるだけに少々疑い深いが、今は彼に言われた通り養女の書類を提示する事しか出来ない。
現状に憤りを感じながらも、彼に見せる様ファイルを開いた。
彼の指が、静かに書類の文字をなぞる。
時々何かを呟いては、1人納得した様に読み進めていく姿を見ていると、養女について気になる点があったというのは事実の様だ。
自身の激しい鼓動を感じながら、ただ黙って彼の姿を見つめる。
「――ふむ、僕が気にしていた事は特に記述されていない様だ」
書類を全て読み終えた彼が、神妙な面持ちで顔を上げた。
「彼女には、精神疾患、もしくは精神異常の嫌いがあると見ていたんだが……」
「……何か、問題行動がおありで?」
「……いや」
彼が曖昧に言葉を濁す。
その顔に浮かぶのは、酷く当惑した表情だ。余程、養女に何か違和感を抱いているのだろう。
「――君、子供はいるかい?」
「……子供?」
突然の問いに、その言葉を復唱する様に問い返す。
「エルとの子供だ。エルを娶ったのは事実なのだろう」
彼の鋭い瞳が、自身の左手のリングを一瞥した。右手で隠す様に左手を握り、彼から顔を逸らす。
彼が無害だという保証は何処にも無い。エルと彼の関係は、ただの知人なんて物でもない筈だ。
だがもし仮にその気があるのなら、もっと早くに行動していただろう。持ち前の地位と財産を使えば、彼女の所在地を調べる事など容易い。
それに、自身がエルを娶った事を知られているのであれば、今更子供の有無を隠した所でなんの意味も無い事だ。
返答に困り言い淀んでいると、彼が苛立ったように大きな溜息を吐いた。
「――あぁ、もうなんだよ面倒臭いな」
身を投げる様にソファの背凭れに身体を預け、屈託そうな顔で此方を見つめる。
「別に今更、君からエルを取り返そうだなんて思っていないよ。先程の“あの言葉”は、君を揶揄っただけだ。君の絶望、もしくは憤怒が見たかったが、君の表情は驚く程変わらなかった。余程自分に自信がある様だね」
我儘な少年の様な口調で言い放つ彼は、とてもじゃないが紳士的だとは思えない。
先程の貴族らしい振る舞いから掛け離れたその姿に、酷く困惑する。
「そういう訳では」と反論の言葉を口にすると、彼がその言葉を制す様にわざとらしく咳払いをした。
「何方にせよ、今のエインズワース家とは関わりたくないんだ。君がエルの居場所を知られたくないのと同じ位、僕だってエルの夫である君と関わった事を周囲に知られたくないんだよ」
「……左様ですか」
「僕とエルの関係は、言わずもがな察しは付いているだろう。だがそれを、他言しないでくれ。もしそんな事が社交界にでも知れたら、間違いなくスタインフェルド家の名に傷が付く」
両足をテーブルに乗せ此方を睨む彼からはもう、先程の奇妙な感覚は伝わってこない。今の彼は狂気的というよりも、傲慢的だ。貴族特有のその横暴な振る舞いには呆然とする。
あの奇妙な感覚への疑問は未だ拭えないままだが、これ以上警戒するのは野暮だろうか。彼の言葉に肯定の意を示し、彼の足の下に敷かれたレザーファイルを引き抜いた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……
木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
もう一度だけ。
しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。
最期に、うまく笑えたかな。
**タグご注意下さい。
***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。
****ありきたりなお話です。
*****小説家になろう様にても掲載しています。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる