DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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XXXII カウンセリングとバスカー-II

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 溜息を吐き、仕方なく上げた腰をソファに戻した。話の続きを催促する様に、肘掛に右肘を突き彼に視線を送る。

「奥様の検診結果ですが、特に異状はありませんでした。栄養失調や、感染症の心配も今の所無いでしょう」

 マーシャの話をしていた時とは打って変わって、感情の読めない表情に戻った彼が淡々と告げた。
 その言葉に「そうか」と一言だけ返答し、彼の手元に置かれている紙を覗き込む。
 手書きの文字がびっしりと書かれたその紙は、患者のカルテの様だ。ほんの些細な心配事まで丁寧に書き示されていて、こう見えて患者思いな医者なのだと分かる。

「――ですが、適正体重を少し下回っています。元々、とても細身な方でしたが今のままでは出産に耐えられない可能性がありますので、食事はきちんと1日3度摂るようにしてください」

「あぁ……」

「それと、」

 彼がやや深刻そうな面持ちで、身体ごと此方に向きなおり神妙な声を上げた。彼の視線が一度だけアッシュトレイに向けられる。
 勘、というには曖昧過ぎるものだが、何となく彼のその先の言葉に察しが付いてしまった。必死に頭を捻り、正当な言い訳を考える。

「――そのお煙草、どうにかなりませんか」

 考えるだけ無駄だった様だ。抑々、煙草に正当な言い訳等存在する訳が無い。
 案の定、とも言える彼の言葉に、自身の膝に両肘を突き頭を抱える。どう足掻いても、煙草を肯定できる言葉が出て来ない。
 諦めを込めて、小さく頷いた。

「……どうにかしたいとは、自分でも思ってる」

「思うのは簡単ですがね」

 彼の言葉が、容赦なく刺さる。

「煙草は依存性が高いですから、辞められない気持ちも分かります。ですが、やはり医者としては言わざるを得ません。母体だけじゃなく、胎児にも悪影響が及ぶんですよ」

「…………分かってる」

 今迄、散々エルの為に煙草を辞めようと、思う事だけはしてきた。だが実際、煙草の量を減らす事は出来たものの辞める迄に至らない。
 その都度煙草への依存を実感してきたが、今回ばかりはそんな事を言っている場合では無い様だ。

「……煙草、なぁ」

 シャツの胸ポケットに入れていたシガレットケースを取り出し、蓋を開いた。
 煙草は残り5本。そろそろ買い足さなければ、なんて無意識的に思ってしまう。

「いっそ、ケースとマッチを処分してはどうでしょう。もしくは、奥様に預けるなど」

「いや、そんな事しなくても辞めようと思えば……」

「そんな事ばかり言っているから、辞められないんですよ」

 返す言葉も無く、口を噤む。
 ケースを閉じ、テーブルの方へと抛った。ケースがアッシュトレイにぶつかり、ぐらりと揺れる。

「まぁいいです」

 椅子の背に、身を投げる様に凭れ掛かった彼が「妊婦や子供の前で吸わなければ」と一言付け加えた。

 息をするのも許されない様な、そんな気さえしてくる診察室の重い空気に自然と心拍があがる。
 煙草の話をされると肩身が狭くなるのは、喫煙者の宿命だ。
 これも家族の為だと割り切り、潔く辞めるしかない。
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