DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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XXXI 擦れ違い-I

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 静かな部屋に響くのは、規則正しい秒針の音。
 1人離れた位置で壁に凭れ掛かり、視線だけをベッドに向ける。

「――妊娠初期は安静にするようにと、あれ程申し上げたのに」

 呆れの籠った重い男の声が、静寂を裂いた。

 彼はエドワード・マクファーデン。数年前、突然行方不明になった街医者のティンバーレイク医師の代わりに、新しくこの街に来た医師だ。
 優秀な内科医らしいが、彼は常に無表情で感情が読めない。彼と同じく表情が豊かでない自分が言える事では無いが、彼には少々取っ付き難さを感じた。

「まともな食事を摂っていなかったのでしょう。軽い栄養失調です。心配ありませんよ」

「――そう、か」

 彼の視線が、此方に向く。
 眼鏡の奥の瞳は冷たく、直視出来ずに顔を背けた。

「貴方、仮にも彼女の旦那様パートナーでしょう。何故気付く事が出来なかったのですか」

「……」

「妊娠初期は流産しやすい危険な時期です。配偶者パートナーが居ると仰ったので家に帰しましたが……、まさか知らなかったなんて。今後も旦那様のサポート無く、こうして倒れる事が増えるなら入院の手続きを進めて頂かなくてはなりませんね」

 彼の言葉に、何も言い返す事が出来ず強く唇を噛んだ。
 溜息を吐いて、ベッドの横の丸椅子から立ち上がった彼が乱れたブラウンのスーツを手早く直す。

「突然病院に駆け込んできた時はどうなる事かと思いましたが、大事に至らず安心しました。念の為、2、3日後に一度診察に来てください」

「……はい」

 飲み水を汲んだグラスを彼に差し出し、支度をする彼の顔を盗み見る。過去に何度か診療所周辺で見かけた事はあったが、近距離で彼を見るのは今日が初めてだった。
 細いシルバーフレームの眼鏡にバイオレットの瞳が印象的な、まだ若い男性医師。彼がこの街に来た当時多くの女性が彼の顔立ちを噂しているのを耳にしたが、それも納得できる程眉目秀麗な男だ。

 グラスの水を一気に飲み干した彼が、深く溜息を吐いた。

「貴方と会うのは初めてですね。マーシャからよく、話は聞いていますよ」

「……マーシャ?」

 思わぬ人物の名前に、反射的に問い返す。

「マーシャとは個人的に親交がありまして。マーシャの言う貴方の人物像と、実物の貴方は大きく違う様だ。今日会って、正直驚きました」

 彼が意味有り気に、口元を緩めた。

「……あぁ、それと。貴方の奥様、空いた左手の薬指を気にしている様でしたよ」

 スーツと同じ色の、革の鞄を持った彼が玄関へと足を向ける。その後を追うと、「見送りは結構」と俺を手で制した。

「では、私はこれで」

 静かに扉を開閉し、夜の街へと去っていく彼の背を眺めながら、ベッドの横の丸椅子に腰を掛ける。
 美しい顔で眠る今の彼女は、まるで童話の姫君の様だ。本当に息をしているのかと不安になる。

 彼女の頬を指先で突き、ゆっくりを頬全体に掌を這わせた。
 顔色が悪い所為で、今日は特に色白なのが目立つ。

「……エル」

 掌に触れる脈に彼女のせいを感じながら、囁く様に彼女の名を呼んだ。

 次彼女が目を覚ましたら、またいつもの様に笑ってくれるだろうか。
 また、いつもの様に愛おしい声で俺の名を呼んでくれるだろうか。

 彼女の左手をそっと掬い取る。そして、空いた薬指に触れるだけのキスを落とした。

「セドリック……?」

 彼女の睫毛が僅かに揺れ、ゆっくりと瞳が開かれた。
 宝石の様に濁りが無い、美しいイエローブラウンの瞳が俺の姿を捉える。
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