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XXVII 護るべき者と、壊すべき者-I
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アルフレッド・ガーランドの取り巻き――ウォーレン・バークレイには、17歳になったばかりの妹がいた。
バークレイ兄妹は早くに両親を亡くし、それからはずっと2人で暮らしていたそうだ。1人きりで献身的に妹を支えるウォーレンは、周囲の人間に親しまれ、信頼を寄せられる好青年だったらしい。
そんな彼が何故、ロンドンを騒がせる婦女暴行事件に加担する事になってしまったのか?
その答えは簡単かつ、決して特別な物では無かった。
女癖の悪いアルフレッドが毒牙に掛けたのは、ウォーレンの妹、ステラ・バークレイ。
ステラだけは守りたかったウォーレンは、アルフレッドに懇願した。「何でも言う事を聞くから、ステラにだけは手を出さないで欲しい」と。
その日からウォーレンは、アルフレッドが起こす暴行事件に加担する様になった。
アルフレッドに逆らえない彼は、幾度となく罪の無い女性を傷付け、その罪の意識から次第にウォーレンは精神を病んでいく。
全ては亡くなった両親から託された、最愛の妹を守る為。そしてステラを支え続ける為に、彼は自身を殺める事すらも許されなかった。
仮に自身の死をもって償ったとしても、アルフレッドがステラに手出しをしない保証も無く、更には身寄りのないステラを路頭に迷わせてしまうのは明確だった。
彼の中の、唯一つの希望。それは、あの高慢なアルフレッドを闇へ葬ってしまう事だった。そうすれば、自身とステラにはまた平穏な毎日が戻る。
しかし、気が弱く心優しいウォーレンにこれ以上罪を重ねる事が出来る筈も無く、その希望は儚くも絶望に変わるだけだった。
――そんな彼を“救いの手”と称して計画に利用しようとしたのは、俺の幼馴染であり、共犯者のマーシャだ。
ウォーレンから入手したのは、彼が日常的に使用していたローブと使い古した靴、そして彼の名前が刻印されたジャックナイフ。その3つを身に纏い、深夜2時の貧民街を唯只管に進む。
街灯の無い貧民街を照らすのは、空に浮かぶ月のみ。しかし今晩は天気が悪く、雲に隠れてしまい肝心の月が見えない。
建物から漏れる仄かな灯りを頼りに、薄気味悪い街の奥へと足を向けた。
奥へ進めば進む程、見覚えのある街並みに記憶が蘇る。酒場の踊り子――アリアに絡まれたのもこの場所だ。だが此処に、懐かしさの様な情緒は無い。出来れば、もう二度と足を運びたくなかった場所だ。
寸分の狂いも許されない緻密な計画を脳内で何度も繰り返しながら、目深に被ったフードで顔を隠し歩を進める。
角を曲がった先にある民家街。その中の1つが、本日の目的地。
民家として機能しているか疑わしい、廃墟じみたその街は家を1つ1つ見分けるのにも非常に苦労する。
しかし、幸いこの民家街には覚えがあった。
その記憶だけを頼りに、狭く薄暗い道を進んでいく。
――自身の記憶と重なる、1軒の家。窓から僅かに暖色光が漏れ、人が住んでいる事は一目で分かる。
ジャケットの内ポケットに入った4つ折りの紙に触れ、ゆっくりと息を吐いた。“これ”さえ上手くやれれば、後は楽に物事が進められる筈だ。
錆びれたドアノッカーに手を掛け、4度強く叩く。
扉が開く迄の時間。
それは永遠にも思える程、長く感じられた。
言葉を1つ1つ考えられる程、彼を良く知っている訳では無い。
明確に分かっている事と言えば、周囲の反応を見る限り見縊ってはいけない人物だ、という事だろうか。
彼を殺す前に、自分が殺されてしまう可能性も考えられる。
ある程度の護身術は身に着けているが、計画などの全てを考慮した上で、冷静に行動しなくてはならない。考え事をしながら相手を制圧出来る程、護身に長けている訳では当然無かった。
「――誰」
約、拳1つ分程開かれた扉の隙間から、男の気だるげな声が聞こえた。
思索に耽っていた所為で、扉が解錠された事に気が付かなかったらしい。
早くなった鼓動を必死に抑え、咳払いをし口を開く。
「夜分遅くに失礼致します。以前、アルフレッド・ガーランド様からご依頼を頂きました件につきましてご提案があり参りました、アンドールです。お忙しいとは思いますが、少々お時間頂けないでしょうか」
普段とは違う声音で吐いた言葉は、事前に用意していた台詞。過度だと思える程の丁寧な言い回しは、普段貴族相手に使っている言葉だ。仕事上慣れてはいるが、この口調はあまり好きにはなれない。
扉を開けた人物の顔は、此処からでは良く見えない。勿論、相手方にも自分の顔は見えていないだろう。しかし扉の向こう側の彼は、名前と声だけで自身が誰か分かった様だ。
彼が下品な笑いを漏らし、扉を大きく開けた。
バークレイ兄妹は早くに両親を亡くし、それからはずっと2人で暮らしていたそうだ。1人きりで献身的に妹を支えるウォーレンは、周囲の人間に親しまれ、信頼を寄せられる好青年だったらしい。
そんな彼が何故、ロンドンを騒がせる婦女暴行事件に加担する事になってしまったのか?
その答えは簡単かつ、決して特別な物では無かった。
女癖の悪いアルフレッドが毒牙に掛けたのは、ウォーレンの妹、ステラ・バークレイ。
ステラだけは守りたかったウォーレンは、アルフレッドに懇願した。「何でも言う事を聞くから、ステラにだけは手を出さないで欲しい」と。
その日からウォーレンは、アルフレッドが起こす暴行事件に加担する様になった。
アルフレッドに逆らえない彼は、幾度となく罪の無い女性を傷付け、その罪の意識から次第にウォーレンは精神を病んでいく。
全ては亡くなった両親から託された、最愛の妹を守る為。そしてステラを支え続ける為に、彼は自身を殺める事すらも許されなかった。
仮に自身の死をもって償ったとしても、アルフレッドがステラに手出しをしない保証も無く、更には身寄りのないステラを路頭に迷わせてしまうのは明確だった。
彼の中の、唯一つの希望。それは、あの高慢なアルフレッドを闇へ葬ってしまう事だった。そうすれば、自身とステラにはまた平穏な毎日が戻る。
しかし、気が弱く心優しいウォーレンにこれ以上罪を重ねる事が出来る筈も無く、その希望は儚くも絶望に変わるだけだった。
――そんな彼を“救いの手”と称して計画に利用しようとしたのは、俺の幼馴染であり、共犯者のマーシャだ。
ウォーレンから入手したのは、彼が日常的に使用していたローブと使い古した靴、そして彼の名前が刻印されたジャックナイフ。その3つを身に纏い、深夜2時の貧民街を唯只管に進む。
街灯の無い貧民街を照らすのは、空に浮かぶ月のみ。しかし今晩は天気が悪く、雲に隠れてしまい肝心の月が見えない。
建物から漏れる仄かな灯りを頼りに、薄気味悪い街の奥へと足を向けた。
奥へ進めば進む程、見覚えのある街並みに記憶が蘇る。酒場の踊り子――アリアに絡まれたのもこの場所だ。だが此処に、懐かしさの様な情緒は無い。出来れば、もう二度と足を運びたくなかった場所だ。
寸分の狂いも許されない緻密な計画を脳内で何度も繰り返しながら、目深に被ったフードで顔を隠し歩を進める。
角を曲がった先にある民家街。その中の1つが、本日の目的地。
民家として機能しているか疑わしい、廃墟じみたその街は家を1つ1つ見分けるのにも非常に苦労する。
しかし、幸いこの民家街には覚えがあった。
その記憶だけを頼りに、狭く薄暗い道を進んでいく。
――自身の記憶と重なる、1軒の家。窓から僅かに暖色光が漏れ、人が住んでいる事は一目で分かる。
ジャケットの内ポケットに入った4つ折りの紙に触れ、ゆっくりと息を吐いた。“これ”さえ上手くやれれば、後は楽に物事が進められる筈だ。
錆びれたドアノッカーに手を掛け、4度強く叩く。
扉が開く迄の時間。
それは永遠にも思える程、長く感じられた。
言葉を1つ1つ考えられる程、彼を良く知っている訳では無い。
明確に分かっている事と言えば、周囲の反応を見る限り見縊ってはいけない人物だ、という事だろうか。
彼を殺す前に、自分が殺されてしまう可能性も考えられる。
ある程度の護身術は身に着けているが、計画などの全てを考慮した上で、冷静に行動しなくてはならない。考え事をしながら相手を制圧出来る程、護身に長けている訳では当然無かった。
「――誰」
約、拳1つ分程開かれた扉の隙間から、男の気だるげな声が聞こえた。
思索に耽っていた所為で、扉が解錠された事に気が付かなかったらしい。
早くなった鼓動を必死に抑え、咳払いをし口を開く。
「夜分遅くに失礼致します。以前、アルフレッド・ガーランド様からご依頼を頂きました件につきましてご提案があり参りました、アンドールです。お忙しいとは思いますが、少々お時間頂けないでしょうか」
普段とは違う声音で吐いた言葉は、事前に用意していた台詞。過度だと思える程の丁寧な言い回しは、普段貴族相手に使っている言葉だ。仕事上慣れてはいるが、この口調はあまり好きにはなれない。
扉を開けた人物の顔は、此処からでは良く見えない。勿論、相手方にも自分の顔は見えていないだろう。しかし扉の向こう側の彼は、名前と声だけで自身が誰か分かった様だ。
彼が下品な笑いを漏らし、扉を大きく開けた。
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