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XXVI 彼女に向けた銃口-III
しおりを挟む「――手元が狂った? それとも、私の事を殺せなかったの?」
マーシャの腕を掠めた弾丸は、背後の壁に埋もれている。
数か月前に張り替えたばかりの壁紙が台無しだ。
「相変わらず無駄口が多いな」
溜息を吐いて、ソファに身を投げる様に腰を下ろした。
周辺に、あまり住宅が無いのが不幸中の幸いだった。先程の銃声で、通報をされてしまったら元も子もない。
冷静さを取り戻した今、漸く沸き上がった焦りに冷や汗が滲む。
自分に、マーシャを殺せる訳が無い。どれだけ男への憎悪で満ちていても、理性はまだ保っているつもりだ。
押し寄せる疲労感に頭痛がする。
「最近、セディに凶器向けられる事多いなぁ。この前の首の傷、まだ治ってないんだよね」
彼女の首には、確かにまだ傷が残っている。想像以上に傷が深かった様だ。
それに関しては、罪悪感を抱いていない訳では無い。
しかし、今回の一件は確実に自分に非は無い筈だ。銃を向けたのは彼女が指示したからであって、意図的な行動では無い。
「お前が殺せって言ったんだろ」
「まぁ今回はね」
彼女が笑いながら、向かいのソファに腰掛けた。
「でも、律義に言う事聞くなんてセディは可愛いなぁ。別に私を置いて、出て行っちゃえばいいだけなのにね」
「……!」
彼女に言われるまで、その方法は思いつかなかった。確かに彼女に銃を向けなくたって、そのまま此処を出て行ってしまえば良かった事じゃないか。
彼女が身体を前に倒して笑いを堪えているが、その肩は小刻みに震えている。
自身の考えがそこまで及ばなかった事への羞恥に耐えきれず、手近な場所にあったクッションを彼女へ思い切り投げつけた。
「――おふざけはこの位にして、本題に入ろうか。今回は特別に、このマーシャ様が完全犯罪を伝授してあげよう」
「……今迄散々口出ししてきたと思ったら、今度は殺人の伝授だと? 笑わせるな」
「まぁまぁ、話は最後まで聞きなさいな」
マーシャが徐に、ポケットから手紙を取り出した。
宛先も差出人も書かれておらず、封もされていない。無言で彼女に目を遣ると、彼女は“読め”とでも言う様に小さく頷いた。
封筒の中から取り出した二つ折りの紙をそっと開き、視線を落とす。
「――……」
お世辞にも綺麗だとは言えぬ文字に、ミスの多い綴り、回りくどい文章。
差出人は子供、もしくは十分な教養を身に着けていない人物だろうか。読み書きが不得手な人間が書いた手紙だと見て取れる。
ただ1つ気掛かりなのは、手紙の内容だ。明らかにこれは誰かの“遺書”だろう。
読み辛く理解し難い文章ではあるが、憎悪や恐怖が酷く伝わってくる。とても、読んでいて気分の良い物では無い。
「……なんだこれ」
「見ての通り、遺書」
手紙の最後に書かれた、この手紙を書いたであろう人物の名前。当然だが、知らない人物だ。
「……その遺書を書いた人が、連続婦女暴行事件の主犯格、アルフレッド・ガーランドを殺害した犯人」
「……!?」
未だ表情を変えない彼女が、「に、なる人」と一言だけ付け加える。
「その人に、セディの罪を被って死んでもらう」
彼女がゆったりとした動作で足を組みなおし、不気味な含み笑いを浮べた。
能力の事もあり、彼女は人並み以上の頭脳を持っているのだろうとは思っていたが、どうやらそれは想像以上の物だったらしい。
敵に回したくない人物は他でも無い、目の前のマーシャだ。
手に持った遺書をテーブルに抛り、ソファの背凭れに深く沈む。
「お前、いつも何処でこんな情報仕入れてんの?」
「……ナイショ♡」
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