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XXVI 彼女に向けた銃口-I
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黎明前の、職場の2階。玄関から一番遠い、シークレットルーム。
壁紙と同じ模様が扉に施され、遠目で見ただけでは、誰も此処に部屋がある事に気付かないだろう。
数多くの銃器が格納されたこの部屋は、所謂武器庫の様な場所だ。とは言え今は、銃器の他にも様々な物が置かれ最早物置と化している。
その中で手に取ったのは、回転式拳銃。先日ルーシャから譲り受けた物だ。
シリンダーを横に振り出し、弾を込める。
昨晩エルの口からあの男の名前を聞いて、自身が今迄保っていた何かが全て崩れた気がした。
警察の目を欺くには、なんて呑気に計画を立てている場合では無い。これ以上あの男をエルに近づけない為に、エルの瞳に映さない為に、今すぐにでも実行しなくてはならない。
実弾入りの拳銃を、ジャケット下に着用したショルダーホルスターに差し込んだ。
足早に部屋を出て、黒の手袋を嵌めながら階段を降りる。
足跡が現場に残る事を想定し、着用したのは真新しい革靴。普段自身が着用している物とは別の形の物だ。これで現場に足跡が残ろうと、自身の物だとは気付かれないだろう。
肝心の凶器は、川の何処かにでも捨ててしまえば良い。譲り受けたばかりの銃を使い捨てにしてしまうのは少々気が引けるが、それも止むを得ない。
――それかいっそ全てを捨てて、エルと2人でロンドンを離れ何処か遠い場所まで逃げてしまおうか。
鉄道や船を使い、足が付かない程遠い国迄。
もうこの際、それでも良い。彼女と2人なら、きっと1から始められる。
「――こんな時間に、何処行くの」
静かなホールに響く、聞き慣れた声に足を止めた。
顔を上げ、声の主に視線を向ける。
「お前には関係ない」
「酷いなぁ。セディを止める為に、態々この時間まで起きててあげたのに」
薄ら笑いを浮べ、彼女――マーシャがふらりと此方に近づいてきた。
「やるなら、確実に足が付かない方法でやんなよ」
彼女が何の躊躇いも無くジャケットの内側に手を差し込み、ショルダーホルスターから銃を抜き取った。
普通の女なら、銃に触れる事すら躊躇う筈だ。だがマーシャは、躊躇うどころか手遊びでもする様にトリガーガードに指を引っ掛け、目の高さまで持ち上げた銃を楽し気にゆらゆらと揺らして見せた。
「……何で分かった」
「ベストとジャケット着て、ネクタイまできつく締めて、如何にもこれから依頼者に会いに行きます、なんて格好してるのに髪結ってないし。それに、セディがこんな時間に依頼者に会いに行くなんて有り得ないでしょ」
「……理由になってねぇよ」
舌打ち交じりに溜息を吐き、左目に掛かった髪を掻き上げる。
こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。こんな場所で時間を無駄に消費する訳にはいかない。
「扱いなれてない物で殺すなんて、感心しないなぁ」
「銃の腕は、お前よりかは確かな筈だが」
「……そうだっけ」
彼女が乾いた笑いを漏らした。
外からは風の音1つせず、ホールに響くのは規則正しい秒針の音のみ。此処だけ時が止まってしまったかの様な錯覚に陥る。
「……じゃあさ」
彼女の顔から、ふと笑みが消えた。
「1発で私を撃ち殺せたら、行っていいよ」
煩い程の無音を切り裂いたのは、耳を疑う様な言葉。聞き間違いであって欲しいと思うと同時に、彼女が俺の手に銃を押し付けた。
気でも触れてしまったのだろうか。思考を埋め尽くす懐疑を、少しでも緩和させてくれないかと彼女の瞳を見つめる。
しかし、彼女はそれ以上何も言わずただ微笑むだけだった。
壁紙と同じ模様が扉に施され、遠目で見ただけでは、誰も此処に部屋がある事に気付かないだろう。
数多くの銃器が格納されたこの部屋は、所謂武器庫の様な場所だ。とは言え今は、銃器の他にも様々な物が置かれ最早物置と化している。
その中で手に取ったのは、回転式拳銃。先日ルーシャから譲り受けた物だ。
シリンダーを横に振り出し、弾を込める。
昨晩エルの口からあの男の名前を聞いて、自身が今迄保っていた何かが全て崩れた気がした。
警察の目を欺くには、なんて呑気に計画を立てている場合では無い。これ以上あの男をエルに近づけない為に、エルの瞳に映さない為に、今すぐにでも実行しなくてはならない。
実弾入りの拳銃を、ジャケット下に着用したショルダーホルスターに差し込んだ。
足早に部屋を出て、黒の手袋を嵌めながら階段を降りる。
足跡が現場に残る事を想定し、着用したのは真新しい革靴。普段自身が着用している物とは別の形の物だ。これで現場に足跡が残ろうと、自身の物だとは気付かれないだろう。
肝心の凶器は、川の何処かにでも捨ててしまえば良い。譲り受けたばかりの銃を使い捨てにしてしまうのは少々気が引けるが、それも止むを得ない。
――それかいっそ全てを捨てて、エルと2人でロンドンを離れ何処か遠い場所まで逃げてしまおうか。
鉄道や船を使い、足が付かない程遠い国迄。
もうこの際、それでも良い。彼女と2人なら、きっと1から始められる。
「――こんな時間に、何処行くの」
静かなホールに響く、聞き慣れた声に足を止めた。
顔を上げ、声の主に視線を向ける。
「お前には関係ない」
「酷いなぁ。セディを止める為に、態々この時間まで起きててあげたのに」
薄ら笑いを浮べ、彼女――マーシャがふらりと此方に近づいてきた。
「やるなら、確実に足が付かない方法でやんなよ」
彼女が何の躊躇いも無くジャケットの内側に手を差し込み、ショルダーホルスターから銃を抜き取った。
普通の女なら、銃に触れる事すら躊躇う筈だ。だがマーシャは、躊躇うどころか手遊びでもする様にトリガーガードに指を引っ掛け、目の高さまで持ち上げた銃を楽し気にゆらゆらと揺らして見せた。
「……何で分かった」
「ベストとジャケット着て、ネクタイまできつく締めて、如何にもこれから依頼者に会いに行きます、なんて格好してるのに髪結ってないし。それに、セディがこんな時間に依頼者に会いに行くなんて有り得ないでしょ」
「……理由になってねぇよ」
舌打ち交じりに溜息を吐き、左目に掛かった髪を掻き上げる。
こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。こんな場所で時間を無駄に消費する訳にはいかない。
「扱いなれてない物で殺すなんて、感心しないなぁ」
「銃の腕は、お前よりかは確かな筈だが」
「……そうだっけ」
彼女が乾いた笑いを漏らした。
外からは風の音1つせず、ホールに響くのは規則正しい秒針の音のみ。此処だけ時が止まってしまったかの様な錯覚に陥る。
「……じゃあさ」
彼女の顔から、ふと笑みが消えた。
「1発で私を撃ち殺せたら、行っていいよ」
煩い程の無音を切り裂いたのは、耳を疑う様な言葉。聞き間違いであって欲しいと思うと同時に、彼女が俺の手に銃を押し付けた。
気でも触れてしまったのだろうか。思考を埋め尽くす懐疑を、少しでも緩和させてくれないかと彼女の瞳を見つめる。
しかし、彼女はそれ以上何も言わずただ微笑むだけだった。
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