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XXIV 探していた名前-I
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「……」
職場と称した古びた屋敷。中に入るなり聞こえてきたのは、聞くに堪えないヴァイオリンの音色。
ホールのソファで頭を抱えるマーシャの姿に、今日は珍しく“彼”が此処に来ている事を察知した。
「……無理、頭が割れる……」
この世の終わりの様な顔をしたマーシャが、ゆらりと身体を揺らす。
「……吐きそう」
「此処で吐くなよ」
彼女の向かいのソファに足を組んで座り、手近な場所に置かれていた本をなんと無しに開く。
この聞くに堪えないヴァイオリンの音色を奏でているのは、自分達が最も毛嫌いしている男。彼は銃器や刃物、その他一般では流通していない物を扱う、所謂武器商人だ。
エルをベッドに繋ぐのに使用した手錠も、彼から譲り受けた物である。
「何であいつが此処に居るんだ。色々面倒な奴だから、此処には入れるなって言っただろ」
「私があいつを自ら此処に招くわけ無いでしょ。気が付いたら入ってきてたんだよ……」
思い返してみれば、玄関の鍵穴周辺に無数の引っ掻き傷があった。孤児の悪戯だと思っていたが、どうやらあの男の仕業らしい。随分と手洗いピッキングだが、特殊な鍵を使用しているこの屋敷の扉を開く事が出来たのには感心する。
「あぁもう! 煩い!」
バン、とマーシャが強くテーブルを叩き、ソファを倒さんばかりの勢いでその場に立ち上がった。怒りを露わにして彼女が向かっていくのは、ヴァイオリンの音色の出所。
彼と激しく口論するマーシャの声を聞きながら、手元の本に視線を落とした。
“Empathy《共感》”と表紙に書かれたこの本は、エンパスやハイリー・センシティブ・パーソン、共感覚等を題材にした心理学の本の様だ。マーシャが持ち込んだ本だろうか。
童話等の物語を好む彼女が、心理学――それも医学書寄りの本を持ち込むのは非常に珍しい。意外性を感じながらも、ぱらぱらと適当にページを捲る。
専門的な言葉ばかりが並んだ文章は、脳内に記憶される事無くそのまま抜けていく。元々読書好きでは無い事が原因かもしれないが、専門外の言葉を見聞きすると瞼が重くなってくるのは何故だろう。
欠伸を噛み殺し、重いハードカバーを閉じた。
「……?」
ひらりと、1枚の紙が足元に落ちる。
拾うのが少々億劫だが、本の隙間から落ちたであろうその紙には何やら文字が書かれていた。
後でマーシャに文句を言われては面倒だ。重い身体を曲げ、その紙を指先で摘まんで拾い上げる。
“When you have finished reading this, come and see me. 《これを読み終えたら、会いに来てください。》”
やけに丁寧で綺麗な字だが、何処にでもある様な安物の紙だ。それに、何かの紙を破って作った様な跡がある。
貴族からの手紙では無い事は見て取れるが、マーシャに本を貸し借りする相手が居るとは到底思えない。
疑問を抱きつつその紙を1ページ目に挟み、彼女が座っていたソファの方へその本を抛った。
背後から足音が聞こえ、振り返る。
「……あまりの煩さに殺してやろうかと思った」
物騒な事を言いながら階段を降りてきたのは、疲れ切った顔をしたマーシャだった。そんな彼女に掛ける言葉が見つからず、無言で足を組み直す。
職場と称した古びた屋敷。中に入るなり聞こえてきたのは、聞くに堪えないヴァイオリンの音色。
ホールのソファで頭を抱えるマーシャの姿に、今日は珍しく“彼”が此処に来ている事を察知した。
「……無理、頭が割れる……」
この世の終わりの様な顔をしたマーシャが、ゆらりと身体を揺らす。
「……吐きそう」
「此処で吐くなよ」
彼女の向かいのソファに足を組んで座り、手近な場所に置かれていた本をなんと無しに開く。
この聞くに堪えないヴァイオリンの音色を奏でているのは、自分達が最も毛嫌いしている男。彼は銃器や刃物、その他一般では流通していない物を扱う、所謂武器商人だ。
エルをベッドに繋ぐのに使用した手錠も、彼から譲り受けた物である。
「何であいつが此処に居るんだ。色々面倒な奴だから、此処には入れるなって言っただろ」
「私があいつを自ら此処に招くわけ無いでしょ。気が付いたら入ってきてたんだよ……」
思い返してみれば、玄関の鍵穴周辺に無数の引っ掻き傷があった。孤児の悪戯だと思っていたが、どうやらあの男の仕業らしい。随分と手洗いピッキングだが、特殊な鍵を使用しているこの屋敷の扉を開く事が出来たのには感心する。
「あぁもう! 煩い!」
バン、とマーシャが強くテーブルを叩き、ソファを倒さんばかりの勢いでその場に立ち上がった。怒りを露わにして彼女が向かっていくのは、ヴァイオリンの音色の出所。
彼と激しく口論するマーシャの声を聞きながら、手元の本に視線を落とした。
“Empathy《共感》”と表紙に書かれたこの本は、エンパスやハイリー・センシティブ・パーソン、共感覚等を題材にした心理学の本の様だ。マーシャが持ち込んだ本だろうか。
童話等の物語を好む彼女が、心理学――それも医学書寄りの本を持ち込むのは非常に珍しい。意外性を感じながらも、ぱらぱらと適当にページを捲る。
専門的な言葉ばかりが並んだ文章は、脳内に記憶される事無くそのまま抜けていく。元々読書好きでは無い事が原因かもしれないが、専門外の言葉を見聞きすると瞼が重くなってくるのは何故だろう。
欠伸を噛み殺し、重いハードカバーを閉じた。
「……?」
ひらりと、1枚の紙が足元に落ちる。
拾うのが少々億劫だが、本の隙間から落ちたであろうその紙には何やら文字が書かれていた。
後でマーシャに文句を言われては面倒だ。重い身体を曲げ、その紙を指先で摘まんで拾い上げる。
“When you have finished reading this, come and see me. 《これを読み終えたら、会いに来てください。》”
やけに丁寧で綺麗な字だが、何処にでもある様な安物の紙だ。それに、何かの紙を破って作った様な跡がある。
貴族からの手紙では無い事は見て取れるが、マーシャに本を貸し借りする相手が居るとは到底思えない。
疑問を抱きつつその紙を1ページ目に挟み、彼女が座っていたソファの方へその本を抛った。
背後から足音が聞こえ、振り返る。
「……あまりの煩さに殺してやろうかと思った」
物騒な事を言いながら階段を降りてきたのは、疲れ切った顔をしたマーシャだった。そんな彼女に掛ける言葉が見つからず、無言で足を組み直す。
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