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XII 悪夢と優しい笑顔-I
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温かな風が、髪を揺らす。
エルとの生活にも慣れ、今やこの生活が当たり前となった。
相変わらず彼女との関係に変化は無い。友人とも、家族とも、恋人とも呼べない曖昧な関係のままだ。それにマーシャも何か思う事でもあったのか、あれからエルとの関係を詮索する様なことはしなくなった。
――冬が訪れる前の、8月末。
週に一度の休日である今日、約2時間程乗合馬車に揺られ、エルと2人でロンドンから離れた小さな街へと来ていた。
普段休日は、昼まで眠っている事が殆どであり、更には1日をベッドの上で過ごす。しかし彼女への気持ちを自覚してしまったからか、毎晩眠りが浅く早朝に目を覚ましてしまう日が続いていた。
そして二度寝をするにも眠気が足りず、流れでエルと朝食を取り新聞をぼんやりと眺めていた時、彼女からとある提案をされた。「冬になる前に、緑豊かな丘へ散歩に行きましょう」と。
これが惚れた弱みというものなのだろうか。外出は少々面倒だと思う気持ちがありながらも、彼女が喜んでくれるならと二つ返事で承諾してしまった。
辿り着いた丘は、非常に居心地の良い場所だ。強い日差しを遮る木も多く、風通りも良い。
こんなにも快適な場所なら、家族連れも多いのではないだろうか。今日は良いピクニック日和である。
しかし、今日は平日。世間一般では、仕事に勤しむ日だ。辺りを見渡す限り、この丘に人は居ない。
世の休日と自身の休日が重なると仕事に不都合が出る為、自身は常に平日に休みを設けていた。その為、休日に人混みと遭遇する事は殆ど無い。人混みが苦手な自身にとってはそれは何よりも好都合だ。そして、本来人で賑わう筈の丘が貸し切り状態だという事にも安堵していた。
太い木の幹を背凭れにして座り、1人分程のスペースを空けて隣に座る彼女に視線を向ける。
今しがた、昼食であるサンドイッチを食べ終わった所だ。手際良く後片付けをしている彼女を眺めながら、ふと気になった事を口にした。
「――お前、マーシャとはどの位の頻度で会ってるんだ」
「マーシャ? そうねぇ……、週に1度や2度、程度かしら」
「そんなに会ってるのか……。あいつは人を揶揄って遊ぶのが好きだからな、会話していると疲れるだろ」
「そんな事無いわ。彼女は良い人よ。私を凄く気に掛けてくれているし、いつも楽しい話を聞かせてくれるの」
彼女の表情は穏やかで、マーシャとは良い交友関係を築けているのだという事が伝わってくる。
「俺に対しては悪ふざけばかりだがな。まぁそれも、あいつとは家族みたいな関係だからってのもあるんだろうが……」
「……家族」
ぽつりと言葉を漏らした彼女が、後片付けをしていた手を止める。そんな彼女を疑問に思い再び視線を向けると、その顔には影が掛かっていた。
何処か不服そうな、不安そうな、感情が読めない表情だ。何か、気に障る様な事でも言ってしまったのだろうか。
「エル?」
彼女の顔を覗き込み、なるべく穏やかにその名を呼ぶ。
「……なに」
しかし、彼女の返答は素っ気なく、何処か棘のあるものだった。
「なんだ、その顔」
「……別に」
彼女の視線は手元に落ちたまま。後片付けを再開するも、怒りや苛立ちを感じさせる手付きをしていた。
マーシャの話題を出した時は、彼女は確かに穏やかだった。なのに何故、こうも機嫌を悪くしてしまったのだろうか。
これ以上彼女を詮索すると、本当に怒られてしまいそうだ。彼女から視線を外し、再び木の幹に凭れ掛かった。
エルとの生活にも慣れ、今やこの生活が当たり前となった。
相変わらず彼女との関係に変化は無い。友人とも、家族とも、恋人とも呼べない曖昧な関係のままだ。それにマーシャも何か思う事でもあったのか、あれからエルとの関係を詮索する様なことはしなくなった。
――冬が訪れる前の、8月末。
週に一度の休日である今日、約2時間程乗合馬車に揺られ、エルと2人でロンドンから離れた小さな街へと来ていた。
普段休日は、昼まで眠っている事が殆どであり、更には1日をベッドの上で過ごす。しかし彼女への気持ちを自覚してしまったからか、毎晩眠りが浅く早朝に目を覚ましてしまう日が続いていた。
そして二度寝をするにも眠気が足りず、流れでエルと朝食を取り新聞をぼんやりと眺めていた時、彼女からとある提案をされた。「冬になる前に、緑豊かな丘へ散歩に行きましょう」と。
これが惚れた弱みというものなのだろうか。外出は少々面倒だと思う気持ちがありながらも、彼女が喜んでくれるならと二つ返事で承諾してしまった。
辿り着いた丘は、非常に居心地の良い場所だ。強い日差しを遮る木も多く、風通りも良い。
こんなにも快適な場所なら、家族連れも多いのではないだろうか。今日は良いピクニック日和である。
しかし、今日は平日。世間一般では、仕事に勤しむ日だ。辺りを見渡す限り、この丘に人は居ない。
世の休日と自身の休日が重なると仕事に不都合が出る為、自身は常に平日に休みを設けていた。その為、休日に人混みと遭遇する事は殆ど無い。人混みが苦手な自身にとってはそれは何よりも好都合だ。そして、本来人で賑わう筈の丘が貸し切り状態だという事にも安堵していた。
太い木の幹を背凭れにして座り、1人分程のスペースを空けて隣に座る彼女に視線を向ける。
今しがた、昼食であるサンドイッチを食べ終わった所だ。手際良く後片付けをしている彼女を眺めながら、ふと気になった事を口にした。
「――お前、マーシャとはどの位の頻度で会ってるんだ」
「マーシャ? そうねぇ……、週に1度や2度、程度かしら」
「そんなに会ってるのか……。あいつは人を揶揄って遊ぶのが好きだからな、会話していると疲れるだろ」
「そんな事無いわ。彼女は良い人よ。私を凄く気に掛けてくれているし、いつも楽しい話を聞かせてくれるの」
彼女の表情は穏やかで、マーシャとは良い交友関係を築けているのだという事が伝わってくる。
「俺に対しては悪ふざけばかりだがな。まぁそれも、あいつとは家族みたいな関係だからってのもあるんだろうが……」
「……家族」
ぽつりと言葉を漏らした彼女が、後片付けをしていた手を止める。そんな彼女を疑問に思い再び視線を向けると、その顔には影が掛かっていた。
何処か不服そうな、不安そうな、感情が読めない表情だ。何か、気に障る様な事でも言ってしまったのだろうか。
「エル?」
彼女の顔を覗き込み、なるべく穏やかにその名を呼ぶ。
「……なに」
しかし、彼女の返答は素っ気なく、何処か棘のあるものだった。
「なんだ、その顔」
「……別に」
彼女の視線は手元に落ちたまま。後片付けを再開するも、怒りや苛立ちを感じさせる手付きをしていた。
マーシャの話題を出した時は、彼女は確かに穏やかだった。なのに何故、こうも機嫌を悪くしてしまったのだろうか。
これ以上彼女を詮索すると、本当に怒られてしまいそうだ。彼女から視線を外し、再び木の幹に凭れ掛かった。
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