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X 不気味な男-II
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角を曲がり、辺りを一周見渡す。
そこでふと、目に付いたのは貴族の馬車。中に人は乗っていない様だ。
貴族がこんな街の中で、馬車を降りる事など殆ど無い。あったとしたら、それは誰かが貴族に咎められる様な事をした時だ。
少し前に、貴族の馬車に石を投げた老婆が居た。大体の貴族は、石を投げられた位では馬車を止めない。殆どが、馬車の中から暴言を吐くだけで去ってしまう。
しかしその貴族の男は虫の居所でも悪かったのか、将又余程石を投げられた事で気分を害したのか、馬車から降りて老婆が起き上がれなくなるまで杖で殴っていた。
――もしや、エインズワース家の人間に見つかってしまったのだろうか。彼女は小柄で、力も強くない。相手が大人の男であれば、きっと敵わないだろう。
そしてもし万が一、彼女を連れ去ったのが自分だと知られれば、問答無用で警察行きだ。
しかし、まだ彼女に抱いた感情を解明できていない。まだ、彼女の事も理解出来ていない。そんな状態で彼女を手放す事など、今の自分には到底耐えられなかった。
馬車に近づき、車体に目を遣る。車体に描かれている家紋は、自身の記憶が間違って居なければエインズワース家の物では無い。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、煉瓦の壁と馬車の隙間を覗き込む。
ふわりと吹いた風に揺れる、黒のローブ。そこには、小柄な女性と金髪が印象的な男性が向かい合って立っていた。
恍惚な表情を浮かべる男性と、馬車の車体に背を押しつけられ酷く怯える女性の姿。
そしてその女性こそが、自身が探していた人物だ。
「――エル」
怯えた彼女に届く様に、男と彼女を引き離す様に、様々な思いを込めてその名を呼ぶ。
もしかするとその男は、エインズワース家に関わりのある人物かもしれない。エルの知人かもしれない。
しかし、今はそんな事どうだって良かった。ただ、彼女を取り戻したかった。
「――こんな所に居たのか、探したぞ」
エルを自身の背後に隠す様に男との間に割って入り、睨む様に男を見つめる。
瞳から大粒の涙を零し、酷く怯える彼女を見ていると胸が痛む。エルをこの様に怯えさせたのは他でも無い目の前の男だ。無意識的に手に力が籠り、ぐっと拳を握る。
しかし、貴族相手に暴力沙汰を起こす事は許されない。安全に、確実にエルをこの場から連れ去るには、穏便に済ませる必要がある。
「――私の妻が、何かご無礼でも?」
未だ震え怯える彼女を安心させる様に強く肩を抱き、なるべく穏やかな口調で彼に問い掛ける。
彼は驚く程に表情を変えない。何か後ろめたい事でもあれば少なからず表情に変化がみられる筈だが、彼にはまるで緊迫感が無く、先程からずっと微笑みを湛えていた。
「――あぁいや、彼女には道を尋ねていただけだよ」
漸く口を開いたと思ったら、吐いたのは白々しい事この上ない言葉。この状況で、その言葉が通用するとでも思ったのだろうか。それとも、貴族の権力を使い通用させようとしているのか。
エルの肩を抱く手に力を籠め、自身を見つめる彼を強い視線で見つめ返す。
「ただどうやら、彼女を怖がらせてしまった様だね。すまなかった」
何がおかしいのか、彼がふふ、と笑みを零した。その笑みは紳士的なものではあるが、怯え泣くエルの前で笑みを零す彼は何処か狂気を孕んでいる様に見えた。
何か一言、たった一言でいい。彼に反論――言わば攻撃する言葉はないだろうか。
エルをこれ程怯えさせておいて、黙って引き下がる訳にはいかない。自身が彼女を見つけるのがあと少しでも遅ければ、エルはどうなっていたか分からないのだから。
しかし、そんな自身の思考を止める様にエルの手がシャツの裾を引っ張った。
そこでふと、目に付いたのは貴族の馬車。中に人は乗っていない様だ。
貴族がこんな街の中で、馬車を降りる事など殆ど無い。あったとしたら、それは誰かが貴族に咎められる様な事をした時だ。
少し前に、貴族の馬車に石を投げた老婆が居た。大体の貴族は、石を投げられた位では馬車を止めない。殆どが、馬車の中から暴言を吐くだけで去ってしまう。
しかしその貴族の男は虫の居所でも悪かったのか、将又余程石を投げられた事で気分を害したのか、馬車から降りて老婆が起き上がれなくなるまで杖で殴っていた。
――もしや、エインズワース家の人間に見つかってしまったのだろうか。彼女は小柄で、力も強くない。相手が大人の男であれば、きっと敵わないだろう。
そしてもし万が一、彼女を連れ去ったのが自分だと知られれば、問答無用で警察行きだ。
しかし、まだ彼女に抱いた感情を解明できていない。まだ、彼女の事も理解出来ていない。そんな状態で彼女を手放す事など、今の自分には到底耐えられなかった。
馬車に近づき、車体に目を遣る。車体に描かれている家紋は、自身の記憶が間違って居なければエインズワース家の物では無い。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、煉瓦の壁と馬車の隙間を覗き込む。
ふわりと吹いた風に揺れる、黒のローブ。そこには、小柄な女性と金髪が印象的な男性が向かい合って立っていた。
恍惚な表情を浮かべる男性と、馬車の車体に背を押しつけられ酷く怯える女性の姿。
そしてその女性こそが、自身が探していた人物だ。
「――エル」
怯えた彼女に届く様に、男と彼女を引き離す様に、様々な思いを込めてその名を呼ぶ。
もしかするとその男は、エインズワース家に関わりのある人物かもしれない。エルの知人かもしれない。
しかし、今はそんな事どうだって良かった。ただ、彼女を取り戻したかった。
「――こんな所に居たのか、探したぞ」
エルを自身の背後に隠す様に男との間に割って入り、睨む様に男を見つめる。
瞳から大粒の涙を零し、酷く怯える彼女を見ていると胸が痛む。エルをこの様に怯えさせたのは他でも無い目の前の男だ。無意識的に手に力が籠り、ぐっと拳を握る。
しかし、貴族相手に暴力沙汰を起こす事は許されない。安全に、確実にエルをこの場から連れ去るには、穏便に済ませる必要がある。
「――私の妻が、何かご無礼でも?」
未だ震え怯える彼女を安心させる様に強く肩を抱き、なるべく穏やかな口調で彼に問い掛ける。
彼は驚く程に表情を変えない。何か後ろめたい事でもあれば少なからず表情に変化がみられる筈だが、彼にはまるで緊迫感が無く、先程からずっと微笑みを湛えていた。
「――あぁいや、彼女には道を尋ねていただけだよ」
漸く口を開いたと思ったら、吐いたのは白々しい事この上ない言葉。この状況で、その言葉が通用するとでも思ったのだろうか。それとも、貴族の権力を使い通用させようとしているのか。
エルの肩を抱く手に力を籠め、自身を見つめる彼を強い視線で見つめ返す。
「ただどうやら、彼女を怖がらせてしまった様だね。すまなかった」
何がおかしいのか、彼がふふ、と笑みを零した。その笑みは紳士的なものではあるが、怯え泣くエルの前で笑みを零す彼は何処か狂気を孕んでいる様に見えた。
何か一言、たった一言でいい。彼に反論――言わば攻撃する言葉はないだろうか。
エルをこれ程怯えさせておいて、黙って引き下がる訳にはいかない。自身が彼女を見つけるのがあと少しでも遅ければ、エルはどうなっていたか分からないのだから。
しかし、そんな自身の思考を止める様にエルの手がシャツの裾を引っ張った。
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