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V 幼馴染-I
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――扉を開いた先には、マーシャの姿があった。
まるで聞き耳を立てる様にドアに張り付いていたマーシャが、苦笑いを浮かべながら2歩、3歩と後退る。
「マリアちゃん、もう帰るの?」
「ええ、色々ありがとうね、マーシャ」
「いつでも遊びに来てね。また、話も聞くから」
マリアが最後振り返り、俺とマーシャを交互に見て悲し気に微笑んだ。
その笑みが何を意味していたのかは分からないが、彼女の心の闇が伝わってくる様でチクリと胸が痛む。
今迄闇を抱えた依頼者は山程見てきたが、今回の様に胸を痛める事は一度だって無かった。ただ犯罪に走らない様に、取引を公言しない様にとそればかり危惧していたというのに、マーシャの友人という事もあり情が湧いてしまったのだろうか。彼女の残りの人生が、少しでも幸せなものになる様にと願っている自分が居た。
マリアが去った後のホールは静まり返り、自身とマーシャの間に重い沈黙が流れる。
「――マリアちゃんね、何度も死のうとしてたみたいなの」
沈黙を破ったのは、ホールを包む空気と同じく重い、マーシャの一言。
彼女の言葉に、マリアの手首に付いた無数の傷跡を思い出す。
「まぁ、何となく察しは付くけどな」
「……いつでも遊びに来て、なんて言ったけど、マリアちゃんもう此処には来ないよ」
いつも煩いマーシャが、此処まで声のトーンを落とすのは珍しい。
扉の方を向いて立ったまま、その言葉に返答せず黙って次の言葉を待つ。
「――何度止めてもリストカット繰り返すマリアちゃん見て、なんかもう、それ以上止められなくなっちゃって」
「友達だったんじゃないのか」
「友達だよ。友達だからだよ。だって自殺を止めるのは、止めた人間のエゴでしょ? 死のうとするって、よっぽどの事だと思うの。もうこれ以上生きていても何にもならない……これ以上生きてるのがつらいって思ったって事だよ。それを無理矢理止めて、死ぬ事は悪い事だって言ったとしても、その人の心は救われないし、寧ろ苦しめるだけだと……思ってさ……」
次第に小さくなる声に、揺れる瞳。長らく見ていなかったマーシャの弱った姿に、どう接して良いか分からず口を噤んだ。
「……それにね、マリアちゃんから流れてくる感情が、どれも言い表せない位苦しいものだった。本当に、見ていられない位。マリアちゃんが大切だから、私は彼女を早く楽にしてあげたいんだよ……」
「……まぁ、言ってる事は分かるが。お前そこそこに歪んでるな」
「そりゃ歪みもするでしょ。人の感情、ダイレクトに流れてくるんだから」
自嘲気味に笑ったマーシャが、踵を返し客室へと入っていった。
なんとなしにその背を追い掛け、客室のテーブルに置かれた空のティーカップを片すマーシャを見つめる。
――家を失くした俺とマーシャは幼少期、いつも路地裏で身を潜めて生きていた。
所謂、ストリートチルドレンという奴だ。その時代は、今と違って家が無い子供が多かった。
街の人達の手伝いをしながら、何とかその日生きる為の食料を確保する。未来が真っ暗で、その時その時を死に物狂いで生きていた日々は今思い出しても過酷なものだ。
周りの子供達は次々と生きていく事が困難になり、1人、また1人と数が減っていく。そんな現状を見てきた自分達だからこそ、今の仕事が出来ているのかもしれない。
まるで聞き耳を立てる様にドアに張り付いていたマーシャが、苦笑いを浮かべながら2歩、3歩と後退る。
「マリアちゃん、もう帰るの?」
「ええ、色々ありがとうね、マーシャ」
「いつでも遊びに来てね。また、話も聞くから」
マリアが最後振り返り、俺とマーシャを交互に見て悲し気に微笑んだ。
その笑みが何を意味していたのかは分からないが、彼女の心の闇が伝わってくる様でチクリと胸が痛む。
今迄闇を抱えた依頼者は山程見てきたが、今回の様に胸を痛める事は一度だって無かった。ただ犯罪に走らない様に、取引を公言しない様にとそればかり危惧していたというのに、マーシャの友人という事もあり情が湧いてしまったのだろうか。彼女の残りの人生が、少しでも幸せなものになる様にと願っている自分が居た。
マリアが去った後のホールは静まり返り、自身とマーシャの間に重い沈黙が流れる。
「――マリアちゃんね、何度も死のうとしてたみたいなの」
沈黙を破ったのは、ホールを包む空気と同じく重い、マーシャの一言。
彼女の言葉に、マリアの手首に付いた無数の傷跡を思い出す。
「まぁ、何となく察しは付くけどな」
「……いつでも遊びに来て、なんて言ったけど、マリアちゃんもう此処には来ないよ」
いつも煩いマーシャが、此処まで声のトーンを落とすのは珍しい。
扉の方を向いて立ったまま、その言葉に返答せず黙って次の言葉を待つ。
「――何度止めてもリストカット繰り返すマリアちゃん見て、なんかもう、それ以上止められなくなっちゃって」
「友達だったんじゃないのか」
「友達だよ。友達だからだよ。だって自殺を止めるのは、止めた人間のエゴでしょ? 死のうとするって、よっぽどの事だと思うの。もうこれ以上生きていても何にもならない……これ以上生きてるのがつらいって思ったって事だよ。それを無理矢理止めて、死ぬ事は悪い事だって言ったとしても、その人の心は救われないし、寧ろ苦しめるだけだと……思ってさ……」
次第に小さくなる声に、揺れる瞳。長らく見ていなかったマーシャの弱った姿に、どう接して良いか分からず口を噤んだ。
「……それにね、マリアちゃんから流れてくる感情が、どれも言い表せない位苦しいものだった。本当に、見ていられない位。マリアちゃんが大切だから、私は彼女を早く楽にしてあげたいんだよ……」
「……まぁ、言ってる事は分かるが。お前そこそこに歪んでるな」
「そりゃ歪みもするでしょ。人の感情、ダイレクトに流れてくるんだから」
自嘲気味に笑ったマーシャが、踵を返し客室へと入っていった。
なんとなしにその背を追い掛け、客室のテーブルに置かれた空のティーカップを片すマーシャを見つめる。
――家を失くした俺とマーシャは幼少期、いつも路地裏で身を潜めて生きていた。
所謂、ストリートチルドレンという奴だ。その時代は、今と違って家が無い子供が多かった。
街の人達の手伝いをしながら、何とかその日生きる為の食料を確保する。未来が真っ暗で、その時その時を死に物狂いで生きていた日々は今思い出しても過酷なものだ。
周りの子供達は次々と生きていく事が困難になり、1人、また1人と数が減っていく。そんな現状を見てきた自分達だからこそ、今の仕事が出来ているのかもしれない。
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