13 / 162
III 回り続ける問い-V
しおりを挟む
現時刻は22時半。ベッドに入る事を急ぐ時間では無いが、何よりも睡眠を好んでいる自身にとっては十分眠気を感じる時間だ。
身体の疲労を感じながらも手探りで燭台を見つけ出し、擦ったマッチの火を蝋に移す。部屋を灯すオレンジの光に、玄関近くの壁に凭れ掛かっていた彼女が目を細めた。
普通なら、どれだけ気を引かれる相手だったとしても初対面の女性を家に置こうとなんてしないだろう。親しく信頼出来る相手でも、一度は抵抗感を抱くのものだ。
況しては自分は女性嫌いであり、人との交流も得意としない。そんな自分が何故、後先も考えず彼女を連れて帰ってきてしまったのだろうか。ぽつぽつと浮かび上がる疑問に、頭を捻る。
だがどれだけそれに疑問を抱いても、不思議と彼女を屋敷から連れ出した事に後悔は無かった。
先の見えない不安感の中に、「彼女は決して悪い人間では無い故に、これからの事はどうにかなるだろう」なんて自分らしくない楽観的な思考が滲む。
脱いだジャケットとウェストコートをチェストの上に放り投げ、硬いベッドに腰を下ろした。片手でネクタイを緩めながら、未だ玄関付近の壁に1人凭れ掛かっている彼女に視線を向ける。
「――いつまでそこに居るつもりだ」
彼女にそう声を掛けると、その小さな肩が驚いた様にびくりと揺れた。少々動揺しながらも、いそいそと覚束ない足取りで此方へ歩み寄ってくる。
――だが、何か気掛かりな事でもあるのかその足は直ぐに止まってしまった。
「……あの」
神妙な面持ちをした彼女が、控えめな声を上げた。
彼女の視線の先にあるのは自身で無く、自身が椅子替わりにしているシングルベッド。彼女が僅かに思い悩む素振りを見せ、怖ず怖ずとその口を開く。
「――私と貴方は、今晩何処で眠るの……?」
思い掛けない彼女の問いに、ぴたりと思考が止まる。
その質問の趣旨が理解出来ないのは、自身の頭が睡眠欲で埋め尽くされているからなのか、それともそれ自体が不可解なものなのか。
「此処にベッドがあるんだから、此処しか無いだろ」
疑問に思いながらも、座っていたベッドを示す様に叩く。
1人用として作られたシングルベッドに、2人で眠るには少々無理があるだろう。だが彼女も自身も細身な体型の為、多少窮屈でも眠る事は出来る筈だ。
あれ程謙虚だった彼女が、ここに来て突然ベッドが狭いだなんて我儘を言うとは到底思えない。顔を赤くしたり青くしたりと忙しない彼女を眺めながら、深く思考を巡らせる。
しかしどれだけ頭を捻っても瞼が重くなるばかりで、その答えの憶測すら立ちそうに無かった。
着々と23時に近づいていく時計を尻目に、ごろりとベッドに横たわる。
「何が気に入らないのか知らねぇけど、不満なら明日にしてくれ」
彼女に背を向ける様に寝返りを打ち、溜息交じりに呟いた。
「不満なんかじゃないわ……。そうではなくて……」
背後の彼女が、困り果てた声音で嘆く。だがその声は次第に小さくなり、最後まで述べられる前に止まってしまった。
どれだけ不満があろうと、このまま眠らない訳にはいかない。放っておけばいずれ彼女も諦めるだろうと、足元の布団を手繰り寄せ重い瞼を閉じた。
睡眠に、寝床の広さや大きさは関係ない。眠っている間は意識が無く、ベッドが広いか狭いかなど判別出来ないのだから。
それに、床やソファ等の寝心地の悪い場所ならまだしも、此処は寝具であるベッドの上だ。贅沢な暮らしをしていた彼女にとってはこのベッドも床やソファと同等かもしれないが、それでも寝具である事には変わりない。
彼女も全てを捨てる選択をしたのなら、多少ベッドが窮屈でも致し方ないと受け入れるべきだろう。
身体の疲労を感じながらも手探りで燭台を見つけ出し、擦ったマッチの火を蝋に移す。部屋を灯すオレンジの光に、玄関近くの壁に凭れ掛かっていた彼女が目を細めた。
普通なら、どれだけ気を引かれる相手だったとしても初対面の女性を家に置こうとなんてしないだろう。親しく信頼出来る相手でも、一度は抵抗感を抱くのものだ。
況しては自分は女性嫌いであり、人との交流も得意としない。そんな自分が何故、後先も考えず彼女を連れて帰ってきてしまったのだろうか。ぽつぽつと浮かび上がる疑問に、頭を捻る。
だがどれだけそれに疑問を抱いても、不思議と彼女を屋敷から連れ出した事に後悔は無かった。
先の見えない不安感の中に、「彼女は決して悪い人間では無い故に、これからの事はどうにかなるだろう」なんて自分らしくない楽観的な思考が滲む。
脱いだジャケットとウェストコートをチェストの上に放り投げ、硬いベッドに腰を下ろした。片手でネクタイを緩めながら、未だ玄関付近の壁に1人凭れ掛かっている彼女に視線を向ける。
「――いつまでそこに居るつもりだ」
彼女にそう声を掛けると、その小さな肩が驚いた様にびくりと揺れた。少々動揺しながらも、いそいそと覚束ない足取りで此方へ歩み寄ってくる。
――だが、何か気掛かりな事でもあるのかその足は直ぐに止まってしまった。
「……あの」
神妙な面持ちをした彼女が、控えめな声を上げた。
彼女の視線の先にあるのは自身で無く、自身が椅子替わりにしているシングルベッド。彼女が僅かに思い悩む素振りを見せ、怖ず怖ずとその口を開く。
「――私と貴方は、今晩何処で眠るの……?」
思い掛けない彼女の問いに、ぴたりと思考が止まる。
その質問の趣旨が理解出来ないのは、自身の頭が睡眠欲で埋め尽くされているからなのか、それともそれ自体が不可解なものなのか。
「此処にベッドがあるんだから、此処しか無いだろ」
疑問に思いながらも、座っていたベッドを示す様に叩く。
1人用として作られたシングルベッドに、2人で眠るには少々無理があるだろう。だが彼女も自身も細身な体型の為、多少窮屈でも眠る事は出来る筈だ。
あれ程謙虚だった彼女が、ここに来て突然ベッドが狭いだなんて我儘を言うとは到底思えない。顔を赤くしたり青くしたりと忙しない彼女を眺めながら、深く思考を巡らせる。
しかしどれだけ頭を捻っても瞼が重くなるばかりで、その答えの憶測すら立ちそうに無かった。
着々と23時に近づいていく時計を尻目に、ごろりとベッドに横たわる。
「何が気に入らないのか知らねぇけど、不満なら明日にしてくれ」
彼女に背を向ける様に寝返りを打ち、溜息交じりに呟いた。
「不満なんかじゃないわ……。そうではなくて……」
背後の彼女が、困り果てた声音で嘆く。だがその声は次第に小さくなり、最後まで述べられる前に止まってしまった。
どれだけ不満があろうと、このまま眠らない訳にはいかない。放っておけばいずれ彼女も諦めるだろうと、足元の布団を手繰り寄せ重い瞼を閉じた。
睡眠に、寝床の広さや大きさは関係ない。眠っている間は意識が無く、ベッドが広いか狭いかなど判別出来ないのだから。
それに、床やソファ等の寝心地の悪い場所ならまだしも、此処は寝具であるベッドの上だ。贅沢な暮らしをしていた彼女にとってはこのベッドも床やソファと同等かもしれないが、それでも寝具である事には変わりない。
彼女も全てを捨てる選択をしたのなら、多少ベッドが窮屈でも致し方ないと受け入れるべきだろう。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
律と欲望の夜
冷泉 伽夜
大衆娯楽
アフターなし。枕なし。顔出しなしのナンバーワンホスト、律。
有名だが謎の多いホストの正体は、デリヘル会社の社長だった。
それは女性を喜ばせる天使か、女性をこき使う悪魔か――。
確かなことは
二足のわらじで、どんな人間も受け入れている、ということだ。
孔雀と泥ひばり
まさみ
BL
19世紀ヴィクトリア朝ロンドン。
名門貴族スタンホープ伯爵家の嫡男エドガーは、幼少時から自分に仕える従者オリバーに深い信頼の情を寄せていた。
共に画家を志す二人だが、身分差から来るすれ違いが波紋を呼んで……。
執着尽くし攻め主人×平凡強気受け従者 『驚異の部屋』の番外編ですがこれだけでも読めます。
イラスト:えのも(@Enomo_momo)様

エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる