上 下
52 / 52
XIV 趣味

V

しおりを挟む
「貴女にとっては、ロング・ギャラリーの方が見ていて楽しいのかもしれないわね」

「んー、ギャラリーにある肖像画が全部分かるって訳でもないしなぁ」

「でも、読書をするか絵を描くかと言われれば、絵を取るでしょう?」

「それは勿論」

 やや食い気味に言い切られた事にむっとしながらも、趣味は人それぞれだから仕方が無いと嘆息する。私だって絵を描けと言われたら描けないし、色々教え込まれたとしても覚えられる自信は無い。

中二階メザニンにはどんな本があるのかしら……」

 『フラットランド』を戻しつつ、中二階メザニンを見上げる。そして並ぶ書架を眺めながら一人呟くと、アイリーンが足音を立てずに此方に寄って来た。

「中二階には男性――……旦那様の執務に関わる書類や書物を中心に置かれております」

 “男性方”と言いかけたのを、わざわざ“旦那様”に直した事に疑問を抱き、彼女を見遣った。しかしアイリーンは眉一つ動かさず、その表情からは何も読み取れない。
 どうせ、言及したところでアイリーンは何も答えてくれないのだろう。はぐらかされるか、答えられないとはっきり言葉にするかの二択だ。吐きたくなる溜息を飲み込み、「何か、理由があって分けているんですか?」と中身の無い問いを投げる。
 すると、彼女が怪訝な顔をして此方を見返した。

「……梯子はしごを使わないと中二階メザニンには上がれませんので」

「……? 女性は梯子を使わないんですか?」

 続けた問いに、アイリーンが今度は分かりやすく顔を顰める。本気で言っているのか、とでも言う様なその表情に、数秒の間を置いた後漸く意味を理解した。

「あぁ、そ、そうですよね。ドレスのままでは、梯子は使えないですもんね」

「それも理由の一つでは御座いますが、女性が梯子を使うのははしたないとお考えになるご婦人が少なくありませんので……。基本的にご婦人やお子様が手に取る書物は下の書架に並べております」

「では、中二階メザニンには上がらない方が良さそうですね」

「特に立ち入りを禁じられてはおりませんが、そうしてくださるとわたくし共も安心です」

 きっとこの屋敷の夫人は、女性が梯子を使う事を厭悪する人なのだろう。上下で本の種類が分かれている時点でそれは明白であったが、アイリーンの言葉に確信を持つ。

「そろそろ昼食のお時間です。昼食後、庭園にご案内致します」

「庭園?」

「奥様が植物を大変好んでいらっしゃって、奥様お好みの庭になる様に、2人の庭師ガーデナーが毎日手入れをしております。そのお陰か、スタインフェルド家の庭園は趣が深い、芸術的だと社交界でも評判だそうで。是非、お嬢様方にもご覧になって頂きたく存じます」

 彼女の言葉に、思わず「へぇ」と気の無い返事をしそうになり、慌てて口をきゅっと引き結ぶ。しかし隣の妹は興味の無さを隠すつもりはないらしく、髪の毛先を弄りながら「ふうん」と言った。つくづく思うが、本当に私の配慮を台無しにする妹である。
 私たちに与えられた部屋からは、この屋敷の庭園が一望できる。とはいえ、細部まで細かく見える訳では無い為、本当に趣が深いのか、芸術的なのか、という点は分からない。もしかすると、間近で見てみればその美しさや芸術性が分かるのかもしれない。しかし少なくとも今の私には、いまいち興味が持てなかった。

庭師ガーデナーが手塩に掛けて育てた薔薇園もありますので、楽しんでいただけるかと思います」

 薔薇園、と鸚鵡返しする様に呟き、脳内に沢山の薔薇が咲き乱れる光景を思い浮かべる。品種にもよるが、薔薇は自生する事が出来る植物だ。国によっては自生しないと何かの本で読んだことがあるが、この国では薔薇が非常によく見られる。
 しかし、花弁をしっかりと開き美しく咲き誇る薔薇というのは、中々お目にかかれるものでも無い。それにいくら自生するといっても街の至る所に生えている訳では無く、育ちやすい環境へ行かなければ自生した薔薇を見る事は出来ないのだ。
 つまりは、私は美しく咲いた薔薇を間近で見た事が無い。それこそ見た事のある薔薇と言えば、花屋に売られている鉢植えや切り花程度だ。それらも美しく咲いていない訳では決して無いのだが、薔薇は管理が難しい様で萎れているものも多く、更に薔薇は他の花よりも高価なのか街の小さな花屋では多くの品種を見る事は叶わなかった。
 芸術的な庭園には然程興味が無いが、薔薇園は見てみたいと思う。ついでに薔薇の品種や名の由来なども分かる範囲で教えて貰おう。
 その様な知識は、決して無駄になる事は無いだろうから。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

処理中です...