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XIII 同じドレス
III
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「失礼な! 別に口滑らせたりしないし!」
「動かないで頂戴、泡が飛ぶじゃないの!」
ネルとレイはドレッシングルームでもセットにされがちだが、口論ばかりしていて仲が良いとはとても言えない。しかし、レイがこうして感情を露わにする相手というのは中々に珍しい様に思えた。
レイは人懐っこい為、街の人たちとも仲睦まじく会話のやり取りしている事が多い。喜怒哀楽が激しい故に自制が効かず、嫌味を言われれば食って掛かり、幼い頃には街の子供と取っ組み合いの喧嘩になった事もある。
けれども、そんな中でも彼女は何処か、他人と一線を引いていた。それは傍から見ているだけでは分からない、些細な事だ。もしかすると、両親ですらそれに気づいていなかったかもしれない。
だが私は、姉妹故なのか随分昔からそれに気が付いていた。つまりはその一線が、彼女にとっての“信頼”の有無だったのだろう。
ネルに対しては、あまり線引きをしていない様に見える。レイはネルを気に入らない対象として認識している様だが、心の何処かでは素直に思った事が言える――信頼出来る相手だと思っているのかもしれない。
しかしそれは、スタインフェルド家という狭い牢獄に閉じ込められた故の信頼だ。本来であれば、一線を引いていた相手である。
そんな相手を信頼せざるを得ない状況に追い込まれているのは非常に嘆かわしい事だが、それでも疑心暗鬼になって神経を尖らせているよりかは幾分マシだろう。
未だに下らない事で口論を続けている2人に呆れつつ、いい加減話を進めたかった為口を挟んだ。入浴の時間は有限なのだ。
「それで、その“妙な事”ってなんだったの?」
私の問い掛けに、2人の口論がぴたりと止む。レイは不機嫌そうにぷいと顔を背けてしまったが、ネルは言葉にし難い曖昧な表情を浮かべた。
「――私、元々スカラリーメイドだったのよ。だから普段は厨房に居て、あまりこの屋敷の方々と顔を合わせる事は無かったの。ノエル様とキース様の例の事件をきっかけに、お風呂担当だった使用人が身体を壊して辞めてしまって、それで私が彼女の代わりになったのだけど……」
「……その話がどうノエル様と関係しているの?」
あまりの歯切れの悪さに、ついつい先を急かしてしまう。すると、「うるさいわね、こっちも色々事情ってものがあるのよ!」と厳しい言葉が飛んできた。
「だからぁ、つまり、私はノエル様と直接関わっていないって事! これから話すのは、全てノエル様の侍女から聞いた話に過ぎないから、あまり変に捉えないで頂戴ね! 実際の事は私にだって分からないんだから!」
「……ええ、分かったわ」
言っている事が今一つ掴めないまま曖昧に頷くと、ネルがこほんと咳払いをして何かを思い出す様に視線を宙に彷徨わせた。
「ノエル様は我儘を言わない大人しい方だったのだけど、唯一、ドレスに対しての拘りが異常に強かったそうなの」
「……ドレスに?」
「ええ、そうよ。朝にはそれでいいって言った筈のデイドレスだったのに、昼頃になった途端、急に着替えたいって言い始めたり、何かに取り憑かれた様にドレッシングルームの中を歩き回っていたり、クローゼットに埋もれていたりとか……」
「それは……確かに妙な事ね……」
「でもね、キース様とノエル様が洋服店へ出向いた時には、どの服を見ても興味が無さそうで『私はどれでもいい』だなんて言ったそうなの! ノエル様の侍女曰く、ドレスを着ているのでは無くて、誰かに着せられている様だったのだとか」
彼女の言葉に「なるほど」と相槌を打ち、思考を巡らせる。
ノエルは嫡男のキースに気に入られていたと、昨晩ネルが言っていた。彼女の言葉を聞くに、ただキースがドレスに口出しをしただけに思えるが、しかしそれではドレッシングルームを歩き回ったりクローゼットに埋もれていたりする事の説明がつかなくなる。
だが、かといってそれが深刻な問題なのかと言われれば、そうではない様に思えた。闇雲に歩き回る事や、クローゼットに埋もれる事だって、性格やその場の状況によっては無い事は無い。
「今日のイブニングドレスの様に、色違いのドレスがあるというのもその“拘り”の所為なのかしらね」
「不思議な点は多いけれど、そうとしか考えられないわ」
ざぶざぶとレイの頭に湯を掛けながら、ネルが眉根を寄せる。
「針仕事をしていた使用人は、ドレスを細かく直したり装飾を足したりと大変だったそうよ。同じドレスが2着あるのも、その所為じゃないかしら。なんせ、色1つにも煩かったそうだから」
「そうなのね……。因みに、ノエル様の侍女というのは、まだこのお屋敷に居るの?」
その問いを投げ掛けた瞬間、何故だかネルの表情が曇った。私からふいと顔を逸らし、「居るわよ」と何処か投げやりな口調で言う。
「さて、そろそろ入浴の時間は終わりよ! スチュアートさんにまたお小言を言われちゃう!」
どうしたのかと尋ねるより先に、ネルがバスタオルを大きく広げ、誤魔化す様に声を上げた。
訊いてはいけない事だったのだろうか。しかしこの屋敷にまだ勤めているのなら、病気を患ったり、何か問題事に巻き込まれてしまったり――といった事は無さそうだ。
疑問に思いつつも、それ以上尋ねる事は出来ず黙ってバスタブから出た。
「動かないで頂戴、泡が飛ぶじゃないの!」
ネルとレイはドレッシングルームでもセットにされがちだが、口論ばかりしていて仲が良いとはとても言えない。しかし、レイがこうして感情を露わにする相手というのは中々に珍しい様に思えた。
レイは人懐っこい為、街の人たちとも仲睦まじく会話のやり取りしている事が多い。喜怒哀楽が激しい故に自制が効かず、嫌味を言われれば食って掛かり、幼い頃には街の子供と取っ組み合いの喧嘩になった事もある。
けれども、そんな中でも彼女は何処か、他人と一線を引いていた。それは傍から見ているだけでは分からない、些細な事だ。もしかすると、両親ですらそれに気づいていなかったかもしれない。
だが私は、姉妹故なのか随分昔からそれに気が付いていた。つまりはその一線が、彼女にとっての“信頼”の有無だったのだろう。
ネルに対しては、あまり線引きをしていない様に見える。レイはネルを気に入らない対象として認識している様だが、心の何処かでは素直に思った事が言える――信頼出来る相手だと思っているのかもしれない。
しかしそれは、スタインフェルド家という狭い牢獄に閉じ込められた故の信頼だ。本来であれば、一線を引いていた相手である。
そんな相手を信頼せざるを得ない状況に追い込まれているのは非常に嘆かわしい事だが、それでも疑心暗鬼になって神経を尖らせているよりかは幾分マシだろう。
未だに下らない事で口論を続けている2人に呆れつつ、いい加減話を進めたかった為口を挟んだ。入浴の時間は有限なのだ。
「それで、その“妙な事”ってなんだったの?」
私の問い掛けに、2人の口論がぴたりと止む。レイは不機嫌そうにぷいと顔を背けてしまったが、ネルは言葉にし難い曖昧な表情を浮かべた。
「――私、元々スカラリーメイドだったのよ。だから普段は厨房に居て、あまりこの屋敷の方々と顔を合わせる事は無かったの。ノエル様とキース様の例の事件をきっかけに、お風呂担当だった使用人が身体を壊して辞めてしまって、それで私が彼女の代わりになったのだけど……」
「……その話がどうノエル様と関係しているの?」
あまりの歯切れの悪さに、ついつい先を急かしてしまう。すると、「うるさいわね、こっちも色々事情ってものがあるのよ!」と厳しい言葉が飛んできた。
「だからぁ、つまり、私はノエル様と直接関わっていないって事! これから話すのは、全てノエル様の侍女から聞いた話に過ぎないから、あまり変に捉えないで頂戴ね! 実際の事は私にだって分からないんだから!」
「……ええ、分かったわ」
言っている事が今一つ掴めないまま曖昧に頷くと、ネルがこほんと咳払いをして何かを思い出す様に視線を宙に彷徨わせた。
「ノエル様は我儘を言わない大人しい方だったのだけど、唯一、ドレスに対しての拘りが異常に強かったそうなの」
「……ドレスに?」
「ええ、そうよ。朝にはそれでいいって言った筈のデイドレスだったのに、昼頃になった途端、急に着替えたいって言い始めたり、何かに取り憑かれた様にドレッシングルームの中を歩き回っていたり、クローゼットに埋もれていたりとか……」
「それは……確かに妙な事ね……」
「でもね、キース様とノエル様が洋服店へ出向いた時には、どの服を見ても興味が無さそうで『私はどれでもいい』だなんて言ったそうなの! ノエル様の侍女曰く、ドレスを着ているのでは無くて、誰かに着せられている様だったのだとか」
彼女の言葉に「なるほど」と相槌を打ち、思考を巡らせる。
ノエルは嫡男のキースに気に入られていたと、昨晩ネルが言っていた。彼女の言葉を聞くに、ただキースがドレスに口出しをしただけに思えるが、しかしそれではドレッシングルームを歩き回ったりクローゼットに埋もれていたりする事の説明がつかなくなる。
だが、かといってそれが深刻な問題なのかと言われれば、そうではない様に思えた。闇雲に歩き回る事や、クローゼットに埋もれる事だって、性格やその場の状況によっては無い事は無い。
「今日のイブニングドレスの様に、色違いのドレスがあるというのもその“拘り”の所為なのかしらね」
「不思議な点は多いけれど、そうとしか考えられないわ」
ざぶざぶとレイの頭に湯を掛けながら、ネルが眉根を寄せる。
「針仕事をしていた使用人は、ドレスを細かく直したり装飾を足したりと大変だったそうよ。同じドレスが2着あるのも、その所為じゃないかしら。なんせ、色1つにも煩かったそうだから」
「そうなのね……。因みに、ノエル様の侍女というのは、まだこのお屋敷に居るの?」
その問いを投げ掛けた瞬間、何故だかネルの表情が曇った。私からふいと顔を逸らし、「居るわよ」と何処か投げやりな口調で言う。
「さて、そろそろ入浴の時間は終わりよ! スチュアートさんにまたお小言を言われちゃう!」
どうしたのかと尋ねるより先に、ネルがバスタオルを大きく広げ、誤魔化す様に声を上げた。
訊いてはいけない事だったのだろうか。しかしこの屋敷にまだ勤めているのなら、病気を患ったり、何か問題事に巻き込まれてしまったり――といった事は無さそうだ。
疑問に思いつつも、それ以上尋ねる事は出来ず黙ってバスタブから出た。
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