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XII 窮屈なアフタヌーンティー

II

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「いやになるわね、監視されている様で」

 白っぽく濁った紅茶の水面を見つめながら、レイにも届くか届かないか位の小さな声で嘆く。

じゃなくて、んでしょ」

 どうやら私の嘆きはレイの耳に届いていた様で、彼女も同様、声を潜め言葉を返す。
 じとりとレイを見つめつつ、ティースプーンを白いテーブルクロスの上に抛る。紅茶が僅かに飛び散り、美しい白糸刺繍ホワイトワークが台無しだ。
 紅茶のシミは、中々落とす事が出来ないと母が前に言っていたのを覚えている。これ程高級そうなテーブルクロスを故意に汚しただなんて知られたら、あの男に叱られるだろうか。
 だが今は、なんだかそれでも良いような気がしていた。
 自分でも、理由は分からない。しかし先程の音楽室の一件以降、何故だか酷く苛立っていた。
 もしかすると、ピアノは私にとっての一種の地雷の様なものなのかもしれない。自身の両親、そしてレイにしか触られたくない、秘密の楽器。
 それを、他人であるアイリーンに指摘され、況してや家庭教師ガヴァネスをつけると言われた。それが酷く気に入らなくて、許せないのだと――そんな気がした。
 ピアノに、触れなければ良かった話だ。幾らアイリーンに言われたからといって、あの場でピアノに触れる必要は何処にも無かった。――いや違う、レイに言われたのだ。「ルイはピアノね」と。
 三度みたび溜息をつき、テーブルに肘を突いて長い前髪をくしゃりを乱す。好き勝手調合した紅茶は、一度も口を付けないまま温度を失っていた。

「――ルイ、凄い怒ってるね」

「怒っていないわ」

「嘘。怒ってる事位私にだって分かるから。どうせ、さっきのピアノの件でしょ」

 見透かされてる事に苛立ちが増し、きつくレイを睨めつけた。しかしレイは臆することなく言葉を続ける。

「ほんと、ルイってパパっ子だよね」

「……どういう意味?」

「パパが関わる事は全部ルイの地雷になる。絵本だってそう」

 ――絵本。
 その言葉に、どきりと鼓動が跳ね上がる。
 彼女はきっと、幼少期の読み聞かせの話をしているのだろう。子を持つ親ならば、一度はした事がある筈だ。我が子への、絵本の読み聞かせを。
 
「……別に、絵本はパパが関わっていた事ではないわ」

 不愛想にそう告げて、毒に感じる程甘ったるい紅茶に漸く口を付けた。
 私は物心ついた時から、両親に絵本を読み聞かせてもらう事を極端に嫌がった。今から思えばくだらない理由でしかないのだが、子供ながらに子供である事を嫌ったのだ。厭世的えんせいてきな私とは真逆の楽天的なレイにはその様な感情は無かっただろうが、幼心にこの歯車が狂いに狂った世の中で自身の片割れであるレイを守っていくには、知識を付け早く大人になるしかないと思った。
 その中の一つが、絵本だ。
 大人に読み聞かせて貰っている様ではレイを守れない。勉強を疎かにせず、真面目に取り組んでいたのもそうだ。早くレイを守れる程の大人になりたかった。大人になるとは、身体の成長だけではない。博学多才はレイを守る為の鎧になる。
 ――そんな事を思っている時点で、まだまだ子供なのだろうが。
 私は心の底から、父の様になりたいと思っていた。母を支えられるのは、母を守れるのは父だけだ。それ以外の人間は、母を支える事も守る事も出来ない。
 レイは、容姿も性格も母にそっくりだった。そして私は、比較的父に似ていた。つまりは、母に似たレイの事を守るのは私の役目だという事だ。
 と言えども、レイを導き、守れる存在は私以外にごまんと居る。それこそ、私の様な非力な女よりも、力のある男性の方が遥かに頼りになるだろう。――だからこそ、腹立たしいのだ。それが確かな事実だからこそ、私は躍起になる。
 レイを守れるのは私だけだ、父と母が運命で結ばれた者同士なのだから、私とレイだって運命で結ばれているに違いないと。
 ――私が、男に生まれていれば。もう少し、現状は変わっていたかもしれないのに。男であれば、ただ無様に此処に連れ去られるだけでなく、あの男たちを撃退する事も、出来たかもしれないのに。
 ケーキスタンドに手を伸ばし、チョコレートマジパンでぐるりと包まれたバッティングケーキを手掴みで口に運ぶ。アプリコットジャムの香りがふわりと鼻腔を抜け、咀嚼する度に優しい甘みが口内を満たした。
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