DachuRa 4th story -冷刻という名の、稀有なる真実-

白城 由紀菜

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XI 屋敷案内と音楽室

I

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 恐怖と緊張に満ちた朝食が終わり、部屋に戻ってきた束の間の休息。そんな私たちの第一声は、『死にそう』だった。
 起き抜けにドレッシングルームに連れていかれ、山ほどの宝石とドレスを見せられた時点で何かの冗談かと思ったのに、これでもかという程きつく締められたコルセットと窮屈なドレスで朝食だなんてどうかしているとしか思えない。廊下を歩き、椅子に座るという動作ですら拷問と大差ない私たちにとっては、文字通り死んでしまいそうな出来事だった。

「これから屋敷案内なんでしょ? 私、動ける自信無いよう……」

 床に膝を突いてベッドに突っ伏したレイが、苦しげに呻いた。その言葉に同意しながらも、「ドレスが汚れるわよ」とやんわり指摘する。

「そもそも、屋敷案内ってする必要あるの? 確かに、お貴族様の御屋敷には興味あるけど、今この状況でそれを楽しむなんてまず無理だし、正直屋敷案内なんかして貰ってる場合でも無いし……」

「同感ね。屋敷案内をされたところで、何処に行くにしても使用人が付き添うのでしょう。監視でもするみたいに」

「本当、どうせ私たちだけで行動出来る事なんて無いんだから、わざわざ案内なんかしなくても――……」

 コンコンと、レイの言葉を遮る様に部屋の扉がノックされる。一瞬、私たちの会話を聞かれてしまったのではないかと肝を冷やすも、「はぁい」とレイの気の抜けた返事に一気に脱力した。

「貴女って、危機感無いのね」

「え? 何が?」

 返事をするより先に部屋の扉が開き、そこで会話が途切れる。訪ねてきたのは侍女であるアイリーンだ。感情の読めない無表情、そしてぶれの無い佇まいは最早安定的であり、いよいよ人形の様な彼女に物珍しさを感じなくなってきた。けれども、だからといってそれに慣れる訳では無い。緊張感を抱くのは毎度の事であり、当分――もしくは最後まで、個性的であり、同時に没個性でもある人形的なアイリーンに馴れる事はないのだろうなと思った。せいぜい、恐怖が薄れる程度だろう。
 だが今は、そんな彼女への緊張感よりも、その装いへの関心の方がまさっていた。それはレイも同じだった様で、「アイリーン、着替えたの?」と変わらずの気の抜けた声で尋ねている。
 朝食時までのアイリーンは、灰色のドレスに、飾りのないシンプルなアイボリーのエプロンを付けていた。言葉は悪いが、余り物のプリント地で手ずから仕立てた様な――とても造りが良いとは言い難いものだった。
 しかし今の彼女は、見るからに良質そうな、光沢のあるパフスリーブのドレスに、繊細な刺繍が施されたレースが二段も肩部分に縫い付けられた、華やかなエプロンを身に纏っていた。髪を纏めるブリムにまでレースがあしらわれており、下方に結ばれた幅の広いリボンのたれは、アイリーンの背の中程まである。
 黒いドレスと純白のエプロンのコントラストが美しく、これぞお貴族様に仕える使用人、といった風貌だ。

「これから屋敷の案内を致しますので、少々早いですが午後の制服に着替えました。昨晩と同じもので御座いますが……、何処かおかしな点がありますでしょうか」

「いえ、そんな事は――」

 ありません、と続けようとしたのに、「使用人も1日に何度も着替えるの?」というレイの問いに遮られた。

「わたくしたち使用人は、基本1日2度の着替えを行います。午前は汚れが目立たず、汚れても問題の無い簡素な制服を。午後は客人にも対応できる様な、フォーマルな黒の制服を纏います。制服やエプロンの着用が義務付けられていないのはレディーズメイドのみとなります」

「レディーズメイド……」

 鸚鵡返しに呟くと、アイリーンが「奥様直属の侍女メイドの事です」と続けた。

「レディーズメイドは、奥様から頂いた古着を纏う事が一般的かと思われます。ですがスタインフェルド家では、奥様が非常に慈悲深いお方で、レディーズメイドには専用のドレスを仕立てていらっしゃいました。奥様の古着を着用する事もあったそうですが」

「そうですか……」

 貴族も、それに仕える使用人たちも、皆大変なのだなと思いつつ相槌を打つ。しかし今の私には使用人たちの制服事情に関心を抱ける程余裕は無く、心中ではこの後の屋敷案内を案じていた。
 アイリーンが此処に来たという事は、このまま屋敷案内に駆り出されるのだろう。出来る事ならお腹が落ち着いてからにして欲しいものだが、きつくウエストを締められている為落ち着いたか否かなど分かる筈もない。
 せめてもう少し、あと少しだけでも緩めてくれないか、それが出来ないのなら屋敷案内には行かない、と抗議してやろうかとアイリーンを見遣ると、扉の前に立っていた彼女は何やら難しい顔をしていた。
 どうしたのかと尋ねるよりも先に、アイリーンがそっと部屋の扉を閉める。

「スタインフェルド家のレディーズメイドは……その、少々厄介なお方で御座います。彼女の言う事はあまり真に受けず……、接触を最大限に控えてお過ごしください」

「……厄介、とは?」

「――……」

 アイリーンが僅かに視線を彷徨わせ、困った様に溜息をついたのち額を押さえた。まだこの屋敷に来て1日も経過していないが、此処まで人間味を感じさせる彼女の姿を見るのは初めてだ。

「まぁ……そう、ですね……、会えばお分かりになるかと」

「接触を控えた方が良いのでは」

「それは事実ですが、恐らく一度や二度は顔を合わせると思いますので……」

 冷徹で表情の変わらないアイリーンが、これ程分かりやすく顔を顰める程だ。そのレディーズメイドとやらは、余程の変わり者なのだろう。ただでさえ普通ではない状況に神経をすり減らしているというのに、そんな人物と顔を合わせれば本当に参ってしまいそうだ。頭を抱えたくなるのをぐっと堪え、アイリーンの言葉に頷いた。
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