DachuRa 4th story -冷刻という名の、稀有なる真実-

白城 由紀菜

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VIII 暖かなベッド

III

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「――そうね。私たちの両親はパパとママだけ。あの二人だけよ」

 それは言うまでもない事実であるが、首肯するだけに留めずレイの言葉をなぞる様にそう口にしたのは、彼女を安心させたい一心からだった。
 良かった、ルイもそう思ってくれてて。レイが笑って言う。まるで小さな子供の様に。

「私が最愛の家族を裏切るとでも思っているの? この家の娘になるつもりなんて毛頭もうとうないわ」

 彼女の手に、自らの手を重ねた。そしてどちらからともなく、指を絡める。
 レイの手は、いやに冷たい。雪の降る、冬を思わせる程に。

「――此処から、逃げよう」

 独言にも聞こえる、囁くような声。圧倒される程の、燃える様な力強さを孕んでいる。しかし私は、その言葉に、その力強さに、驚く事は無かった。
 レイがその様な事を言い出すと、予想でもしていたのだろうか。――いいや、違う。私も彼女と、同じ事を思っていたのだ。
 こんな場所に軟禁されて、有無を言わせず娘にされて、未来を操作されて堪るものか――と。
 御屋敷暮らしは、誰もが望むものかもしれない。何不自由のない、生活かもしれない。奇跡的で、恵まれた運命なのかもしれない。
 だが私たちは、それでも此処を出たい。両親の元に帰りたい。
 例え追われた身になろうとも、不自由な生活を余儀なくされても、だ。

「いつかきっと、パパとママの元へ帰りましょう」

 絡めた指を、ぎゅっと握る。

「必ず、二人で」

 母と同じイエローブラウンの瞳をしっかり見据えてそう言うと、力が抜けた様に、彼女がふっと笑った。それは酷く――草臥くたびれた笑みに見えた。

「まずは、そうね。暫くはこの屋敷で暮らして、私たちがどの程度監視されていて、どの程度自由なのかを調べなくっちゃ。もし逃げようとして失敗でもしたら、それこそ本当に監禁されてしまうわ」

 その笑みを見ていると不安になり、心が潰れそうになる。私を安心させる為に、無理に笑っている様に見えてしまって。
 故に、それを誤魔化すかの如く、やや早口で言葉を並べ立てる。

「……うん、そうだね」

 だが彼女の表情は、晴れる事は無く。
 私の言葉に首肯しながらも、伏し目がちの瞳は悲しそうで、眉尻も下がったままだった。
 ――言葉にしなければ、気持ちは伝わらない。
 それは事実であるが、今だけはその表情の意味が手に取るように分かる。彼女がどうして、疲れた様に笑ったのかが。

「――〝帰りたい。今すぐにでも、此処から出たい〟」

 レイの気持ちを代弁する様に、一言一言嚙み締めながらその言葉を口にする。
 すると彼女が、驚いた様に目を見張った。
 なんで? そう問うた彼女の声は、先程よりも明確に震えている。
 何故分かったのか、何故そんな事を言うのか。その一言には、沢山の意味が込められているのだろう。しかし答えは、最初から決まっていた。

「私も、同じだから」

 そうはっきりと答えると、レイが不安げに表情を歪ませた。

「私も早く、此処から出たい。今すぐにでも、帰りたい」

「……うん」

 俯いた彼女の瞳から涙が一粒零れ、滑らかなシーツの上に落ちる。そんなレイの頭をそっと撫でると、ふと日中の出来事が、蘇る様に頭に浮かんだ。
 レイ、と彼女の名を呼び、顎を掬って視線を合わせる。
 宝石の様な瞳は、涙に濡れて麗しくも輝いていた。不謹慎にも、ついその美しさに見惚れてしまう。

「ご褒美が、まだだったわね」

 ――勉強を頑張ったら、ご褒美が欲しい。
 それは日中、彼女が言った事だ。
 そっと顔を近付け、形が良く、化粧もしていないのにほんのりと色付いた唇に、自身の唇を重ね合わせる。体温すら伝わらない、表面がそっと触れただけのキスだ。そのキスがきっかけとなったのか――レイの美しい瞳から、大粒の涙が幾つも零れた。彼女の泣き顔を、こうして正面から見るのはいつぶりだろうか。

「――ルイ、……ルイ、」

 私の身を包むネグリジェを掴み、縋りつく様にして彼女は泣いた。
 子供の様で、喜怒哀楽の激しかった彼女が。嗚咽も漏らさず、ただ静かに、静かに、私の名前だけを呼んで。
 そんな彼女を見ているのがつらくて、悲しくて、その小さな身体を強く抱きしめた。
 背丈も体格も同じ筈なのに、腕の中の妹は、やけに小さく感じた。
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