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VI 入浴
IV
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「え! 嘘でしょ!? まさか、何も聞いていないっていうの!?」
ネルの言葉に、こくりと頷く。だがすぐさま、先程部屋でアイリーンから聞いた話を思い出し、「この家の令嬢として生活する事と、あの人が私たちの父親になるという話は聞きました」と慌てて訂正する。
「それだけ!? あんたたち、なんで此処に連れて来られた事をすんなり受け入れてるのよ!」
「いえ、受け入れている訳では無いのですが」
「でも、普通だったら、家に帰して! 説明して! って騒ぐ所でしょう? ……もしかして、両親から疎まれてたとか? 家庭環境最悪だった?」
「そんな事はありません!」
聞き流す事の出来なかったネルの言葉に、思わずきつい口調で反駁する。しかし、先程感情的になったレイを諭したばかりだという事を思い出し、すぐさま口を引き結んだ。
「でもあんたたち、特にあんた、ルイの方。凄くこの状況を受け入れている様に見えるのよね。受け入れてる、とは違うのかしら。例えるなら……諦観? そう、諦観よ。此処へ連れて来られた事、そして家に帰れないって事を悟っている様に見えるの」
ネルが木桶に湯を汲み、喋りながらレイの頭に湯を注ぎ掛けた。相変わらず彼女に〝配慮〟というものは存在しない。湯を突然掛けられたレイはきゅっと目を瞑り、身体を強張らせ小動物の様に震えていた。
彼女は家で入浴する際も、顔に湯が掛かる事を極端に嫌がっていた。母は「まるで仔猫みたいね」なんて言って笑って、いつもレイの顔にガーゼを掛けて極力湯が掛からない様に洗ってくれていた。そんな事をぼんやりと思い出し、母の存在が恋しくなる。
数時間前までは、母と共に居たのに。昨晩だって三人で入浴して、父も一緒に四人で夕食を食べて、それで――……。
「……ん? ど、どうしたのよ急に黙り込んで」
俯いた私を案じているのか、それとも面倒事に巻き込まれたくないのか。ネルは私が泣きだすとでも思った様で、そろりそろりと後退った。
「あの」
ゆっくりと顔を上げ、ネルを見据える。
「差し支えなければ、この家で何が起こっているか教えて頂けませんか。アイリーンは何も教えてくれそうに無いので。勿論、貴女から聞いた事は他言しません」
「……え、え、えぇ……、そ、そんなぁ、見習い使用人の私にそんな責任負えないわ……」
「他言、しません」
強調する様に繰り返すと、ネルが葛藤する様に頭を抱えた。
そんなネルを見ていたレイが、「髪、洗うなら早くしてよ」とむっと顔で急き立てる。「してくれないなら、自分で洗うから」
バスタブの中から伸ばされた、レイの白い腕。見ていて惚れ惚れする程に美しい腕だ。
ネルはレイの手をまじまじと見つめたのち、葛藤の末薔薇の花弁が練り込まれた石鹸を手渡した。
ネルの言葉に、こくりと頷く。だがすぐさま、先程部屋でアイリーンから聞いた話を思い出し、「この家の令嬢として生活する事と、あの人が私たちの父親になるという話は聞きました」と慌てて訂正する。
「それだけ!? あんたたち、なんで此処に連れて来られた事をすんなり受け入れてるのよ!」
「いえ、受け入れている訳では無いのですが」
「でも、普通だったら、家に帰して! 説明して! って騒ぐ所でしょう? ……もしかして、両親から疎まれてたとか? 家庭環境最悪だった?」
「そんな事はありません!」
聞き流す事の出来なかったネルの言葉に、思わずきつい口調で反駁する。しかし、先程感情的になったレイを諭したばかりだという事を思い出し、すぐさま口を引き結んだ。
「でもあんたたち、特にあんた、ルイの方。凄くこの状況を受け入れている様に見えるのよね。受け入れてる、とは違うのかしら。例えるなら……諦観? そう、諦観よ。此処へ連れて来られた事、そして家に帰れないって事を悟っている様に見えるの」
ネルが木桶に湯を汲み、喋りながらレイの頭に湯を注ぎ掛けた。相変わらず彼女に〝配慮〟というものは存在しない。湯を突然掛けられたレイはきゅっと目を瞑り、身体を強張らせ小動物の様に震えていた。
彼女は家で入浴する際も、顔に湯が掛かる事を極端に嫌がっていた。母は「まるで仔猫みたいね」なんて言って笑って、いつもレイの顔にガーゼを掛けて極力湯が掛からない様に洗ってくれていた。そんな事をぼんやりと思い出し、母の存在が恋しくなる。
数時間前までは、母と共に居たのに。昨晩だって三人で入浴して、父も一緒に四人で夕食を食べて、それで――……。
「……ん? ど、どうしたのよ急に黙り込んで」
俯いた私を案じているのか、それとも面倒事に巻き込まれたくないのか。ネルは私が泣きだすとでも思った様で、そろりそろりと後退った。
「あの」
ゆっくりと顔を上げ、ネルを見据える。
「差し支えなければ、この家で何が起こっているか教えて頂けませんか。アイリーンは何も教えてくれそうに無いので。勿論、貴女から聞いた事は他言しません」
「……え、え、えぇ……、そ、そんなぁ、見習い使用人の私にそんな責任負えないわ……」
「他言、しません」
強調する様に繰り返すと、ネルが葛藤する様に頭を抱えた。
そんなネルを見ていたレイが、「髪、洗うなら早くしてよ」とむっと顔で急き立てる。「してくれないなら、自分で洗うから」
バスタブの中から伸ばされた、レイの白い腕。見ていて惚れ惚れする程に美しい腕だ。
ネルはレイの手をまじまじと見つめたのち、葛藤の末薔薇の花弁が練り込まれた石鹸を手渡した。
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