上 下
23 / 52
VI 入浴

III

しおりを挟む
「瞳の色と、ホクロで判別できるかと……」

 先程のネルの言葉に時間差で答えると、ネルが髪を洗う手を止め「ホクロ?」と問い返しながら私の顔を覗き込んだ。

「あぁ、確かに言われてみれば。口元にホクロがあるわね」

「妹のレイには、目元に二つホクロがあるんです。あと、前髪の分け目も逆なので、他の双子よりかは見分けが付きやすいかと思います」

「へぇ」

 興味があるのか無いのか、曖昧な反応を示したネルが髪を洗う作業に戻る。

「あんたたち、下民の娘の癖に綺麗な目の色をしているわよね。宝石みたい」

「……そう、ですか」

 両親は、私たちよりももっと綺麗な瞳をしていた。
 シトリンの様なイエローブラウンの瞳を持つ母と、ルビーの様なローズレッドの瞳を持つ父。その色を受け継ぐ事が出来たのを、とても誇りに思う。自身の双眸そうぼうにも同じ色が埋め込まれているのかと思うと、それだけで両親と繋がっていられる様な気がした。
 だが、目の前のレイはネルの言葉になにやら思う事があったらしい。

「それ、やめて」

 まだ濡れていない髪が俯いたレイの顔を隠し、その表情は見えない。私は現在ネルに髪を洗われている為――相変わらず乱暴ではあるが――その顔を覗き込む事が出来なかった。

「……? 何、私に言ってる?」

 背後のネルが、やや不機嫌そうに、唸るように言う。

「事ある毎に『下民の娘の癖に』って……、たかが使用人メイドの分際で、そんなに偉いの!? 私たちと階級なんて然程変わらない癖に!」

「なっ……!」

 レイの叫ぶような声に、ネルがたじろぐのが分かる。
 幸いにも浴室は声が反響する造りをしていなかった為に大きく響く事は無かったが、それでも早く落ち着かせなければ外の誰かに聞こえてしまうかもしれない。

「レイ、やめなさい」

 私の言葉に、レイが勢いよく顔を上げ私をきつく睨む。

「ルイは悔しくないの!? 下民の娘、下民の娘って……、貴族だから何? お金持ってるからなんだって言うの? そんなの、人を侮辱して良い理由にはならない!」

「貴女の言う事は分かるわ。でも、今此処でネルさんに怒ったって仕方がないでしょう」

「だってその人、貴族でも何でもないじゃん! 貴族に仕えてるってだけなのに、なんで私たちがそんな言われ方されなくっちゃいけないの!」

 レイの言葉はきっと、相違ないだろう。ラルフに下民の娘と言われるのと、使用人メイドであるネルに下民の娘と言われるのとでは大きく異なる。
 しかしそれにいちいち腹を立てたところで、今の私たちにはマイナスにしかならない。抑々、彼女の場合腹を立てる場所がズレているのだ。下民の娘と言われた事に腹を立てる位ならば、此処に無理矢理連れて来られた事に腹を立てるべきである。
 睨むようにレイをじっと見つめると、彼女も負けじと此方を見つめ返した。

「あー、もう、悪かったわよ」

 そんな私たちの気まずい空気を破ったのは、木桶を手にしたネルだった。

「あんたの言う事も分からないでもないわ。たかが見習い使用人メイドの私に、下民の娘と言われるのは納得できない、って気持ちはね」

 ネルがどことなく面倒くさそうに、それでいてやや後ろめたさの滲む声で言う。

「それに悔しいけれど……、私の私服よりあんた達の服の方が上質だった。見た感じ、あんたたち仕事していなかったみたいだし。14にもなって、働かなくても生活が出来る家庭なんてそう無いわ」

 ざぶんと音を立てて木桶に湯を汲み、再びなんの躊躇いも無くネルが私に湯を注ぎ掛ける。今回は湯を掛けられる事が予測できた為、事前に手で顔を覆う事が出来た。やや不快感が残るが、顔は無事だ。ネルが数回私に湯を注ぎ掛けたあと、小さく溜息をついた。

「あんたたちも不憫ね。亡くなった子供の代わりをさせられるだなんて」

「……え?」

 衝撃的とも言えるその言葉に、耳を疑う。
 ――亡くなった子供の、代わりをさせられる?
 そんな事、私たちは此処へ来て一度も聞かされていない。レイは説明を求める様にネルを見遣り、私は私で、湯が滴る髪を絞りながら背後の彼女を見上げる。すると、ネルが驚愕の表情を浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

処理中です...