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VI 入浴

III

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「瞳の色と、ホクロで判別できるかと……」

 先程のネルの言葉に時間差で答えると、ネルが髪を洗う手を止め「ホクロ?」と問い返しながら私の顔を覗き込んだ。

「あぁ、確かに言われてみれば。口元にホクロがあるわね」

「妹のレイには、目元に二つホクロがあるんです。あと、前髪の分け目も逆なので、他の双子よりかは見分けが付きやすいかと思います」

「へぇ」

 興味があるのか無いのか、曖昧な反応を示したネルが髪を洗う作業に戻る。

「あんたたち、下民の娘の癖に綺麗な目の色をしているわよね。宝石みたい」

「……そう、ですか」

 両親は、私たちよりももっと綺麗な瞳をしていた。
 シトリンの様なイエローブラウンの瞳を持つ母と、ルビーの様なローズレッドの瞳を持つ父。その色を受け継ぐ事が出来たのを、とても誇りに思う。自身の双眸そうぼうにも同じ色が埋め込まれているのかと思うと、それだけで両親と繋がっていられる様な気がした。
 だが、目の前のレイはネルの言葉になにやら思う事があったらしい。

「それ、やめて」

 まだ濡れていない髪が俯いたレイの顔を隠し、その表情は見えない。私は現在ネルに髪を洗われている為――相変わらず乱暴ではあるが――その顔を覗き込む事が出来なかった。

「……? 何、私に言ってる?」

 背後のネルが、やや不機嫌そうに、唸るように言う。

「事ある毎に『下民の娘の癖に』って……、たかが使用人メイドの分際で、そんなに偉いの!? 私たちと階級なんて然程変わらない癖に!」

「なっ……!」

 レイの叫ぶような声に、ネルがたじろぐのが分かる。
 幸いにも浴室は声が反響する造りをしていなかった為に大きく響く事は無かったが、それでも早く落ち着かせなければ外の誰かに聞こえてしまうかもしれない。

「レイ、やめなさい」

 私の言葉に、レイが勢いよく顔を上げ私をきつく睨む。

「ルイは悔しくないの!? 下民の娘、下民の娘って……、貴族だから何? お金持ってるからなんだって言うの? そんなの、人を侮辱して良い理由にはならない!」

「貴女の言う事は分かるわ。でも、今此処でネルさんに怒ったって仕方がないでしょう」

「だってその人、貴族でも何でもないじゃん! 貴族に仕えてるってだけなのに、なんで私たちがそんな言われ方されなくっちゃいけないの!」

 レイの言葉はきっと、相違ないだろう。ラルフに下民の娘と言われるのと、使用人メイドであるネルに下民の娘と言われるのとでは大きく異なる。
 しかしそれにいちいち腹を立てたところで、今の私たちにはマイナスにしかならない。抑々、彼女の場合腹を立てる場所がズレているのだ。下民の娘と言われた事に腹を立てる位ならば、此処に無理矢理連れて来られた事に腹を立てるべきである。
 睨むようにレイをじっと見つめると、彼女も負けじと此方を見つめ返した。

「あー、もう、悪かったわよ」

 そんな私たちの気まずい空気を破ったのは、木桶を手にしたネルだった。

「あんたの言う事も分からないでもないわ。たかが見習い使用人メイドの私に、下民の娘と言われるのは納得できない、って気持ちはね」

 ネルがどことなく面倒くさそうに、それでいてやや後ろめたさの滲む声で言う。

「それに悔しいけれど……、私の私服よりあんた達の服の方が上質だった。見た感じ、あんたたち仕事していなかったみたいだし。14にもなって、働かなくても生活が出来る家庭なんてそう無いわ」

 ざぶんと音を立てて木桶に湯を汲み、再びなんの躊躇いも無くネルが私に湯を注ぎ掛ける。今回は湯を掛けられる事が予測できた為、事前に手で顔を覆う事が出来た。やや不快感が残るが、顔は無事だ。ネルが数回私に湯を注ぎ掛けたあと、小さく溜息をついた。

「あんたたちも不憫ね。亡くなった子供の代わりをさせられるだなんて」

「……え?」

 衝撃的とも言えるその言葉に、耳を疑う。
 ――亡くなった子供の、代わりをさせられる?
 そんな事、私たちは此処へ来て一度も聞かされていない。レイは説明を求める様にネルを見遣り、私は私で、湯が滴る髪を絞りながら背後の彼女を見上げる。すると、ネルが驚愕の表情を浮かべた。
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