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VI 入浴
I
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「あーあ、どうして私がこんな事しなくっちゃいけないのかしらね」
私たちの前を歩きながら面倒臭そうにそう漏らすのは、先程食堂でラルフに叱責されていた若い女性使用人、ネルだ。
どうやらこれから入浴の様で、夕食が終わったばかりでお腹もまだ落ち着いていないというのに、無理矢理部屋から連れ出されてしまった。
入浴の手伝いをしてくれるのは彼女――ネルらしいのだが、食堂で『お二人は、ヒップバスで良いかと』なんて発言をされているからか、彼女にはあまりいい印象が無い。更にはこの悪態である。
譲歩して、初対面なのは仕方が無いと受け入れるが、これ程あからさまな相手に手伝いをされる位ならば、まだ冷淡で何を考えているかが分からないアイリーンの方がいくらかマシだった。
そもそも、悪態をつきたいのは彼女じゃない。私たちの方だ。何故こんな見知らぬ屋敷に誘拐されてきて、事情も分からぬまま娘をやらされなければならないのか。
「ほら、此処よ。早く入って頂戴」
通されたのは、これまた広い浴室。私たちに与えられた部屋程の広さは無いが、家にあった浴室よりかは遥かに広い。優に生活が出来る広さだ。
壁際にどんと置かれた、金のカラン付き猫足バスタブ。街路の石畳を思わせる、丸石を合わせて作られた床の上にはゴル・ファランギ文様の絨毯――センターラグ程の大きさだ――が敷かれている。
「あ、靴はそっちで脱いでね。この絨毯汚すと、旦那様怒るから」
浴室を見渡していると、ネルが軽い口調で告げた。
絨毯に乗る既の所でレイと共に立ち止まり、一度顔を見合わせたのち2人して腰を屈めた。絨毯など汚さずに使用できるのだろうか、なんて思いつつ、すごすごと靴を脱ぐ。
浴室は広いだけで、あまり多くの物は置かれていない。壁は見ただけでは石材なのか壁紙なのか皆目見当がつかず、ホワイトの上に紅茶をぶちまけた様にも、大雑把に世界地図を描いた様にも見える不思議な模様だ。洗面台の前に置かれた鏡は今まで見たものの中で最も大きく、浴室全体を覗き込む事が出来た。
「これ、確かペルシア絨毯……とか言ったかしら。イラン? で作られている美術工芸品らしいの。高級なんですって。旦那様のお気に入りでね、ちょっとでも汚すとすぐ怒るんだから嫌になっちゃうわ。そんなに気に入っているのなら、浴室なんかに敷くんじゃないわよって感じよね」
いつの間にネルは靴を脱いだのか、裸足のまま絨毯に乗りウィロー素材の大きな籠をどさりと置いた。
靴を浴室の隅――絨毯の敷かれていない石の床の上に置き、そっと絨毯に乗るとふわふわとした感触が足に伝わった。なんだかよく分からないけれど、確かに高級そうだ。
バスタブの中には湯がたっぷりと張られていて、白い湯気が立ち上っている。その湯気のお陰か、浴室の中はほんのりと温かかった。
「脱いだ服はこの籠の中に入れて頂戴」
ネルが籠をトントンと、指先で叩く。
「その服、旦那様が処分するとか言っていた気がするけれど、よく見たら結構いい素材じゃないの。処分してしまう位なら、私が貰いたい位だわ。……流石に、サイズが合わないでしょうけど」
私が纏っている服にずいと顔を寄せたネルが、服の裾を掴み、生地をまじまじと見つめる。こうしていると、悪い人では無い様に見える。――いい人、という訳でもないだろうが。
私たちの前を歩きながら面倒臭そうにそう漏らすのは、先程食堂でラルフに叱責されていた若い女性使用人、ネルだ。
どうやらこれから入浴の様で、夕食が終わったばかりでお腹もまだ落ち着いていないというのに、無理矢理部屋から連れ出されてしまった。
入浴の手伝いをしてくれるのは彼女――ネルらしいのだが、食堂で『お二人は、ヒップバスで良いかと』なんて発言をされているからか、彼女にはあまりいい印象が無い。更にはこの悪態である。
譲歩して、初対面なのは仕方が無いと受け入れるが、これ程あからさまな相手に手伝いをされる位ならば、まだ冷淡で何を考えているかが分からないアイリーンの方がいくらかマシだった。
そもそも、悪態をつきたいのは彼女じゃない。私たちの方だ。何故こんな見知らぬ屋敷に誘拐されてきて、事情も分からぬまま娘をやらされなければならないのか。
「ほら、此処よ。早く入って頂戴」
通されたのは、これまた広い浴室。私たちに与えられた部屋程の広さは無いが、家にあった浴室よりかは遥かに広い。優に生活が出来る広さだ。
壁際にどんと置かれた、金のカラン付き猫足バスタブ。街路の石畳を思わせる、丸石を合わせて作られた床の上にはゴル・ファランギ文様の絨毯――センターラグ程の大きさだ――が敷かれている。
「あ、靴はそっちで脱いでね。この絨毯汚すと、旦那様怒るから」
浴室を見渡していると、ネルが軽い口調で告げた。
絨毯に乗る既の所でレイと共に立ち止まり、一度顔を見合わせたのち2人して腰を屈めた。絨毯など汚さずに使用できるのだろうか、なんて思いつつ、すごすごと靴を脱ぐ。
浴室は広いだけで、あまり多くの物は置かれていない。壁は見ただけでは石材なのか壁紙なのか皆目見当がつかず、ホワイトの上に紅茶をぶちまけた様にも、大雑把に世界地図を描いた様にも見える不思議な模様だ。洗面台の前に置かれた鏡は今まで見たものの中で最も大きく、浴室全体を覗き込む事が出来た。
「これ、確かペルシア絨毯……とか言ったかしら。イラン? で作られている美術工芸品らしいの。高級なんですって。旦那様のお気に入りでね、ちょっとでも汚すとすぐ怒るんだから嫌になっちゃうわ。そんなに気に入っているのなら、浴室なんかに敷くんじゃないわよって感じよね」
いつの間にネルは靴を脱いだのか、裸足のまま絨毯に乗りウィロー素材の大きな籠をどさりと置いた。
靴を浴室の隅――絨毯の敷かれていない石の床の上に置き、そっと絨毯に乗るとふわふわとした感触が足に伝わった。なんだかよく分からないけれど、確かに高級そうだ。
バスタブの中には湯がたっぷりと張られていて、白い湯気が立ち上っている。その湯気のお陰か、浴室の中はほんのりと温かかった。
「脱いだ服はこの籠の中に入れて頂戴」
ネルが籠をトントンと、指先で叩く。
「その服、旦那様が処分するとか言っていた気がするけれど、よく見たら結構いい素材じゃないの。処分してしまう位なら、私が貰いたい位だわ。……流石に、サイズが合わないでしょうけど」
私が纏っている服にずいと顔を寄せたネルが、服の裾を掴み、生地をまじまじと見つめる。こうしていると、悪い人では無い様に見える。――いい人、という訳でもないだろうが。
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