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V 晩餐

II

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「おや、もう揃っていたか」

 従者ヴァレットを連れて食堂ダイニング・ルームに入ってきたラルフは、先程のブラウンのスーツとは違い、貴族らしいテールコートを纏っていた。内側にウイングシャツとホワイトのピケウェストコートを着用しており、立てた襟には蝶ネクタイが付けられている。
 初めて目にする礼装に、ついまじまじと見つめてしまう。すると、その視線に気づいたのかラルフが「礼服は珍しいかい?」と言って笑った。しかしすぐさま、その顔は引き攣り、怒りに歪む。

「アイリーン! どういう事だ!」

 食堂ダイニング・ルームに響き渡った怒声に、私とレイはびくりと肩を震わせる。決して私たちが怒鳴られた訳では無いというのに、心中は絶望的な恐怖で満ちていた。

「私は先程、二人を着替えさせろと言ったはずだ!」

 その場に俯きつつ、怒声を浴びせられたアイリーンに視線を向ける。だが驚く事に、彼女の表情は全くと言って良い程に変わっていなかった。
 自身のあるじに叱責されれば、少なからず動揺する筈だ。現に、アイリーンの周囲に立つ使用人たちは表情を強張らせている。いつ自分たちに怒りが飛び火するかと恐れているのだろう。
 だというのに、アイリーンは眉一つ動かさない。

「申し訳ありません旦那様。湯殿の支度が間に合わなかった為、心苦しくはありましたが夕食はこのままで、と判断致しました」

「支度が間に合わなかった……? 風呂の担当は確かネルだったな、貴様一体この時間まで何をしていたんだ!」

 ネル、と呼ばれたのは、壁際に並んだ使用人の中で最も若い女性だ。自身が咎められると思っていなかったのか、将又心当たりでもあったのか、ラルフに名を呼ばれた瞬間その両肩が大きく跳ねた。

「も、申し訳ありません! あ、あの、その……お二人は、ヒップバスで良いかと、思いまして……」

 ネルが言葉を詰まらせながらも早口で捲し立てる。しかしその声を止めたのは、またしてもラルフの怒声だった。

「何を言っている! あんなものを使うのは貴様ら使用人か下民だけだろうが!」

「で、ですが、お二人は……」

「黙れ!」

 食堂ダイニング・ルームに響き渡る怒声に、ネルは肩を窄めて口を噤む。

「二人は本日よりスタインフェルド家の娘となったのだ。発言には充分気を付ける事だな。次同じ失態を犯せば、ネル、お前には他所に行って貰う」

「そんな……!」

 ネルの言葉を遮る様に、今度はアイリーンが、一歩前へと足を踏み出した。
 彼女を庇うのかと思いきや、アイリーンはネルに背を向け、壁際の棚から小さな茶色の遮光瓶を取り出した。
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