上 下
14 / 52
III 新しい父親

IV

しおりを挟む
声の方へ視線を向けると、そこにはダークブロンドの髪をホワイトブリムで纏めた、美しい顔立ちをした使用人メイドが立っていた。セシリアンブルーの双眸そうぼうが印象的な、熟年の女性だ。

「わたくしが責任をもって、お二方にお仕えさせて頂きます」

 その使用人メイドの言葉に、ラルフの表情が僅かに和らぐ。

「あ、あぁ、そうだな。2人の事はお前に任せよう。服やアクセサリーはの物を宛がえばいい。2人の指輪と服――それと、靴もだな。身に付けているものは全て処分しろ」ラルフが“全て処分”という言葉を強調して言う。「それと、怪我をしている様だから手当をしてやってくれ。床を汚されてはかなわん」

かしこまりました」

 彼女が無駄のない美しい所作で頭を下げ、私たちに向き直った。
 にこりともしないその顔は人形ドール思わせる。セシリアンブルーの瞳は感情を宿しておらず、宝石の様に綺麗ではあるが、ガラス玉にしか見えなかった。なんだか気味の悪い女性だ。

「ルイお嬢様、レイお嬢様、お部屋にご案内致します。どうぞ此方へ」

 その言葉に従って良いものかとラルフを一瞥するが、彼はもう私たちから興味を失ってしまった様で、先程の男2人と言葉を交わしていた。
 レイと一度顔を見合わせ、その使用人メイドに近付く。すると彼女はくるりときびすをかえし、ホールの奥へと進んでいった。連れていく気があるのか無いのか、随分と足が速い。置いていかれぬ様に、どちらからともなくレイと手を繋ぎ彼女の後を追いかけた。

 ホールから離れて、どの位が経っただろう。屋敷は想像以上に広く、既にここが何処だか分からない。
 それは隣のレイも同じだった様で、彼女は先程から頻りに辺りを見渡していた。
 前を歩く使用人メイドは変わらず足が速く、駆け足でついていくのがやっとだ。徐々に息が上がり、じわりと汗が滲んでくる。
 すると、漸く彼女が足を止めた。その先には、きっと広い部屋があるのだろう、ダマスク柄の壁紙が貼られた壁に、大きな両開き扉が埋め込まれる様にして存在していた。

「此方が、お嬢様方のお部屋となります。ご自由にお使いください」

 私たちに一瞥もくれず、彼女がその扉を大きく開く。果たせるかなその先の部屋は広かった。私たちが生まれ育った家と同じくらいの広さがあるのではないだろうか。
 促されるまま部屋に足を踏み入れ、ぐるりと一周見渡す。
 くすみの無い鏡が埋め込まれたドレッサーに、大きな四柱式ベッド。天井まで届く程の窓に掛けられたカーテンは、ベネチアン・ブラインド、ホワイトのレースカーテン、ベルベットの厚地サブカーテン、ダマスクに似たブロカテルの四層になっており、更には垂れ飾りまでついている。壁は繰形くりかたで上下で模様が分かれており、下方には上質な木材、上方にはブルーに草木の絵が描かれた壁紙が貼られていた。
 大きなチェストだけでなく、ブドワールやドレッシングルームまで付属している。2人で使うには良くも悪くも贅沢な部屋だった。

「あの……此処って、私たちの部屋、なんですか?」

 隣で私と同じことを思っていたらしきレイが、恐る恐るといった様子で使用人メイドに尋ねる。すると、彼女は当たり前だとでも言う様な顔で頷いた。

「左様でございます。入用が御座いましたら、わたくしから旦那様へお伝え致しますので、何なりとお申し付けくださいませ」

 彼女が私たちに向かって、ぺこりと頭を下げる。そして顔を上げた瞬間何かを思い出したのか、あっと声を上げた。レイと2人揃って、彼女のその声に首を傾げる。

「申し遅れました、わたくしアイリーン・スチュアートと申します。これからお2人の侍女としてお仕えさせて頂きますので、何なりと仰せ付けください」

 彼女の自己紹介を聞いて、そこで漸く、名前をまだ聞いていなかった事を思い出した。咄嗟に自身も名乗ろうと口を開くが、先程玄関ホールで「ルイお嬢様」と呼ばれたばかりだ。玄関ホールでずっと、ラルフの後ろに控えていたのだろう。
 開きかけた口を閉じ、暫し逡巡したのち小さく頷いた。

「スチュアート、さん?」

 隣のレイがぎこちなく、尋ねる様に言った。
 私たちの家には、言うも愚か使用人ハウスキーピングは居なかった。故に、彼女たちの様な職業の人物をどう呼べばいいのかが分からないのだろう。此処は自分の家では無いのだから、猶更だ。
 レイを一瞥したのち、私も同じように彼女に視線を向ける。

「アイリーン、とお呼びください。敬称は不要です」

 彼女――アイリーンは、にこりともせず、相変わらずの無表情でそう告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...