DachuRa 4th story -冷刻という名の、稀有なる真実-

白城 由紀菜

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II 奪われる

II

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「本当に、本当に……! ルイって冷刻れいこく! 辛辣!」

「……」

 レイの声をシャットアウトし、黙々とペンをノートに走らせる。すると、諦めたのかレイが渋々私の隣に着いた。
 しかし、ノートを開いてペンを持ったは良いものの、視界の隅に映ったレイの手は一向に動く気配を見せない。更には、隣から強い視線を感じる。
 溜息をつき、ノートから顔を上げた。レイに視線を向け、

「何?」

 少々面倒に思いながらも問い掛ける。

「ただ勉強するだけじゃつまらない」

「……何を言っているの?」

「なんかご褒美欲しい」

 じとりと此方を見つめるレイの瞳の奥に、僅かながらも期待の文字が見える。
 呆れた子だ。この歳にもなって、たかが勉強にご褒美を強請ねだるなんて。
 私達は労働者階級の人間であり、本来であればもう働きに出なければならない年齢である。近い場所で言えば、いつも私達が訪れる街の貸本屋。そこでは、年端としはもいかない少女が当たり前の様に働いている。
 その少女はどうやら店主の娘らしく、手伝い程度で済んでいるようだが、私達の様に文字の読み書きの勉強が出来る環境には無いようだった。計算も得意では無いらしく、此方が渡す金を黙って受け取るだけだ。釣銭が間違っている事も多く、此方が指摘しても理解しているのか怪しい。
 例を挙げればきりがない。仕立屋、時計屋、宝石商など。どの店の子供も、必ずと言って良いほど幼いうちから店の――親の、だろうか――手伝いをして仕事をしている。
 どの子供達にも教育を受ける義務があるが、それでも世の中の子供たちは教育よりも労働を優先する。そんな今の世の中、そもそも労働者階級の子供が文字の読み書きが出来る方が珍しいのである。
 それを、レイは分かっていない。――いや、根底では分かっているのかもしれないけれど、これがどれだけ有難い事か、どれだけ私達が恵まれているのか、というのを理解していないのだ。姉として、なんだか情けなくなってしまう。

「――3ページ」

 しかし、そんな妹を叱責する事も、順序立てて述べて理解させる事も出来ないのだから、私も同類だ。

「――3ページ終わらせたら、一度だけキスをしてあげるわ」

 レイから目を逸らし、手元に視線を落としたまま告げる。すると、「本当!?」と喜々とした声が隣から聞こえた。そんな声に、やはりレイは“この事実の重さ”を分かっていないのだな、とぼんやり思った。

「すぐ終わらせるから! ちゃんと約束守ってね!」

「はいはい、分かっているわ」

 愛らしい笑みを零し、珍しくも素直にノートにペンを走らせるレイをちらりと盗み見る。
 ご褒美が欲しい、だなんて。両親がいる前では、言った事が無かった。――正確に言えば、近しい言葉を口にした事はあるのだが、それでも“ご褒美”なんて言葉は使っていなかった様に思える。
 『お勉強が終わったら紅茶を淹れて欲しい』『ライリーさんの所に遊びに行きたい』
 両親に強請ねだるのは、ご褒美というより要求だ。
 ――やはり、分かって言っているのだろうか。
 しかしそれを、確認する事は出来ない。
『これがどういう事を意味しているか分かっているの?』 
 たったそれだけの問いで、レイとの関係は崩れ去ってしまう気がしていた。
 いくら冷刻であろうと、寡黙であろうと、妹を誰よりも愛している事は変わらない。この関係を、終わらせてしまいたくないと思っているのは事実だった。
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