5 / 52
II 奪われる
II
しおりを挟む「本当に、本当に……! ルイって冷刻! 辛辣!」
「……」
レイの声をシャットアウトし、黙々とペンをノートに走らせる。すると、諦めたのかレイが渋々私の隣に着いた。
しかし、ノートを開いてペンを持ったは良いものの、視界の隅に映ったレイの手は一向に動く気配を見せない。更には、隣から強い視線を感じる。
溜息をつき、ノートから顔を上げた。レイに視線を向け、
「何?」
少々面倒に思いながらも問い掛ける。
「ただ勉強するだけじゃつまらない」
「……何を言っているの?」
「なんかご褒美欲しい」
じとりと此方を見つめるレイの瞳の奥に、僅かながらも期待の文字が見える。
呆れた子だ。この歳にもなって、たかが勉強にご褒美を強請るなんて。
私達は労働者階級の人間であり、本来であればもう働きに出なければならない年齢である。近い場所で言えば、いつも私達が訪れる街の貸本屋。そこでは、年端もいかない少女が当たり前の様に働いている。
その少女はどうやら店主の娘らしく、手伝い程度で済んでいるようだが、私達の様に文字の読み書きの勉強が出来る環境には無いようだった。計算も得意では無いらしく、此方が渡す金を黙って受け取るだけだ。釣銭が間違っている事も多く、此方が指摘しても理解しているのか怪しい。
例を挙げればきりがない。仕立屋、時計屋、宝石商など。どの店の子供も、必ずと言って良いほど幼いうちから店の――親の、だろうか――手伝いをして仕事をしている。
どの子供達にも教育を受ける義務があるが、それでも世の中の子供たちは教育よりも労働を優先する。そんな今の世の中、そもそも労働者階級の子供が文字の読み書きが出来る方が珍しいのである。
それを、レイは分かっていない。――いや、根底では分かっているのかもしれないけれど、これがどれだけ有難い事か、どれだけ私達が恵まれているのか、というのを理解していないのだ。姉として、なんだか情けなくなってしまう。
「――3ページ」
しかし、そんな妹を叱責する事も、順序立てて述べて理解させる事も出来ないのだから、私も同類だ。
「――3ページ終わらせたら、一度だけキスをしてあげるわ」
レイから目を逸らし、手元に視線を落としたまま告げる。すると、「本当!?」と喜々とした声が隣から聞こえた。そんな声に、やはりレイは“この事実の重さ”を分かっていないのだな、とぼんやり思った。
「すぐ終わらせるから! ちゃんと約束守ってね!」
「はいはい、分かっているわ」
愛らしい笑みを零し、珍しくも素直にノートにペンを走らせるレイをちらりと盗み見る。
ご褒美が欲しい、だなんて。両親がいる前では、言った事が無かった。――正確に言えば、近しい言葉を口にした事はあるのだが、それでも“ご褒美”なんて言葉は使っていなかった様に思える。
『お勉強が終わったら紅茶を淹れて欲しい』『ライリーさんの所に遊びに行きたい』
両親に強請るのは、ご褒美というより要求だ。
――やはり、分かって言っているのだろうか。
しかしそれを、確認する事は出来ない。
『これがどういう事を意味しているか分かっているの?』
たったそれだけの問いで、レイとの関係は崩れ去ってしまう気がしていた。
いくら冷刻であろうと、寡黙であろうと、妹を誰よりも愛している事は変わらない。この関係を、終わらせてしまいたくないと思っているのは事実だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)
青空一夏
恋愛
従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。
だったら、婚約破棄はやめましょう。
ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!
悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?
月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。
ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。
「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」
単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。
「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」
「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」
「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」
という感じの重めでダークな話。
設定はふわっと。
人によっては胸くそ。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる