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II 奪われる
I
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「ママは買い出しに行ってくるから、2人共ちゃんとお勉強しているのよ」
バスケットを持った母が、私達に優しい微笑みを向け、玄関のドアノブに手を掛けた。
隣のレイは、母と共に買い物へ行きたかったらしい。先程からずっとむくれている。
しかし、それも自業自得である。レイは、昨日も一昨日もまともに勉強をしていなかったのだ。そんな不真面目なレイに父が課した罰は、“丸一日お勉強”だった。
私は外出をするよりも家でじっとしている方が性に合っていて、勉強も全く苦ではない。母にくっついて行って街に出たいとも思わず、そんな事よりも早く勉強を終わらせて、本に埋もれ逸楽の時を過ごしたい。今この瞬間も、読みかけの本が私を待っているのだ。
そんな思いから無意識的にそわそわとしていたのか、母が私を見て、やや呆れた様に笑った。
「誰か来ても絶対に扉は開けない事。2人だけで外には出ない事。分かったわね」
母の言葉に、コクリと頷く。だが、隣のレイは無言のまま不服そうに母を見つめていた。
「分かったわね?」
母が溜息を漏らし、もう一度強めの口調でレイにそう言った。
往生際の悪い妹だ。どの道買い物には連れて行って貰えないのだから、早く勉強を終わらせて趣味の絵描きでもすれば良いものを。ある程度勉強を進めておけば、息抜きくらい、両親も許してくれるだろう。
冷ややかに彼女を見つめていると、レイが渋々といった様子で「はぁい」と返答した。
呆れながらもレイの頭を撫でた母が、やや名残惜しそうに街へと消えていく。
訪れた静寂。しかしそれを切り裂く様に、レイが深々と溜息をついた。
母は比較的、私達に甘い方だ。怒る事はあれど、怒鳴りつけたり、折檻したりはない。それをするのは、どちらかと言えば父の方である。
だが第一、私達は激しい叱責や体罰を受ける程の我儘や悪さをした事は無い。故に、体罰を受けた事は過去一度として無いのだが、レイは不真面目な為に父からよく叱られていた。そして今日の様に、罰として一日勉強、なんて言われる事もしばしば。
私は勉強も掃除も家事の手伝いも、外出以外の事を特別苦に思った事は無く、自賛になるが比較的真面目だ。そういった罰を課せられた事は無い。従って、今日も罰が課せられているのはレイだけだ。私は普段通り、集中すれば30分、長く見積もっても1時間あれば終わる程度の量である。
「レイはいいなぁ、パパに怒られなくて」
「怒られるような事をしているのは貴女でしょう」
「だって勉強嫌いなんだもん。それよりさ、ルイ」
ふふふ、とレイが不気味な笑みを零しつつ、私にぴたりとくっついてきた。そんな彼女の言葉を聞くより先に、その額目掛けて思い切り指を弾く。
「いった……! ちょっと! 何するの!」
「貴女が考えている事なんてすぐに分かるのよ。どうせ、2人きりになったのだから……とでも言うつもりだったのでしょう」
「……」
図星だったのか、レイが額を押さえながら口籠る。
折角2人きりになったのだから、いつもの様に身を寄せ合って口づけをしたり、触れ合ったりするのも悪くはない。しかし、今日も真面目に勉強をしなかった――なんて事を父が知れば、確実に雷が落ちるだろう。家の中で嵐が巻き起こるのは御免である。
彼女は人の心に入り込むのは得意だが、本当に頭の足りない子だ。いっそ、夕飯抜きにでもされてしまえば良いのに。
「さぁ、お勉強を始めましょう。私は早く、お勉強を終わらせて本の続きが読みたいの。そろそろ犯人が分かりそうなのよ」
「ルイってば本当、ノリ悪い」
「どうとでも言えばいいわ。それ以上言うならパパに報告するけれど」
「は……!? ちょっと! パパに報告は卑怯でしょ……!」
「報告されなくないのなら、真面目にお勉強をして頂戴」
玄関前で立ち尽くしているレイを尻目に、1人テーブルに着く。そして隅に追いやっていたノートを引き寄せ、ペンを片手にペラペラと捲った。
バスケットを持った母が、私達に優しい微笑みを向け、玄関のドアノブに手を掛けた。
隣のレイは、母と共に買い物へ行きたかったらしい。先程からずっとむくれている。
しかし、それも自業自得である。レイは、昨日も一昨日もまともに勉強をしていなかったのだ。そんな不真面目なレイに父が課した罰は、“丸一日お勉強”だった。
私は外出をするよりも家でじっとしている方が性に合っていて、勉強も全く苦ではない。母にくっついて行って街に出たいとも思わず、そんな事よりも早く勉強を終わらせて、本に埋もれ逸楽の時を過ごしたい。今この瞬間も、読みかけの本が私を待っているのだ。
そんな思いから無意識的にそわそわとしていたのか、母が私を見て、やや呆れた様に笑った。
「誰か来ても絶対に扉は開けない事。2人だけで外には出ない事。分かったわね」
母の言葉に、コクリと頷く。だが、隣のレイは無言のまま不服そうに母を見つめていた。
「分かったわね?」
母が溜息を漏らし、もう一度強めの口調でレイにそう言った。
往生際の悪い妹だ。どの道買い物には連れて行って貰えないのだから、早く勉強を終わらせて趣味の絵描きでもすれば良いものを。ある程度勉強を進めておけば、息抜きくらい、両親も許してくれるだろう。
冷ややかに彼女を見つめていると、レイが渋々といった様子で「はぁい」と返答した。
呆れながらもレイの頭を撫でた母が、やや名残惜しそうに街へと消えていく。
訪れた静寂。しかしそれを切り裂く様に、レイが深々と溜息をついた。
母は比較的、私達に甘い方だ。怒る事はあれど、怒鳴りつけたり、折檻したりはない。それをするのは、どちらかと言えば父の方である。
だが第一、私達は激しい叱責や体罰を受ける程の我儘や悪さをした事は無い。故に、体罰を受けた事は過去一度として無いのだが、レイは不真面目な為に父からよく叱られていた。そして今日の様に、罰として一日勉強、なんて言われる事もしばしば。
私は勉強も掃除も家事の手伝いも、外出以外の事を特別苦に思った事は無く、自賛になるが比較的真面目だ。そういった罰を課せられた事は無い。従って、今日も罰が課せられているのはレイだけだ。私は普段通り、集中すれば30分、長く見積もっても1時間あれば終わる程度の量である。
「レイはいいなぁ、パパに怒られなくて」
「怒られるような事をしているのは貴女でしょう」
「だって勉強嫌いなんだもん。それよりさ、ルイ」
ふふふ、とレイが不気味な笑みを零しつつ、私にぴたりとくっついてきた。そんな彼女の言葉を聞くより先に、その額目掛けて思い切り指を弾く。
「いった……! ちょっと! 何するの!」
「貴女が考えている事なんてすぐに分かるのよ。どうせ、2人きりになったのだから……とでも言うつもりだったのでしょう」
「……」
図星だったのか、レイが額を押さえながら口籠る。
折角2人きりになったのだから、いつもの様に身を寄せ合って口づけをしたり、触れ合ったりするのも悪くはない。しかし、今日も真面目に勉強をしなかった――なんて事を父が知れば、確実に雷が落ちるだろう。家の中で嵐が巻き起こるのは御免である。
彼女は人の心に入り込むのは得意だが、本当に頭の足りない子だ。いっそ、夕飯抜きにでもされてしまえば良いのに。
「さぁ、お勉強を始めましょう。私は早く、お勉強を終わらせて本の続きが読みたいの。そろそろ犯人が分かりそうなのよ」
「ルイってば本当、ノリ悪い」
「どうとでも言えばいいわ。それ以上言うならパパに報告するけれど」
「は……!? ちょっと! パパに報告は卑怯でしょ……!」
「報告されなくないのなら、真面目にお勉強をして頂戴」
玄関前で立ち尽くしているレイを尻目に、1人テーブルに着く。そして隅に追いやっていたノートを引き寄せ、ペンを片手にペラペラと捲った。
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